短編 ロディと美琴の超特訓!ジャドウを倒せ!
「殺処分!?」
スター流の馬小屋で大声が響き渡る。声の主はロディだ。
彼と相対しているジャドウ=グレイは眉一つ動かさずに告げた。
「左様。何か不満でもあるのかね」
「不満なんて腐るほどあらあ! なんで俺のエリザベスが殺されなきゃならねぇんだ。あいつがどんな悪いことをしたって言うんだ」
「お前もスター流の掟は知っていよう。スター流絶対の掟である恋愛禁止。相手が馬であれ、お前はそれを破ったのだ。相応の制裁を科すのは当然であろうが?」
「恋愛禁止の掟なら前に廃止になったじゃねぇか。なんで今更――」
「スター様に隠れて両想いになっていたのが問題なのだ」
「さっきから黙って聞いてりゃスター様、スター様ってよ。お前の意見はどうなんだよ、ジャドウ! 何を聴いてもスター様の命令がどうのとお前は壊れたテープレコーダーか!?」
「そう喚くな。吾輩もスター様と同意見だ。この件を報告した際、『悲しいけれど、仕方がないね。処分して』とのことだった。即ち、許可はとってある。あとは、執行の時を待つのみ」
「おのれ……」
ロディは拳をぎゅっと堅く握りしめた。雌馬エリザベスは彼にとって伴侶同然だった。
如何なる時でも共に過ごし、喜びも悲しみも分かち合ってきた。
勿論、スターには大恩はあるが、それを差し引いてもエリザベスの処分はやり過ぎだ。
かと言ってスターの決定を覆すのは難しい。
そもそもの問題として、ジャドウの言動からして真実なのか疑わしい面がある。
この男は適当な理由を付けて、エリザベスを処分したいだけではないだろうか。
普段は直情的で物事を深く考えないロディも、エリザベスに関しては別だった。
愛馬を守る為に全力で頭を回転させる。何か良い方法はないか。全神経を救う事に注ぎ込み、考えた結果、彼は一つの策を思いついた。それは彼らしい提案だった。
「なあジャドウ。この際、はっきり決めようや」
「何をだ」
「俺とお前、どっちが強いかってことだ」
「……ほう。雑魚のお前が吾輩に挑むと? 五体満足では済まぬぞ」
「承知の上だよ。もしお前と戦って俺が勝ったら、エリザベスの処分を取り消してくれ」
「では、吾輩が勝ったら殺処分を受け入れる、ということで宜しいな?」
ロディは手を伸ばし白馬エリザベスの鬣を撫で、微笑む。
「男の勝負に二言はねぇよ。俺ァ昔から約束を守る男だ。お前こそ、黙ってエリザベスの首をはねたりしたら命は無いと思ってな」
「承知した。吾輩、こう見えても約束は守る質でな。試合はいつにする?」
「今から一週間後ってのはどうだ」
「フム、よかろう。では、試合は一週間後。時間無制限、反則判定ありということで」
「おい、ちょっと待て!」
何でもない事のようにさらりと告げると、ジャドウは純白のマントを翻し、その場を立ち去っていく。手を伸ばし、彼の肩を掴もうとするも、高速移動で躱されてしまった。
行き場のない手だけがその場に残される。引きつった笑みを浮かべ、ロディは愛馬に口を開いた。
「ヤバい。俺、負けるかもしれねぇ……」
スター流本部の中にあるレストランでロディは好物のステーキを食べていた。
けれど、中々フォークが進まない。
試合のことを考えると負けてしまうかもという恐怖で食事が喉を通らないのだ。そんな時、彼に声をかける者がいた。
「相席してもいいですか?」
透明感のある癒し系の声に顔を上げると、そこには一人の女性が顔の倍はあろうかと思われるほどの巨大おにぎりを持って立っていた。
黒のストレートヘアに色白の顔、白い忍者装束が特徴の美女で、スター流では新顔の部類に入る。
けれど、実力は折り紙付きで、次期スター流の後継者とも言われている。
