短編 不動さんと星野さんの大喧嘩!仲裁役はわたし……ですか!?
星野はスター流の中では若い部類に入り、アニメを好んで視聴していた。
この日は好きなアニメの推しキャラのフィギュアを購入する為、フィギュアの専門店に足を運んでいた。
運が良ければ目当ての品を発見できるかもしれない。
透明なショーケースに並べられた美少女フィギュアに、彼は目を輝かせる。
「ミラクルちゃんのフィギュアが900円なんて、お買い得ですね」
お気に入りのフィギュアを買い物かごへ入れ、迷わず会計を目指す。
「お会計、910円になります」
店員に告げられた金額を渡すべく、財布を開けようとした刹那。
背後に鋭い殺気を覚えた。間違いない、背後に誰かいる。
恐る恐る振り返ると、そこには彼の兄である不動仁王がぬっと立っていた。
星野は引きつった笑みを浮かべ、兄へ口を開いた。
「兄さんもこんなところに行く趣味があったなんて意外ですね」
「弟よ、往生されたいか?」
「いいえ」
「ところで――そのかごの中に入っているものはなんだ?」
「フィギュアですよ」
「見ればわかる。お前はそれを購入するつもりなのか?」
「だから会計にいるんですよ」
至極当然のように答えると、不動の鷹のように鋭い目が血走り、鉄拳を見舞ってきた。俊敏な動きで躱すと、床に亀裂が走る。
「兄さん、暴力はいけませんよ。店員さんも迷惑そうにしているじゃないですか」
「往生させて殺るッ!」
「――ダメだ。完全に戦闘モードに突入してしまっている・・・・・・」
素早く提示された金額を店員に渡すと、大切なフィギュアをリュックサックに収納して、白い天使の翼を展開した。
ここで兄に暴れては大変な被害が出るので移動するべきと考えたのだ。
翼で滑空する弟を、同じく浮遊し追いかける兄。
不動はスピードを上げて星野に迫ってくる。
「逃がさんぞ弟よ!」
「僕は逃げも隠れもしませんよ。ただ、移動しているだけです」
「減らず口を利くなッ!」
轟と音がして不動の拳圧が飛んでくる。星野はそれをまともに食らい、口を切ってしまった。
滴り落ちる血を拭き、虚ろな目で兄を見つめる。
「兄さん、僕があなたに勝利したら僕の趣味に口出ししないと約束できますか?」
「良かろう。だが、俺が勝ったら、今度一切フィギュアは買わせぬ!」
絶対に負けることができない、互いの意地と誇りをかけた兄弟喧嘩の幕が切って落とされた。
「フンッ!」
先手を仕掛けたのは不動仁王だ。星野天使は兄の剛拳を真っ向から食らう。
常人ならば顔面が粉砕されている打撃だが、星野は平然としている。
不動は弟の右肩に踵落としを炸裂させた。ボコッと妙な音がしたが、星野は眉ひとつ動かない。
今の一撃で肩が外れたのだが、冷静に骨をはめ直し、軽く手を動かした。
「今度は僕の番ですね」
肉眼では捉えられないほど速いボディーブローが不動の腹に撃ち込まれた。
鎧と称されるほど強固な筋肉を誇る不動だが、それを凹ませるほど星野の打撃力は並外れていた。唾を吐き出し、身体を「く」の字に曲げる。
「拳の威力は衰えていないようだな」
「当たり前ですよ」
空中で浮遊する超人ふたりは、静かな睨み合いの後、猛然とラッシュを開始した。
策などない。数と力で相手を圧倒するのだ。少しでも拳の勢いを止めたものが敗者となる。顔面を殴打され血飛沫が上がり、遥か真下の地面へと落ちていく。
もしも人が歩いていて彼らの血が付着したら、赤い雨と勘違いするだろう。
リーチは身長に勝る不動が有利だった。けれど機動力は星野が上だった。
兄と弟は殴り合いながら、言葉を交わす。
「星野よ。何故そんなガキ共に好意を抱く!」
「好きなものに理由が必要ですか。兄さんには理解できないかもしれませんが、僕の好きなようにさせてください」
「ならぬ! フィギュアというのは世間では沼と呼ばれているそうではないか。
