交わる拳!ぶつかり合う信念!この闘いは負けられませんっ!
ヨハネスの放った火炎放射により、美琴の身体は火ダルマとなり落下していくがマットに転がることで鎮火する。
忍者装束には所々が焼け焦げてはいるが、ダメージは軽い。
「火炎弾は李さんしか使用できないはずなのに、何故、あなたが」
「彼女と幾度も練習試合をしているうちに少しコツを掴んでね。
威力は本家には遠く及ばないけれど、君は度肝を抜かされただろう?
でもね、僕が使えるのはこれだけじゃないんだよ」
空中からミサイルのように勢いよく迫り、美琴に強烈な跳び蹴りを見舞う。
一度目は受け流したが、彼はコーナーポストを蹴り、その反動で二撃目を撃ち込む。
縦横無尽に繰り出される蹴り技の雨嵐の前に、美琴の脳裏にある人物の姿が浮かんできた。
「この戦法はムースさんの……!」
「察しがいいね。その通りだよ」
ヨハネスはサッと相手の両肩に飛び乗り、両腕を封じて攻め手を失わせてから、頭上から悠々と肘打ちを連発する。
槍のように鋭利な肘鉄は美琴の頭頂部から噴水のように血を噴き出させる。
「さあ、どうする?このままだと君は出血多量で意識を失ってしまうかもね」
「攻略法は知っています!」
素早く反対側のコーナーを駆け上がると、後方に倒れ込む。
美琴と密着していたヨハネスは頭を思いきりマットに打ち付けた。
その隙に技から脱出されてしまう。
彼は二、三度頭を軽く振って立ち上がり、薄ら笑いを浮かべる。
美琴は信じられなかった。
武器を使うだけにはとどまらず、他人の技まで勝手に拝借するとは。
彼はそこまでして勝利したいのか。
自分ならこんなことはしないし、できない。
だが、彼はどうしてここまで勝利に固執するのだろうか。
相手の緑の瞳を見据えながらも、彼女は次なる攻撃に備える。
「君に一つ教えてあげる。
僕のロングヘアは色仕掛けの為だけに伸ばしているんじゃないんだよ」
呟いた刹那、彼の髪が急速に伸び、まるで生き物のように束になって迫ってくる。
あまりに予想外な攻撃に美琴は面食らい、反応が遅れた。
結果として彼のどこまでも伸びる髪に両腕と首を絞められ、身体の自由を奪われる。
そして髪を網のように振り回され、拘束されている美琴も一緒にリング内を猛回転させられる。
フィギュアスケートのスピンの如く猛回転をするので、美琴は次第に目が回ってきた。
と、不意に彼が髪の拘束を解除したからたまらない。
解き放たれた美琴は背中から鉄柱に衝突してしまった。
「僕流のジャイアントスィング、楽しんでいただけたかな」
「髪を武器に使うなんて、聞いたこともありません」
「手や足を武器にするのは当たり前。
普段意識しない部位を武器として使うからこそ思いがけない効果を発揮するんだよ」
得意気に語りながらも、今度は束ねた髪の一本一本を鋭利化させ、フェンシングのように襲い掛かってくる。
圧倒的な量と髪の毛の全てが剣という細さにより、防御に自信のある美琴でも躱し切ることができない。
堅いだけでなく、柔らかさも兼ね備えているので、剣の軌道を変えて、美琴の身体に刺さり、彼女の白い肌の至る所から血が滲んでくる。
度重なる連続攻撃により、遂に美琴は四肢をマットに付けた。
這いつくばる彼女にヨハネスは冷ややかな視線を浴びせ。
「僕が卑怯なら、君は未熟だよ。
以前、能力を過信するなと忠告したのに、それを活かせないのだからね」
彼の言葉に美琴は拳を握りしめ、力なくマットを叩く。
唇を強く噛みしめ、瞳からは涙がとめどなく溢れてくる。
彼の言っていることは図星であり、何も反論できない自分が悔しいのだ。
美琴は思った。