普段は馬小屋に閉じ籠ってばかりで本部には滅多に顔を出さないロディなので、彼女とそこまで親しいわけではなかったが、自分に話しかけてきたことが彼にとっては無性に嬉しかったのだ。
快く相席を認め、向かい合って食べながら話をする。
「美琴ちゃん……」
「どうかしましたか? あまり元気がないみたいですけれど」
「実は俺……」
「もしかしてわたしのおにぎりが食べたいのですか? さすがに全部は無理ですけど半分くらいなら分けてあげられますよ」
「いや。おにぎりはいらねぇよ。これは美琴ちゃんのものだしよ。まあ、おにぎりはともかくとして、アンタに話があるんだが、いいか」
「はい?」
幸せそうに頬一杯におにぎりを頬張る美琴を見て、ロディは躊躇った。
流石に今は無理だ。この幸せそうな顔を曇らせたくはない。食べ終わるまで待ってからにするか。
それから十五分後。おにぎりの最後の一口を緑茶で流し込み、丁寧に口を拭いた後、美琴が訊ねた。
「それでお話って何ですか」
「実は……」
ロディが経緯を説明すると美琴は黙って聞き役に徹していたが、やがて真っ当な疑問をぶつけてきた。
「どうしてロディさんは普通の試合だと負けると思うのですか」
「だって、俺は拳銃のプロだから」
「あっ……」
美琴は言葉を詰まらせたが、そうなのだ。
このロディという男。拳銃に関してはスター流でも右に出るほどがいない腕前を誇る。
百メートル離れた場所から素早く動く猫の眉間を狙い撃ちすることなど朝飯前。
拳銃勝負ならば間違いなくジャドウにだって勝てる。
しかし、今回は銃ではなくプロレスの試合なのだ。
それも基本は反則自由のルールにおいて、ジャドウは反則判定ありのルールを採用してきた。
これが何を意味するか。
「銃、使えないですね」
「そうなんだよ。あの野郎、考えやがったんだ!」
反則自由ならば銃を使用しても問題は無いが、反則判定ありの場合、銃は即座に反則負けを言い渡される。
当たり前の話だが、これはロディにとっては最大の武器を奪われたのと同じである。
「でも、ロディさんにはスター流の技があるじゃないですか」
「いや。残念だけど、俺にはスター流の技は使えないんだ。何故なら俺は、スターから教えを授かったことが無い」
「え」
ロディの口から飛び出した意外な言葉に美琴の表情は固まってしまった。
ロディは自分よりも遥かにスター流の先輩であるからスター流の技術は習得しても不思議ではない。
それなのに授けて貰っていないとはどういうことなのか。その旨を訊ねると、ロディは自嘲しつつも答えた。
「この三〇〇年間、俺はガンマン一筋でやってきた。時にはスターの教えを受けている仲間が羨ましいと思ったこともあったよ。だけど、スターに言われたんだ。
『君は私から技を習うより自分の特技を活かした方がいいかもね』ってな。だから俺は習ったことが無いんだよ」
「それって状況的にはかなりの危機ではないでしょうか……」
「ご名答だ。これまではずっと武器使用OKのルールだったから今回もそうだろうと思っていたんだが、あの野郎は俺の考えを見透かしてやがったんだ」
悔しそうに拳を握り、歯を噛み締めるロディに美琴は穏やかな口調ではあるが、現実を突きつけた。
「正直言って、このままだとロディさんの勝率は低いでしょう」
「だからこそ困っているんだ」
「わかりました。それでは、短い期間ではありますが、わたしがロディさんの臨時コーチになってあげましょう!」
「本当かよ!?」
願ってもない話にロディは食いついた。美琴はスター流トップクラスの実力者。彼女からの指導を仰げばまず実力は向上するだろう。
