ムースさんとはじめての喧嘩です 前編
「おにぎりが食べたいです」
「美琴様。お気持ちはわかりますが、朝は食パンで我慢してくださいませ」
「いつも朝ごはんを作ってくださるムースさんにはとても感謝しています。
でも、朝がパンだとお昼まで持ちそうもなくて……」
ムースは朝はパン派である。
闇野美琴はごはん派というよりおにぎり派である。
愛想笑いを浮かべる美琴だが、何日もパンの朝を迎えているので、少し参っていた。
ムースはきつね色に焼けた食パンに薄くバターと苺ジャムを塗って、おいしそうに食べている。
「美琴様、早く食べないとせっかくのトーストが冷めてしまいますわよ」
「あっ、そうですね。すみません」
食後のコーヒーを飲んでいる最中、美琴が切り出した。
「あの、もし良かったらでいいのですけれど」
「却下、ですわ」
「まだ何も言っていません」
「いーえ!美琴様の考えはわかっております!どうせ『朝食はおにぎりにしてほしい』でしょう!? 毎日おにぎりだと飽きてしまいますわ!」
ムースの言葉に美琴は少し頬を膨らませて言い返す。
「でも日本人はやっぱり朝ごはんはお米で迎えたいな、と」
「わたくしはパスティス王国民ですわ!そもそも姫ですし!大体、美琴様はおにぎりを食べすぎなのですわ!朝昼晩、毎日おにぎりばかり食べていては、そのうち身体が炊飯器になっても知りませんわよ!」
「いくなんでも酷すぎますっ」
目に涙を浮かべる美琴に一瞬心が揺れ動いたムースだったが、引っ込みがつかない。
「わたくしが朝ごはん係なのですから、わたくしのルールで行かせてもらいますわ」
「ムースさんなんて大嫌いっ!」
「そのくらいで嫌いになるなんて随分と心の狭いお方ですわね。いいですとも、わたくしもあなたなんて大嫌いですわ!」
互いにぷいっと顔を背け、ふたりの仲たがいが始まった。
そんなとき、タイミングが良いのか悪いのか、スターからの要請が入った。
「街に小鬼が大量発生している!美琴ちゃん、ムース、退治を任せたよ!」
「「了解しました(ですわ)!」」
異変は早朝に起きた。
快晴の空に亀裂が走り、異次元空間の裂け目から小鬼の大軍が降ってきたのである。
子供の半分ほどの大きさしかない身体に薄茶色の表皮にギョロギョロした黄色い瞳に額には角を生やしている。
角の数は個体によって異なるが、一本角、二本角、三本角がおり、鋭い爪が伸びており、背中には蝙蝠にも似た一対の翼が生えていた。
鋭利な牙を覗かせた赤い口で甲高い笑い声を発しながら、街人を襲い、建物を破壊する。
しらばくの間、我が物顔で暴れまわっているところにふたりの若い女が現れた。
黒髪の姫カットに澄んだ瞳。
白を基調とした忍者装束を着た大和撫子風の女性、闇野美琴。
螺旋状のツインテールに青い瞳。
銀色のコルセット姿に白い日傘を差した美女、ムース=パスティス。
美琴は悲しそうな顔で、ムースは嬉々とした表情で暴れまくる小鬼たちを見つめた。
「こんなにもたくさんの玩具がいるなんて、幸せですわ。どうやって遊びましょうか」
「彼らを止めなくてはいけませんね……」
美琴は優美な動きで格闘の構えを取り、ムースは日傘を構える。
先に白いブーツを鳴らして動きを見せたのはムースだ。
日傘の先端から無数の弾丸を放ち、小鬼たちを蜂の巣にしていく。
周りに飛び散る血を眺め、ムースは少し頬を染めてうっとりとした。
「やっぱり玩具が壊れるときの血飛沫は最高ですわ。さあ、もっと見せてくださいませ」
「ムースさん!小鬼さんたちにもわけがあるかもしれません。傷つけるのはやめてください!」