ムース戦以来、敵の攻撃を受けるだけ受け、能力で反撃してから活路を開くというのが自分の戦闘スタイルになってきてしまっている。
だが、これは受け身の姿勢であり、万が一能力を封じられた場合には脆く、劣勢に陥りがちになる。
彼はこの闘いで教えているのだ。
能力を過信していると手痛いしっぺ返しを食らうと。
相手は決して線の細い美少年というだけではない。
長年の経験に裏打ちされた、手段を選ばず、臨機応変に対応できるスタイルを確立している。
彼の忠告を無視し改善を怠った自分が勝てる訳がない。
彼女は諦めかけ、潤む視界でヨハネスを見つめる。
相変わらず彼の目は冷めている。
ヨハネスは美琴に接近し、ポツリと言った。
「僕が勝ったら、ムースを処刑して貰うようにスターさんに頼むことにするよ」
ムースの処刑。
それは大切な友との永遠の別れを意味する。
絶大な権力を持つスターならば、その処遇も不可能ではない。
「それだけは……それだけはやめてくださいッ!」
マットを這って近づく美琴の頭をヨハネスは足で踏みつけ。
「ムースは超大量虐殺を行った極悪人なのだから、この世から消すのは当然だと思うのだけれども」
「確かに、彼女の過去は消えないかもしれません。
ですが、彼女は命をかけてわたしを守り、世界の平和に貢献しました!
カイザーさんからは減刑を喜び、地獄監獄内で再びわたしと再会できる日を心待ちにしていると聞いています」
「君達の関係がどうであろうと、僕には関係ないね」
「彼女の心に灯った希望の光を吹き消してしまうような、むごい仕打ちはやめてくださいッ!」
「敗北しかけている君が何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならないよ」
「わたし、勝ちます! あなたに絶対に勝って、ムースさんを守ります!」
自分にできたはじめての友達。
高慢なところや残虐なところもあるけれど、彼女の心には確かに人を思いやる気持ちが存在した。
五百年前、彼女を救ったカイザーのように。
Ω戦で救われた恩を返すためにも、ヨハネスを止めなくてはならない。
彼女を絶対に守ってみせる。
これまで希薄だった美琴の心の奥底の闘志に火が灯り、踏みつけているヨハネスの足を掴んでバランスを崩させると、その力を利用して立ち上がり、彼の腹に拳を打ちこむ。
「この闘いは負けられませんっ」
美琴の猛反撃を受け、押されながらヨハネスは考えた。
仲間を守るためなら彼女はこれほどの力を発揮することができる。
彼女が自分を相手にどこまで力を出せるのか、確かめる価値はある。
仮に自分を倒せなければ所詮それまでの者だったというだけだ。
不意にヨハネスはリングから降りるとエプロンの中に隠れた。
場外乱闘を良しとしない美琴が待っていると、彼は鎖やメリケンサックなど、多数の凶器を持ってリングに舞い戻る。
「また凶器に頼るのですか」
「その逆だよ。僕が凶器に頼らざるを得ない程、君は強いということさ」
真っ直ぐ突進して彼女の首に鎖を巻き付けると、渾身の力で引っ張り、ぐいぐいと首を絞めていく。
コーナーの最上段に昇ると、彼女を引き寄せながら、より一層鎖を持つ手に力を込める。
美琴は顔を青くしながらも、鎖に手をかけ、握力で引き千切った。
コーナーから飛び上がり放たれたニードロップの一撃を自爆させ、膝を痛めながらもメリケンサックを両手に装着して襲い掛かる相手の攻撃を俊敏な動きで全て躱してのけ、手首に手刀を打ち、武器を離させた。
武器を全て失い額に汗をかきながらも、ヨハネスの瞳の闘志と口元の笑みは揺るがない。
彼にはまだ勝算があった。
「正直言って、君がここまで僕を追い詰めるとは思わなかった。驚いている。