「わたしもまだ修業中の身ではありますが、ロディさんの決意に胸を打たれ、協力することにしました」
「恩にきるぜ、美琴ちゃん!」
こうして、二人の秘密裏の特訓が始まった。
特訓と言っても一週間という限られた期間では多くの技を教えられることは不可能だ。
そこで美琴はロディの性格や体格を活かした技のみを指導した。
元々スターに見込まれたほどであったから身体能力は高く、特に反射神経と集中力には目を見張るものがあった。
常に最前線で命のやり取りをしているだけあって、修行が苦しくとも決して根を上げることも無かった。
一日修行し、一日休む。
緩急を取り入れ決して無理をさせず、効率的にロディの力を美琴は高めていった。
そして、運命の日を迎えることとなる。
試合の当日。ロディは胸の鼓動が高鳴るのを実感していた。
身体が微かに震えている。無理もない話だった。この試合は単なる練習試合ではない。
相棒の命がかかった文字通りの真剣勝負なのだ。
銃を封じられた今、どこまで戦えるかはわからない。けれど、特訓に付き合ってくれた美琴に報いる為にも自分の全力を出し切らなければ意味は無い。
幾度か深呼吸をして、顔を上げ、前を見据える。
目線の先にはジャドウの待つリングがある。
エリザベス、美琴ちゃん。俺はやるぜ。ロディは背筋を伸ばし、足を前に進めた。
茶色のテンガロンハット、赤いスカーフに革ジャン、腰のガンベルトも変わらない。銃こそ所持していないが、その代わり、彼の心の中には情熱や闘志という弾丸が詰まれていた。
初めてのリングイン。観客は美琴とスター、そして彼が心から尊敬する男、カイザーだけ。
何とも寂しい雰囲気だが、彼にとっては十分すぎるほどだった。大勢の見物人はいらない。
本当に必要としている人だけいればそれでいい。彼らに見届けてほしい。俺の戦いを。
もしかすると、これが最初で最期の試合になるのかもしれないのだから。
ジャドウとは常に前線で行動を共にしてきた。初対面から印象最悪だった。
それは今でも変わらない。いや、愛馬を殺処分すると聞かされ更に嫌悪感を増した。
何の義理かは知らないがスターを絶対の存在と崇める忠臣。
過剰なまでのスターへの忠義をヘシ折り、俺が奴の目を覚まさせてやる。愛用のテンガロンハットをコーナーの鉄柱に立てかけ、試合開始の鐘を待つ。
四角いリング。四方にはそれぞれ三本ずつのロープが張り巡らされ、逃げ場は無い。
逃げようにも、リング外での乱闘は反則になるため行えない。
ジャドウは反対側のコーナーで薄ら笑いを浮かべて佇む。
そして遂に、運命のゴングが高らかに鳴り響いた。
ゆっくりと、まるで亡霊のようにゆらゆらとした動きでコーナーから離れるジャドウ。
一九八センチの長身痩躯の身体で一歩、また一歩と足を踏み出す。
スローモーな相手に先手を取るべく、ロディはパッとコーナーポストを飛び出すと、ジャドウの首筋に肘を入れる。だが、ジャドウは動かない。その氷のように冷たい瞳でロディを捉える。
凍えるような視線に戦慄を覚え、思わず距離をとったガンマンは彼の周囲を駆け回る。円状に素早く移動することで敵を困惑し、できた隙を突こうというのだ。けれど、彼は視線さえも動かない。
棒立ちのまま微動だにしないその姿は彫刻の如し。
スライディングの蹴りで体勢を崩させ、更に足払いでジャドウの巨体を転倒させる。豪快に倒れたところを馬乗りになった。
「食らいやがれ!」
鉄拳で幾度も憎き相手を殴打するが、ジャドウはまるで防御をしない。
打たれっぱなしで反撃さえしてこない。口が切れ、血が顎に流れるが、それでも彼は動かない。
ロディはジャドウの意図が読めなかった。
だが、反撃しないのは己の攻撃が効いていると考え、休まず攻めることにした。
