終わりへの始まり
いらっしゃいませ。本日は、2373文字となりました。よろしければ、ぜひ読んでいってください。
船は、海流に乗って北方に漂い流れているらしい。潮風が少しずつ冷たく感じられるようになってきた。
このままのペースで進んでいけば、二週間程で雪が見られるかもしれない。
僕がまだ両親と暮らしていた頃は、よく北の方に行ったものだった。両親が出会ったのが、雪降る景色の中だったという理由で、二人の結婚記念日など、特別な日に訪れていたのだ。
思い出を辿りながら、僕は訳もわからず少しドキドキしていた。久々に雪が見たいとか、寒い気候を味わいたいとか、そう言う単純な理由ではなく、何かが複雑に絡み合ったものが理由なのだと、漠然と感じた。
それを言葉で表すなら、やはり、思い出や記憶という安っぽい言葉になってしまうのだろう。
風に当たり過ぎて、そろそろ寒くなってきた僕は、屋上から船内へ入った。それだけで暖かさに浸る事が出来た。
屋上への階段を仕舞い、廊下を進んで一階へ降りる。
すると、ちょうど書斎からタイスが出てくるところだった。その手には本が一冊。綺麗な装丁のハードカバーだったが、タイトルは、彼の手が重なって読み取れない。
「タイス。お前、割と読書家だよな」
「割と、ってなんだよ。それじゃ、俺には本が似合わないみたいな言い方だな」
「おお、その通りだよ」
そんな軽口を叩き合う。
タイスはほんの少し眉間を狭めて、プイッとそっぽを向いた。その口は横に広がっていたりするのかもしれない。
それを見せたくないというのは、彼のプライドだ。
僕は、「じゃあな」と言って、先に歩き出した。
それからしばらくして、タイスも歩を進め始めたのが、足音でわかる。
このまま歩き続けると、同じ部屋に行き着いてしまう。それでは、さっきの「じゃあな」という言葉が行き場を無くす事になる。
そんな訳で、僕は途中にある会議室へ寄った。
何故だろう、そこにはタイス以外の全員が揃っていた。それも、みんなどうしてか大人しく座っている。プレイルームも兼ねるこの部屋で、本当に会議でもしていたのだろうか。
「会議中?」
不特定の誰かにその質問をぶつけると、みんな一斉に首を横に振る。
僕は恐る恐るといった足取りで、部屋の奥へと進み入り、しずしずと空いていたスペースに腰を下ろした。
そこへ、タイスまでもがやって来た。彼はというと、堂々と部屋の中に入ってきて、僕に鋭い一瞥をくれると、躊躇い無く壁に寄りかかって座し、本を読み始めた。
もしかしたら、彼は書斎に行く前からここにいたのかもしれない。
僕とタイスが入室してから少しの間、話す人もおらず、部屋は静かだった。いろんな意味で徐々に空気が暖まってくると、少しずつ会話が挙るようになった。
だけど、静かな事に変わりはなく、会話と会話の隙間がやけに長いように感じられた。
エミーは、メアリと女の子同士向かい合って、何かを話している様子。ティムはそんな二人を少し離れた場所で見守っている。マリアンとカイは、人形のように二人並んで静かに座っていて、実に彼ららしからぬ風情だった。
僕は所在無く、窓の向こうの景色を見た。上下を異なる青に挟まれ、漂っている船が一艘ある。
僕はその船をじっと見詰めた。
特に意味があった訳ではないが、それ以外に見る対象が無い、ただの大海原なのだから仕方が無い。
気の所為だろうか、そのたった一艘の船は、僅かばかり近付いてきているように見えた。
船の足下には白波が立っている。こちらの船とは違って、能動的に動いているらしい。
注意が完全に船外に出ていた僕の真後ろから、エミーが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
僕は驚くと同時に、船内にいる事を改めて意識した。
「あの船……少しずつ、こっちに来てるような気がするんだが」
「ぅん?」
彼女は僕の肩越しに、窓外に目を向けた。
やはり、気の所為ではないようで、こちらが海流に乗せられ動いている方向へ、合流するように、その船は進行していた。
あと三十分もすれば、その船はこちらと同じ海流に乗って、北へ向かう事になる。
「大変!」
エミーは声を上げ、走って部屋を出ていった。
ぶつかる心配をしているのだろうか。侵入してくる角度から見て、ぶつかるような事は無さそうなのだが。
エミーが慌てて出ていった事で、僕の方には何やら熱い視線がいくつも注がれた。みんなして、疑問符を浮かべた表情をしている。
何か弁明をしようとしたが、何と言っていいのかわからないし、面倒臭かったので、僕はエミーを追っていく事にした。
急ぎ足で部屋を出てくると、ちょうど甲板を走っているエミーの姿に、辛うじて出会う事ができた。
方向からして、操舵室だろう。
僕も小走りに操舵室へ向かった。甲板に出ると、問題の船が見えた。さっきよりも明らかに距離が近いが、衝突する事はあり得ないと改めて確認できた。
その船は、どうやら、僕等の乗る船の前に出るつもりらしい。
上空は、いつの間にか現れた雲によって、鼠色に変わっていた。女心となんとやら、だ。
操舵室の重たい扉を開くと、暖かな空気が隙間から流れ出してきた。僕は力を込めて、扉を十分に開いた。だが、そこにエミーの姿は無かった。
「あれ? 確かにこっちに来たのに」
部屋の中を見回し、その後、前面の広い窓に目を向けると、舳先でエミーが双眼鏡を目に当てて、近付きつつある船を観察していた。
ちょうど、船はスタルト艇の真正面に入ってきたところだった。
僕が操舵室を出ると、会議室にいたみんなが、こちらへやって来るところだった。
何だか大事になってきたような。そんな事を、僕は考えた。
僕の前にみんなは立ち止まった。
「エミーはどうしたの?」
メアリが聞いた。
「操舵室にはいない。舳先で前の船の事見てるみたいだ」
すると、みんな操舵室をぐるっと回って、舳先へ走っていった。
僕もその後を追う。
舳先で待っていたのは、こちらへ接舷しようとしているとしか思えない程の距離まで接近していた、船の後ろ姿だった。
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