でも、最後に笑うのは僕だよ。何故なら、僕にはまだ奥の手があるからね」
彼はニヤッと笑うとシャツの袖を捲り上げた。
「見せてあげよう。僕の最高必殺技を!」
すると彼の両腕が黄金色に発光し、鋭利な刃へと変形した。
「受けてみよ。僕の最高奥義、聖剣拳を!」
突風のように突進したヨハネスは、黄金に輝く右手を大きく振り上げる。
手刀を見舞うと察した美琴は腕をX字にして防ごうとする。
しかし彼の掌から発する異様な輝きに生命の危機を覚え、慌てて跳躍した。
刹那に下ろされた刃は、背後にある鋼製のロープを容易に切断するだけにとどまらず、地面に亀裂を走らせ、練習場の壁も破壊。
あと一秒跳躍が遅れていたら、自分はあのロープのように一刀両断にされていただろう。
恐るべき聖剣拳の威力。
美琴は相手の最強奥義に戦慄し、ほんの一瞬、動きが硬直した。
「隙ありだッ!」
ヨハネスの必殺の手刀が唸り、美琴の身体にいくつもの斬撃を浴びせる。
斬られる度に美琴の身体からは大量の血が噴き出し、衣服は赤く染まっていく。
空中で斬撃を無防備で受け続けた美琴は、自分の血で出来た血の池に落下し、ピクリとも動かない。
胸には斜めに斬られた痛々しい傷跡が刻まれている。
ヨハネスは自らの頬に付着した彼女の血を指で拭き取り、それを舐め。
「少し、やり過ぎちゃったかな。でも、これが勝負なのだから仕方がないよ」
当然ながら美琴に反応はない。
瞳孔は見開かれ、呼吸は完全に停止している。
「それじゃあ、僕はムースの処刑をスターさんに頼んでくるよ」
踵を返し、リングを降りようとしたその刹那、ヨハネスは背後に気配を感じ、振り返る。
するとそこには、傷だらけになりながらも、震える足で立ち上がる美琴の姿があった。
「まだ、勝負は終わっていません!」
「馬鹿な。なぜ、あの状態で立ち上がれるんだ。僕は完全に止めを刺したはずなのに」
予想外の事態にヨハネスは動揺するが、その視線が美琴の胴に向けられた瞬間、謎は解けた。
彼女の傷が徐々に塞がってきているのだ。それは能力が解放された証。
つまり、薬の効果が切れかけていることを意味する。
だが今なら間に合うはず。彼女は虫の息。
あと一撃で僕の勝利が決まる。
焦りながらも貫手を彼女の胸目がけて放つヨハネスだったが、手刀が直撃するよりも彼女の能力の開放が速かった。
「……ごめんなさい」
小さく呟き涙を流す美琴。それはこれから自分が彼に無意識に与える苦痛への謝罪だった。
「いいんだよ」
ヨハネスが微笑み返したのと同時に、自身に聖剣拳の威力が跳ね返り、血達磨となった彼は仰向けにリングに倒れた。
対する美琴も体力の限界で同じように轟沈。
彼らに立ち上がる力は残されていなかった。
「引き分けか……」
美少年は額に手を置いてため息を吐く。
「仮にも僕が持てる力を出したのにも関わらず引き分けに持ち込むなんて、君は大した奴だ」
「ヨハネスさんの執念には驚かされました。
わたしはこれまで勝ち方にこだわって勝ちたいという意識が薄いところがありました。
ですが今日、あなたの勝利に対する執着を見て考えが変わりました。
時には絶対に勝たなければならないと気合を入れないといけない時もあるのだと」
「そうか。それが学べたのなら良かった。
僕達は如何なる闘いにおいても勝たなければいけない。
たとえどんな醜い形であっても勝利をもぎ取らなければ、悪から人々を守ることはできないからね。負けて反省し、そこから成長することもあるけど、そんなことを言えるのは練習試合だけだよ」
「ヨハネスさん、これからも色々と学ばせてください」
「勿論だよ。僕の新しい相棒」
二人の拳と拳が軽く触れ合い、彼らの絆が生まれた瞬間だった。