顔ばかり攻撃してもそこまで効果は狙えないので、今度は腹を攻めることにした。
一旦馬乗りをやめ、腹を馬のように踏みつけまくる。彼の蹴りを恐れてか、ジャドウは逃避する。
四つん這いで赤子のように逃げ回る姿に、ロディは指差し爆笑する。
「なんだその姿は。スターの忠臣、ジャドウ=グレイ様ってのはこんなものかい!?」
ジャドウの尾てい骨を蹴り上げ、頭の方に回って平手打ちを食らわせる。反撃はこない。
ヨロヨロと立ち上がったジャドウを持ち上げ、ボディスラム。長身ではあるがガリガリに痩せている為、ロディでも驚くほど簡単にジャドウの身体をリフトし、叩きつけることができた。
ドシン、バシン。
リングで痛めつける音だけが無言の会場に響く。誰も何も言わない。一方的な展開だ。
だが、スター、美琴、カイザーの三人はその意味を分かっていた。その上で口を噤んでいるのだ。
倒れたジャドウに宙を舞ったロディの肘鉄がめり込む。二発目を放とうとした刹那、ジャドウが静から動へと変化する。肘打ちを完璧に受け止め、軽々とロディを投げてしまったではないか。
ゆらりと立ち上がるジャドウ。その身体に傷はなく、呼吸は全く乱れていない。
「気は済んだか」
「俺の技が効いていない!?」
「無論だ。吾輩がお前如きの技が通用するほど易しい相手だとでも思ったか?
少しの間、実力を見極める目的も兼ねて受け切ってやっただけというのに。
自分に都合の良い思い込みをするとはな。だが、戯れの時間は終わりだ。
そろそろ報いを受けて貰おう。吾輩を愚弄した報いをな」
「俺は舐められていたのか……」
「その空の脳味噌で気づいた点だけは褒めてやろう」
ジャドウの前蹴りを腹に浴び、ロディはあっけなくロープに吹き飛ばされる。
その威力は鉄の棒を打ち込まれているかのようだった。
反動で戻ってきたところにハンマーパンチを浴び、倒れる。
吐血した後、ロディは一瞬だけ意識を失ってしまった。
全身に力を入れて立ち上がるが、彼は痛感した。自分の無力さを。
やばい。洒落にならない痛さだ。この試合、最後まで持つかわからない。
ジャドウは一見すると骨と皮だけなので貧弱な印象を与えるが、実際は怪力と無限の体力がある。
序盤は相手の攻撃を受け続け、攻め疲れを起こしたところで一気に巻き返し、これまでのダウンが演技であることを伝え、心身ともに絶望に追い込む。
これこそがジャドウの冷酷非道で残忍なファイトスタイルだった。
美琴もスターもカイザーもそれを知っていた。だが、それを教えたのは残酷な事実を伝え彼にショックを与えたくなかったからだ。けれど、今は彼らの気遣いが保安官に相当な損傷を味合わせていた。
ジャドウの技は一つ一つがシンプルでクラシックだ。だが、それ故に強い。
派手さはないが重いのだ。大反則を十八番とするジャドウも得意のコースを封じられたという点は一緒だった。しかし、スター流の心得とリング上での経験には一日の長がある。
そこが決定的に異なっているからこそ、ジャドウは勝負を提案したのだ。
互角な条件に見えて、実は自分が圧倒的に優位な状況で正義の保安官を叩き潰す為に。
一度試合がはじまれば、スターでも手出しをすることはできない。完全決着が基本のルールだからだ。たとえ試合で命を落としたとしても咎められることはない。ジャドウは快感だった。
思う存分相手を痛めつけ、スターからの信用も得て、更に気に入らない奴を始末することができる。
これ以上の楽しみは滅多にない。幸運に酔いしれていた。
一方のロディは絶望のただ中にいた。普段は陽気な彼も今回ばかりは異なった。
美琴の指導を活かせず、ジャドウの演技も見抜けず調子に乗って逆転を許す。
