表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第六章
PR
49/51

終わりへの加速

いらっしゃいませ。本日は、3602文字です。よろしければ、ぜひ、読んでいってください。


 その船は接舷してきた。

 ティムが梯子を降ろして、謎の船から乗組員を迎えた。

 梯子を登り船縁を越えて甲板に降り立ったのは、日に焼けた初老の男。鼻の下と顎に白髪混じりの髭が生えている。

 彼は山高帽を外し、整えられた白いの混ざった髪を晒して、一礼をした。


 僕は、その男性をもちろん知っていた。

 前にいて顔に浮かんだ表情はわからないが、エミーも驚いた様子で、足を一歩後ろに引いて、右手を口許に当てたようだった。

 僕は彼の名を口にしようとしたが、いち早く口を開いたのは、どうしてだか、ティムだった。


「ヨセフさん?」


僕とエミーは、ティムを穴が空く程の強い視線で見詰めた。

 すると、今度はマリアン、カイの順番で言った。


「違うよ」


「ジョルジュさんでしょ?」


ゆっくりと双子の顔を全員が交互に見遣る。

 僕の視線はやがて、メアリの方へと移る。彼女はそれを意識してか、咳を一つしてから、また別の名を口にした。


「ジャニスさんじゃないんですか?」


 タイスは数歩前に出て、何かを言おうと息を吸い込んだが、エミーに制されて、押し黙った。

 エミーはゆっくりと男性の方に向き直り、幽霊でも見ているかのように、恐る恐るといった風に、彼女の知る男の名前を呼んだ。


「ジョシュアさん。これはどういう事なんですか?」


 ジョシュアは仮面のように表情一つ変えず、どこを見ているのかわからない細い目を、こちらに向け続けていた。

 やがて、僕が感じていた不安のような思いがみんなに伝播したみたいに、互いに顔を見合わせて、小声で何やら呟き出した。

 しばらくすると、その場には沈黙と重苦しい空気が漂い、僕達の心を支配し始めた。

 長い間、そんな状態が続いていたような気がしたが、本当はそれ程でもないのかもしれない。


 ジョシュアは一歩前に出ると、口を開いた。


「みんな、大きくなったねぇ。随分久しぶりだ」


これで確定した事がある。

 彼は、いつの時点かはわからないが、僕以外のみんなと会った事があるらしい。しかも、名前を変えて。

 少しずつだが、前に立つ初老の男性を見るみんなの目が、厳しくなっていく。みんなの中に疑念が募り出したのだ。


 エミーは振り向いて、そんな全員の顔を一人一人じっくりと見た後、自身がジョシュアと呼ぶ男に詰め寄って、もう一度さっきと同じような事を言った。


「どういう訳なんですか? ジョシュアさん」


 彼は右手の山高帽を頭上に戻すと、両手を後ろに組んで答えた。


「どういう訳も何も、私と彼らは古い知り合いなんだよ」


 彼はそう言うと、それまでの穏やかな相好を一変させ、細い目を見開いて、鬼のような形相で僕を見た。


「君、以外はね!」


僕は思わず後ずさり、目を背けた。


「本当は、もっとこの状態を続けていたかったんだが……」


この状態?

 僕は背けていた目を、もう一度ジョシュアに向け、負けないように目に力を込めた。


「続けたかったこの状態というのは、エミーに贋作を描かせる事なのか?」


「贋作?」


そう聞き返したタイス及び、エミーを除いた十の瞳がこちらに向けられた。


「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。僕は描かせたりなんかはしていない。そこにいる彼女が勝手に描いてくれていたんだ」