一体でも購入したら最後、歯止めが利かず、気づいたら部屋中がフィギュアで埋め尽くされる例もあるという・・・・・・お前を堕落の沼から救い出すのが兄としての使命だッ!」
「いいですか、兄さん。それを巷では余計なお世話って言うんです」
「そんなこと、俺が知るか。余計でも何でも、ここは俺が止める! 今は恨まれても構わん。数年後、数十年後に俺の行動の意味がわかるはずだ!」
「おそらく永久にわかる時は来ませんよ」
「俺の弟はフィギュア如きに魂を奪われたか!」
「フィギュア如きという言い方は聞き捨てるわけにはいきません。訂正してください」
「断る!」
「全く・・・・・・僕たちは兄弟なのにどうしてここまで正反対なんでしょうか」
「生まれ育った環境が違うのだから、仕方あるまい!」
不動の強烈なパンチが星野の頬を捉え、その身体ごと地上へ急速落下していく。
それを追いかける不動だが、星野は地面に背が激突する寸前に羽を展開して衝撃を和らげた。
けれど、安堵はできない。戦いはまだ終わっていないのだ。
「ぬおああああああああ!」
不動がタックルを仕掛けるが星野は不動の胴体を掴んで跳躍し、パイルドライバーで地面へと叩きつける。
コンクリートの地面に亀裂が走り、余波で電柱が折れる。
これほどの攻撃を食らっても、兄は戦闘をやめない。むしろ、怒りを糧に更に攻撃力を上げていく。
放たれた掌底は星野だけでなく、周囲の建物をも破壊する底知れぬ威力を秘めていた。
「弟よ、フィギュアの購入は諦めろ。俺ではお前には勝てぬ」
「まだ勝負が終わったわけではありませんよ」
集まった野次馬が正義のヒーロー同士の激突という物珍しさからか、動画を撮影しネットに配信するが、ふたりはそんなことは眼中にはなかった。
ゆっくりと、けれど確実に距離を詰めていく。星野は右、不動は左の腕を大きく引いて、同時に最後の一撃を放った。これでたとえ敗れたとしても、悔いなし。
しかし、ふたりの拳が命中することはなかった。
「何とか、間に合ったみたいですね」
彼らの拳を間に割って止めたのは美琴だった。
彼女は買い物をした帰りに、偶然、現場を目撃したのだった。
美琴は包み込むように優しくパンチを掴まえ、彼らの打撃の威力を完璧に封じ込めていた。再び拳を引くこともできず脱力するふたりに穏やかに微笑んだ。
それから倒壊した建物を能力で修復してからふたりにおにぎりを差し出し。
「喧嘩をしたのはお腹が空いていたからでしょう? これを食べれば少しはお腹が満たされるでしょうから、良かったら食べてみてください」
頬張ってみると、ふっくらと柔らかく炊き上げられた白いご飯に大きな梅の酸味が食欲をそそる絶妙な味だ。
「美味い」
「美味しいおにぎりですね。でも、美琴さん。僕たちは別に空腹で喧嘩していたわけじゃないんです」
「へ?」
きょとんとして小首を傾げる美琴に不動達はことの経緯を説明した。
「――なるほど、フィギュアが原因ですか・・・・・・」
美琴は思案した。星野が夢中になるのもわかるが、不動の不安も最もだ。
そこで彼女はこんな提案をした。
「スター流本部にフィギュア室を作ってはどうでしょうか。本部なら沢山フィギュアも置けますし、スペースも十分にあるでしょうから。それに、星野さんのお部屋も綺麗になるでしょうし」
「それはいいアイディアですね」
「ガキ、スターの許可はどうする?」
不動の問いに美琴はウィンクを一つして。
「スターさんもフィギュアに凝っていますから、心配しなくても大丈夫ですよ。
それに、星野さんにフィギュアの良さを教えたのはスターさんですから」
「何だと!?」
あまりに衝撃の事実に不動は茫然と立ち尽くしてしまった。
最大に堕落していたのは他でもない自らの師であったとはなんという皮肉であろうか。
不動は嘆息し、拳を鳴らした。
「まずはスターから往生させて殺るか」
「「それはダメです!」」




