ムースさんと初対面です!
不動が冷静さを取り戻したことを確認した美琴は、彼に作戦を耳打ちで伝え、共にニューヨークへと向かう。
ニューヨークはムースの手により撃墜させられた戦闘機の部品が散らばり、道路には亀裂が走っている。
首を刎ねられ、五体を吹き飛ばされ無残な死体となった人々を踏まないように注意を払ってムースのいる場所へと向かう美琴であったが、途中で何度もあまりの凄惨な光景に吐き気を催した。
人の命を奪うだけでも非道であるというのに、これほど残虐な方法で殺めるとは、ムースという人物はどんな人なのだろうかと疑問を抱きながら、不動と並んで彼女は歩みを進める。
テレビの映像では遠くの姿が映されたのみで、はっきりとした全体像は知らなかった。
そのため、いかにも「お嬢様」然としたムースの外見を見た彼女は、容姿と行動のギャップに頭がクラクラするような感覚に襲われた。
それに耐え、真っ向から彼女と向き合う。
彼らの存在に気づいた存在は、椅子代わりとしていたボンネットから立ち上がると、服の埃を落とし、天使と称しても過言ではないほどの優しげな笑顔で二人に会釈した。
「お待ちしておりましたわ」
「何故、我々が来ることが分かった」
「スター様が教えてくださいましたの」
「……成程。奴は逃げ出したかと思っていたが、こんなところでお膳立てをしていたとはな。
三度の飯よりも拷問を好むお前がこうして大人しくしているのも、俺達と闘うのを楽しみにしていたからか」
「ご名答ですわ。ところでそちらの方は……」
きょとんとした顔で指を差されたので美琴は慌てて頭を下げる。
「美琴です」
「美琴様ですね。あなたもわたくしと遊んでくださるなんて、光栄ですわ。スター流の皆様はわたくしにとって最高の玩具ですから」
「ムースさん。残念ですが、わたしはあなたと遊びに来たのではありません」
「あら。それでは何の為に――」
「あなたの悪行を止めるためです」
落ち着いた口調ながらも真剣な眼差しを向ける美琴にムースは自らの口に手を添えて笑い声を上げる。
「冗談がお上手ですわね。玩具の分際でわたくしのお遊びを悪行と言い切るなんて、無礼千万ですわね。反抗する玩具にはキツイお仕置きをして差し上げなければいけませんね」
ここでムースは日差しが暑いのか愛用の日傘を差して。
「ところで、あなたはスター流の掟をお忘れではありませんか。スター流は決闘を挑まれた際はいかなる理由があるとも一対一で闘うこと。その掟を破った場合は破門であると」
「……!」
美琴は大きく目を見開き、不動を見る。
「お前はこの掟を知らなかったのか?」
不動に訊ねられ、美琴は気まずく視線を逸らす。
味方ならまだしも敵であるムースに教えられるとは。
美琴は己の恥じた。だが不動は口角を上げ。
「案ずるな。確かに掟は守る必要があるものだが、このゴミに掟を守って闘う価値はない」
「ゴ、ゴミ!?」
「お前はガキ以下のゴミだ。それも史上最悪のな」
「このわたくしをここまで罵倒するとはいい度胸ですわね。
どうなるか分かっているのですか」
「さあね。お前が成す術なく倒される結末しか想像できんが」
「まあ、冗談がお上手ですこと。でも、わたくしとしましては、観客もない寂しい場所であなた方をお相手するのは気が進みませんわね。
場所を指定して、そこで一人ずつお相手したいですわ」
「お前の都合など知ったことではない!」
不動が一気に間合いを詰め、その拳をムースに振るう。
しかしムースは跳躍し、彼の拳の上につま先立ちをする。
「相変わらず短気なお方ですわね。このようなことでは、いつまで経っても恋人ができませんわ」
「俺に恋人など要らぬ!」
空いている左手で彼女を掴もうと手を伸ばすも、ムースは素早くジャンプし身を翻すと、不動の背後に膝蹴りを叩き込む。
前のめりに倒れた不動の両肩に飛び乗ると、そのまま細い両足でぐいぐいと彼の首を締め上げる。
「ぐ……が……」
不動はムースの両足から逃れようと腕に力を込めるも、彼女の足はビクともしない。
次第に彼の顔からは血の気が引き、青白くなっていく。
そして白目を剥くと血泡を噴いて失神してしまった。
ムースは技を解くと、傘を開いて地面に着地し笑顔で美琴に振り返った。
「今のはほんのお遊びですわ。本番では比べ物にならない地獄をあなた方に体験させてあげますわよ」
彼女はウィンクをしてスキップで歩き出す。
「待ってください!」
美琴が声をかけると彼女は足を止め。
「試合は明後日、日本のスタードームで行おうと思っておりますの。三万人もの観客の前であなた方を破壊して差し上すわ。あと、試合当日にはちょっとしたサプライズもありますので、お楽しみに」
「サプライズ……?」
「気になりますか? それでこそサプライズの意味がありますわね。それでは明後日、会場でお会いしましょう」
可憐な微笑みを最後にムースはその場から消えてしまった。
美琴は失神している不動に視線を落とす。今だ目は覚めない。
ムースを止めることができなかった。
自分が割って入っていれば、不動が気絶することはなかったはずだ。
何故、止めることができなかったのか。
彼女の攻撃があまりにも素早く捉えきれなかった?
確かにそれもあるかもしれない。だが、本心は違う。
怖かったのだ。
彼女の得体の知れなさ、そして一瞬で不動の背後をとり、締め上げた恐るべき実力が。
戦車や戦闘機をものともせず、師匠格とも言える不動を赤子の手をひねるように絞め落とす底知れなさ。
美琴は不動が何故ムースをこれほどまでに恐れるのかを思い知らされた。
ジャドウはいない。スターもいない。李もいない。
残るは自分と不動だけ。
明後日、自分と不動の二人だけで彼女と戦わねばならない。
怖い。とてつもなく怖い。
自分の全身が震えているのを美琴は感じとった。
ぞっとするような寒気を感じるのだ。
「これが恐怖………!」
目を見開き身体を震わせ、美琴は倒れた不動の背に恐怖から流れる涙を落とした。