「馬鹿野郎! エミーがそんな事を……!」


タイスはジョシュアに掴み掛かろうと、駆け出した。が、それをエミーはまたしても制した。


「何だよ、なんで止めるんだ!」


 エミーは首を横に振って、静かな声で答えた。


「事実だからよ」


タイスは力無く両腕を降ろした。


「そうなのか?」


 静かに頷く彼女。


 ポツリポツリと空から雫が落ちてきた。

 僕は、足音を立てないよう、穏やかな足取りでジョシュアの目の前までやって来ると、しっかりした口調で問い質した。


「どうして、あんたはここにいる彼らと知り合いなのか、それが知りたい」


ジョシュアは、「ふんっ」と、鼻で息を吐くと、返した。


「教えてやろうじゃないか」


 彼は意味も目的も無く、横に数歩足を進めて立ち止まった。


「ここにいるみんなを、この船に連れてきたのは、私だ」


「何の為に?」


ジョシュアは面倒だと言わんばかりの表情をして、大きく溜め息を吐いた。


「それはね、エミーに頑張ってもらう為だよ。食い扶持が増えれば、それだけ金が必要になるだろう?」


彼はそこまでで回答を切った。後は察しろという事らしい。

 僕は沸々と涌き上がる怒りを、精一杯押しとどめながらながら、尋ねた。


「名前がそれぞれ違っているのは?」


「僕は仕事の都合で幾つも名前がある。彼らと出会った時と場合によって、名前がたまたま違っていただけだよ」


 僕は黙って、目を閉じた。

 黙ったのは、これ以上口を開けば、相手を罵倒する言葉しか出てきそうになかったからだ。

 目を閉じたのは、これ以上彼の姿を視界に入れると、殴り掛かってしまいそうだったから。

 それ程までに、僕はジョシュアに対する怒りを覚えていたのだ。実際に、頭の中では、この初老の男に、何度も腕を振り上げていた。


「さあ、もういいだろう」


ジョシュアはそう言った。

 僕は目を開いた。彼は踵を返し、こちらに背を向けた。ゆっくりとした歩調で、歩き出す。

 船縁に片手を掛け、そのままの姿勢で彼は言った。


「エミー、後悔していないかい? 今、この状況を」


 僕のみならず、みんながエミーに目を向ける。

 彼女は凛とした表情を浮かべ、しっかりとした声で答えた。


「後悔は、していないわ」


聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、ジョシュアは、「そうか」と、呟いた。そこからは、何の感情も捉えられない。まさしく、荒涼とした口調だった。


 それから、彼は舷に自分の背中を預け、再びこちらに向き直ると、今度はみんなに聞こえるよう、はっきりとこう言った。


「家族ごっこは、終わりだ」


 ジョシュアの声が、その場に立ち尽くすみんなの耳に届いた頃、雨が急に強く降り出した。


 雨が甲板を叩く音と共に、ジョシュアのいる船縁の辺りに、梯子が二挺掛けられた。合計、三挺の梯子を登ってくる者達がいる。

 服装から、彼らが連合の職員だとわかった。


「てんめー、連合に通報しやがったのか!」


タイスが怒りを露わにした。


「そうさ。もう君たちに用は無いからね。しかし、これは善意だ。考えても見てごらん。後ろ盾を失った君達が、これ以上生きていく事ができるのかい? いっそ、このまま連合に保護された方が、より堅実だと思うけどね」


ジョシュアは、いけしゃあしゃあとそんな事を言った。


「みんなが一緒じゃなくちゃダメなの!」


メアリが訴えるも、ジョシュアはまるで聞こえていないように、無反応だった。

 その代わりに、連合職員がこちらに向かって走ってくる。


 みんなは、捕まるまいと、甲板をでたらめに逃げ出した。

 最初に狙われたのは、小さな双子姉弟だった。男二人掛かりで襲いかかり、先にマリアンが腕を掴まれた。


「お姉ちゃん!」


カイがマリアンの腕を掴んでいる職員に、勢いを付けてぶつかっていったが、体格に大きな差があり過ぎて、相手は少しも動かなかった。

 それでも彼は、マリアンを捕まえて離さない腕にしがみついた。そんなカイを、もう一人が後ろから羽交い締めにする。次の瞬間、悲鳴が上がった。


「いってー!」


カイが、マリアンを掴んでいた方の男の手の甲に、歯形を付けていた。

 男は、手を離し、彼女を自由にしてしまった。そして、もう一人の男も相方を助けようとして、カイを解き放った。


 雨は、依然として強く降り続いている。

 気が付けば、職員の数はさらに増えていた。もう、こちらの数を上回る程の人数だ。

 一方で、連合の男に追われていたメアリが、甲板に出来た水たまりで足を滑らせた。転倒すると共に、水飛沫が舞う。


「メアリー!」


 ティムは自分も追われている事を忘れ、倒れたメアリのもとに駆け寄った。二人は、三人の男達に押さえ込まれ、動けなくされてしまった。


 誰かが掴まってしまえば、諦めにも似た空気が漂い出し、士気が下がる。なし崩し的に、タイスが掴まり、カイ、マリアンも同じ道をたどった。

 まだ掴まっていないのは、僕とエミーだけ。けれども、それさえもう時間の問題だった。


 掴まった者達は、もう抵抗したり無闇矢鱈に暴れたりする事も無い。それだけ、ここには絶望感が溢れていたのだ。

 僕も、二人掛かりで両腕を掴まれ、身動きが取れない。

 胸中では、これで終わりだと諦める自分の存在が徐々に大きくなり、拳を強く握りしめる事さえ出来なかった。


 そんな中、エミーはたった一人、抵抗を続けた。そこに諦めの文字は微塵も見られなかった。

 大の大人に腕を掴まれても、振り解く力をまだ有していた。この場において、彼女の心だけは、まだ折れていなかった。


「くっそー!」


心の底から涌き上がってきた僕の叫びを、雨は音の渦の中で海底まで沈めてしまった。

 やがて、エミーも力尽き、膝から折れてうつ伏せに倒れてしまった。

 彼女だけは、後ろ手に腕を組まれ、手錠を掛けられてしまった。


 甲板上は静かになった。雨音は相変わらずだったが、それでも静かだった。

読んで頂き、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