反撃もできない。俺はダメな男だ。
滅多蹴りにされながらも、辛うじて顔をあげると、カイザーの姿が見える。ロディはずっとカイザーを慕い、憧れ続けてきた。
その彼が観戦している中でこの醜態。見切られて、彼の部隊から外されても何ら不思議ではない。
いや、偉大な男の名誉を守れるのなら俺のような弱者がいない方がいいだろう。
ごめんよ、エリザベス。俺はお前を守れなかった。
「ここで諦めていいんですかっ!」
すぐ近くで高い声が聞こえた。見ると、自分の真下、つまりリングの傍に美琴が寄ってきているではないか。
「諦めたらエリザベスさんはどうなるんですか! 彼女はあなたを信じて、あなたの勝利を信じて、馬小屋で待っています! ここでギブアップしたら、あなたは男として最低ですっ!」
涙目になり叫ぶ美琴にジャドウはチッチと指を振る。
「美琴よ。ペラペラ喋ったところでこやつの闘志は戻らない。あとは吾輩に止めを刺されるだけだ」
ジャドウの右足がロディに迫る。するとロディの腕が動き、彼の足を掴んだ。蹴りを受け止めつつ、渾身の力で相手の足を持ち上げて浮かせ、その力を利用して自らも立ち上がる。完全に起き上がると同時にジャドウは転倒。
だが、すぐに立ち、ロディを見据える。瀕死だった保安官の瞳には溢れんばかりの闘志の色が見えた。
「馬鹿な……何故、絶望しない!」
「へへッ――美琴ちゃんの言葉で目が覚めたんだよ。最低の男とまで言われちゃあ、仮にここでブッ倒されて、エリザベスとあの世に行ってもあいつに会わせる顔がねぇからなあ。せめて最後まで死力を振り絞って戦い抜いて、前のめりであの世にいきてえって思ったんだよおっ」
ロディの鉄拳がジャドウの顔面を穿つ。ジャドウはまともに浴びて、鼻から血を流した。
今度は演技ではなく、本当に食らったのだ。
掌で拭くと付着した血を見て、ジャドウは目を見開いた。これは、先ほどと同じ男の拳ではない。顔面を掴まれ、頭突きを見舞われる。今度は額が割れた。機関銃のような拳の乱れ撃ちが襲い来るが、
ジャドウは咄嗟の出来事に対応することができず、タコ殴り状態。
口から血を吐き出し、思わず後退してしまう。この男に何が起きた。突然の変化に困惑するも、自分の優位は動かないと考え、タックルを敢行。ロディは動かない。
「どうやら恐怖で身体が言うことを聞かぬようだな」
「そらよっ」
ギリギリまで引き付けての延髄蹴りに、ジャドウの脳は振動する。
大きく身体が傾いたところで逆に身体を掴まえられ、サイドスープレックスで投げ捨てられる。
背中からマットに当たり、悶絶。ロディは試合序盤まで明らかに格闘技を知らぬ素人の動きだった。
けれど、今はどうだ。打撃だけでなく、投げ技も披露した。美琴がコーチに就任したとはいえ、短期間で身に付くものではない。
まさかこの男は――嫌な予感が頭を掠めた。ジャドウの狼狽する様子に、スターは満面の笑みを浮かべ、手をメガホン代わりにして忠臣に呼びかける。
「ロディ君はあまりに長い間拳銃で戦ってきたから記憶が無いかもしれないけど、彼も遠い昔に私がスター流奥義を指導してある。ずっと昔の事だから、彼はそのことも技も忘れていたみたいだけど、極限状態の中で君と戦ううちに、思い出してきたんだろうね」
「何ですと……」
考えてみれば当たり前の話である。スターの弟子がスターの教えを受けていないはずがない。
それを見落とし素人と見下し慢心していたことが、今の劣勢に繋がっている。
試合序盤で思い込みを利用した彼が、今度は自分が思い込みにより苦戦を強いられる羽目になった。この屈辱に対し、彼がとった行動は。