「玩具は壊れるのがよくお似合いですわよ。どうせわたくしのために暴れているのですから。
遠慮なく破壊して差し上げませんといけませんわ」
ムースは能力を発動すると大鎌を生成して、円状に斬撃を放つと小鬼の首を綺麗に切り落としていく。返り血を浴びてコルセットが赤く染まるが、彼女は赤い血に触れて、ぺろりと舐めて言った。
「あまり美味しい味ではありませんわね」
「ムースさん、いけません!」
美琴の声はムースには届かない。彼女は欲望に身を委ね、小鬼たちを斃していく。
ムースは満足するまで攻撃をやめないだろうと判断した美琴は、自分のやり方で小鬼たちと対峙する。
「小鬼さんたち、もし良かったらどうして暴れているのか教えていただけませんか?」
身を屈めて同じ目線で笑顔で語りかける美琴に、小鬼たちは奇声を発しながら襲い掛かる。
肩や膝に噛みつく彼らにやめてほしい意思を伝えるが、耳を貸してはくれない。
仕方なく美琴は手刀や蹴りで気絶させ、振り払うと嘆息した。
目を閉じ深呼吸をしてから、再び見開く。最小限度の攻撃で彼らを無効化する。
普段は戦闘に関して消極的な態度の美琴だが、今回は後手に回っては町民だけでなく、ムースの攻撃の余波で小鬼たちにも被害が及ぶ。
だからこそ、早期に決着をつけなければならない。彼女は小鬼の首に手刀を当てて次々に昏倒させていくが、心の奥には違和感が拭えない。
さきほど、ムースと言い合いをしたことが引っかかっているのだろうか。
つい口をついて出てしまった大嫌いの一言が、どれほどムースを傷つけたかわからない。
美琴は鬼たちを気絶させながらムースに近づいていき、彼女と背中合わせになると口を開く。
「さっきはごめんなさい!言い過ぎてしまって……わたし、大嫌いなんて思っていません。ムースさんは本当に大切なお友達なんです!」
「わたくしも言い過ぎましたわ。美琴様が怒らないからって調子に乗りすぎたのかもしれませんわね。美琴様さえ良かったらでいいのですけれども、その、あの……」
「『これからもお友達でいてください』ですね」
「その通りですわ。よくわかりましたわね」
「お友達ですもの」
美琴の答えにムースは顔を真っ赤にして頷いてから、いつもの強気な笑顔に戻る。
ふたりは大量の小鬼に囲まれていた。
「美琴様、喧嘩はここまでですわ。
ここからはわたくしたちのタッグワークを玩具たちに見せてあげなくてもなくってよ!」
「ええ」
美琴とムースは連携で小鬼たちを相手にしていくが、人数で圧倒的に勝る小鬼たちは倒れても倒れても現れていく。
「キリがありませんわ!」
「このままだとわたしたちが不利ですね……」
美琴も額に汗をかいて若干、息が荒くなってきた。何しろ三時間ほど戦闘をしても、まだ終わりが見えないのだ。一体一体は弱くとも数が合わさればかなりの力になる。
ムースの愛用武器である日傘の弾丸は切れ、ギロチン、電気椅子、アイアンメイデンなども繰り出すがそれらの拷問器具は単体使用でしかなく、集団では使えない。
加えて、能力を発動するほど体力も消耗していくのだ。
ムースも息が切れ、苦笑した。
「さすがのわたくしも遊び疲れてきましたわね。もう、小鬼さんの玩具はお腹いっぱいですわよ」
美琴も打撃戦で迎え撃つが休みなしで戦闘を続けては体力が切れるのは時間の問題だ。
ふたりが危機感を覚えた時、青い空に馬の蹄の音が響きわたった。
美琴が街のはずれに目をやると、遠くから白馬に跨ったひとりの男が近づいてくる。
テンガロンハットに腰にガンベルトを装着し、昔の保安官そのもの恰好の男。