ロディをヘッドロックに極めると顔面に容赦なく打撃を浴びせ、そのままロープへ走るとロープの摩擦を利用した目潰しだった。
「スター様、ジャドウに反則負けの宣言を!」
カイザーが進言するがスターはニコニコと微笑み。
「それを言うのはまだ早いよ。あと三分間、待っていてごらん。面白いことが起きるから」
スターの何かを期待した目にカイザーは静観することを決めた。
このスター=アーナツメルツという男は普段はまるで頼りないが、戦闘に関しては天才であり、試合の攻防でこれから展開が大きく動くことを見抜いたかもしれない。
事実、ジャドウはスターの前で失態をしてしまった負い目から精神的に余裕をなくし冷静さを欠いている。自らが提案した反則判定ありのルールであることも忘れるほどに。
それほどジャドウにとってスターという人物が大切な存在なのは理解できるか、これから何が起こるのか。歴戦の勇者であるカイザーも予測することはできない。
ロディをマットに大の字に叩きつけると、自らはコーナー最上段に駆け上がる。
この動作が意味することをカイザーは知っていた。
「まさか貴様に使用するとは思わなかったが……光栄に思うが良い。吾輩の最強必殺技、冥府ニードロップ!」
最上段から跳躍したジャドウの鋭利な膝がロディに向かって下ろされていく。
標的は彼の首である。食らったら最後、首の骨をヘシ折られ、命は無い。
ジャドウが試合をすることは少なく、彼が奥義を披露するのを見るのは長い付き合いのカイザーでも片手で数えられるほどだった。つまり、それほど切羽詰まっているのだろう。
凶器の膝が迫る中、ロディは無意識に身体を捻った。間一髪でニードロップの回避に成功し、結果としてジャドウは必殺技を自爆。
膝を負傷し七転八倒してしまう。残された力を振り絞り、立ち上がるロディ。
だが、それはジャドウも同じであった。睨み合う両者。もう技らしい技を使う体力は残されていない。
両者の激しい息遣いと会話だけが、観客には聞こえる。
「俺の実力ではこれが限界かもしれねぇな」
「フフフフフフ。潔く敗北を認めるか」
「いや。最後に一矢くらいは報いたいものさ」
「往生際の悪い男だ。ここで自らの実力を悟ればまだ可愛げがあるものを」
「お前に褒めてもらっても嬉しくはないね。それに、俺にゃ策があるんだ。こっから大逆転する秘策がよ……」
「口では何とでも言えるものでな。では、証拠を見せてもらおう。お前の策とやらを!」
ロディの腕を掴み、豪快に振り回した後、ロープへ飛ばす。そして、腕を大きく引くジャドウ。
このまま顔面を拳で粉砕して勝ち名乗りを上げるのだ。
だが、拳を見舞ったと同時にロディは軽く笑い。
「ありがとよ。俺の策に乗ってくれて」
何とロディも拳を打ち出したではないか。
両の拳は互いの腕を絡め、敵の頬を穿つ。両者は重なり合うように倒れ、失神した。
これこそがロディの狙いだった。勝つことはできずとも相打ちなら可能。
散々痛めつけられたのも相手が拳を打ち出すタイミングを計っていたためだった。カウントが取られるも両者は気絶したまま。試合は引き分けの運びとなった。
「どちらも格に傷をつけることなく、楽しい試合になって良かったね。ロディ君もエリザベスを守れたし、万々歳と言ったところかな?」
立ち上がり両者の健闘を称えるスターにカイザーが問うた。
「スター様は最初からこの結末を分かっていたのですか?」
「いや。何となく面白い展開になるだろうと思っただけ。まさか相打ちになるとは、さすがの私も予想できなかったよ」
スターは帰り、ロディの心にも平穏がもたらされた。
試合後、ロディは馬小屋へ行くと愛馬にキスをして。
「あのジャドウの野郎をブッ倒したぜ。俺のフィアンセ」