金髪をなびかせ、青い瞳を輝かせた男は陽気に笑って言った。
「どけどけどけ~!西部開拓時代の正義の保安官、ロディ参上だ~!ヒーハー~ッ!」
すさまじいテンションで駆け付けたロディは、すぐさま二丁拳銃を引き抜き、一瞬で小鬼たちの胴体や頭を打ちぬいて倒していく。
「ロディさん!」
「……誰ですの?」
喜ぶ美琴にムースは怪訝そうな顔をした。
小鬼を蹴散らしながらムースたちの前に来たロディは愛馬のエリザベス号から降りると、テンガロンハットを外してニッと笑い。
「さっきも言ったかもしれねぇが、もう一度名乗らせてもらうぜ。西部開拓時代の正義の保安官ロディだ!お嬢ちゃんたち、よくふたりで持ちこたえたなぁ。やるねぇ。ハッハー!」
「わたくしはお嬢ちゃんではなく、ムース=パスティスですわ。あなたもスター流ですの?」
「当たり前だろ?ふたりだけじゃ心細いだろうってスターがいうもんだから、アメリカから駆けつけてみたんだが、どうだい、景気は?」
「見てわかりませんの?最悪、ですわよ。少しは手を貸してくださいます?」
「OK!」
ロディは振り返ることさえせず銃を後方めがけて撃つと、一体の小鬼が倒れた。
続けて跳躍してからの乱れ撃ち。一見ふざけているように見えるが、命中率は確かだ。
スター流の保安官の参戦で形勢が少しヒーロー側に傾いてきたが、小鬼たちにはまだ奥の手が残されていた。
まだ倒されていない小鬼たちは一か所に集合すると、重ねモチのようになって変形・合体していく。グニョグニョと大勢の鬼たちが寄り集まって一体の巨大な鬼と化してしまった。
クリーム色の表皮に一本角、両目と額に現れた目で三つ目、太い牙、筋肉質の体躯、肘や膝からは鋭利な棘が生えて、体長は十メートルといったところだろうか。
「ハッハー!大きいと倒し甲斐があるぜ~!」
ロディはどこに隠し持っていたのかバズーカ砲で一撃見舞うが、弾が直撃しても鬼は平然としている。腕振りだけでロディをビルまで吹き飛ばしてしまった。ガレキの中から立ち上がったロディは天を仰いで呆れた笑みを浮かべた。
「参ったね、こりゃ」
数が減ったのは好都合だが強さが百倍になっては厄介だ。美琴もムースも限界は近い。
そこでロディは一計を案じた。
「鬼さんよ。あんた、小さくはなれるかい?このままのサイズじゃ、フェアじゃないぜ」
「ちょっと。何を言っていますの」
突っ込むムースの口を掌で抑えながら反応を見守っていると、ロディの言葉が通じたのか鬼は二メートルほどの大きさへ縮小した。
「よし、これで闘りやすくなった。じゃあ、俺はこの辺にしてあんた達に任せるよ」
「あなたもスター流の一員なら最後までいてほしいですわ。いいところだけ奪って帰るなんて虫が良すぎますわよ!」
「俺はスター流所属だけど、格闘はさっぱりなんだ。流儀はあんたらの十八番だろ?」
「それは否定しませんが……」
「だったら俺はお役御免だ。ついでにムース、だっけ?あんたも傷が深い。休んどきな」
「余計なお世話ですわよ!」
反論するムースの後ろ首を掴んで、いつの間にか用意された特等席に腰掛ける。
美琴が見回すと、彼女は巨大鬼と共にプロレスのリングの中におり、大勢の観客たちに見守られていた。どこからリングが生えてきたのか、いつ観客が集まったのか頭脳が追い付いていけないが、これで一対一になったことだけは確かだ。
ロディは微笑を浮かべ、言った。
「俺とムースちゃんは応援してるから、あとは任せたぜ、美琴ちゃんよ」
「はいっ!」
美琴は気力を漲らせて鬼を真っ向からにらんだ。




