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創造のSILVER  作者: 雪野
Blue Days, Unfinished
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81/81

34.CORE SYSTEM REQUEST

外縁地区。

 

 灰色の空の下、建物の隙間を吹き抜ける冷たい風が、路地裏へ砂埃を運んでいく。崩れかけたコンクリートの壁際では、浮浪者たちが太い温水配管へ身を寄せ合い、わずかな熱を奪うようにうずくまっていた。

 

 その路地を、ダークグレーの戦闘服をまとった三人が歩いていく。

 

 ギルダ。

 リア。

 テオ。

 

 三人の鋭い雰囲気に気づいた浮浪者の一人が、おそるおそる顔を上げた。

 リアと目が合う。


「……」


 リアがじろりと睨み返す。

 浮浪者は肩をすくめ、慌てて視線を逸らした。


「ったく……」


 リアは鼻を鳴らし、そのまま歩き続ける。

 数分前まで三人は、この一帯で急速に広がり始めたデジタルドラッグの摘発を行っていた。


 違法プログラムを視覚・聴覚インターフェースへ直接流し込み、脳の報酬系を強制的に刺激する新型の薬物。依存性は極めて高く、近頃は外縁地区を中心に急速に蔓延していた。

 

 テオはインプラント通信を開き、耳元に手を添える。


「テオドールです。対象の制圧、およびデータの回収を完了しました。これより本部へ帰投します。……はい。負傷者なし。三名とも異常ありません」


 隣で大きく伸びをしたリアが顔をしかめた。


「デジタルドラッグとか、マジでやべーな。あんなもん考えつく奴、頭どうかしてるぜ」

「リアは絶対見ちゃダメ」

 ギルダが即座に返す。

「ハマって抜け出せなくなる」

「んなことねーし!」

 リアが抗議すると、ギルダは小さく肩をすくめた。

「……つ―か、ギルは大丈夫なの?」

「なにが?」

「いや、まともにデジタルドラッグ見ただろ」

「左目は閉じたから問題ない。義眼は有害な視覚情報がフィルタリングされるから、キマってないよ」

「それ便利だなー」

 リアは呆れたように笑う。


 その時だった。

 街灯が、一斉にふっと消えた。

 同時に、建物の壁面から響いていた空調の低い駆動音も途切れる。遠くに見える配電塔では、警告灯が赤く二度、三度と明滅した。


「……え?」


 リアが足を止め、振り返る。

 街全体が、ほんの一瞬だけ息を止めたようだった。路地を吹き抜けていた風の音さえ、妙に大きく聞こえる。


 ――そして、数秒もしないうちに。

 ぱっと街灯が点いた。


 空調が再起動し、配電塔の警告灯も何事もなかったように消える。

 街は、元の状態へ戻っていた。


「……瞬停か?」

 テオが眉を寄せる。

「この辺、電力系統弱いんじゃねえの?」

 リアはそう言ったものの、先ほどまでの軽い調子ではなかった。


 ギルダは答えず、右の義眼をわずかに細める。

 視界の端に、微細なノイズが走った。


 ――ザッ。


 一瞬だけ、見慣れない信号パターンが視界の奥を横切る。

 だが、表示されたのはほんの一瞬だけだった。


「……」


 ギルダは無意識に右目の周囲へ指を触れた。


「ギル?」

 テオが振り返る。

「どうした?」

「……今、義眼にノイズが入った」

「デジタルドラッグの残留信号じゃね?」

 リアが何気なく言う。

「さっきの連中が使ってたデータが残ってんじゃねえの?」

「……かも」

 ギルダはそう答えたものの、釈然としない。

「……まあ、いいや。帰る前にログだけ確認する」

 

 そう言って、ギルダが歩き出した。

 その直後だった。

 路地の奥から、突然、悲鳴が上がった。


「うわっ――!」

「熱っ……!」


 三人が同時に振り返る。

 温水配管の前にいた浮浪者の一人が、腕を押さえてうずくまっていた。太い配管の表面から、白い蒸気が噴き出している。


 ギルダはすぐさま右眼を起動した。

 視界が切り替わる。通常なら一定に保たれているはずの配管温度が、一箇所だけ異常な数値を示していた。温度分布を追うと、局所的な高温域が配管内部を移動するように広がっている。


「……配管の温度が上がってる!」

 ギルダが声を張った。

「全員、配管から離れて!」


 浮浪者たちが慌てて立ち上がる。

 だが、足の悪い老人が一人、配管の近くで動けずにいた。


「リア!」

「おう!」

 リアが駆け寄り、老人の腕を掴んで強引に安全な場所まで引きずる。

「ほら、こっち!」

「熱い……腕が……」

「あとで見てやるから、今は離れろ!」

 半ば抱えるようにして、老人を安全な場所まで引きずっていく。

 一方、テオは負傷者のもとへしゃがみ込んだ。

「火傷だ。それほどひどくない。冷却する」

 冷却パックを取り出し、赤くなった腕へ当てる。


 テオが処置を続ける間も、ギルダは配管から目を離さなかった。

 右眼の解析表示が次々と切り替わる。


 温度異常。

 流量異常。

 圧力――。


 異常な高温が、急速に下がっていく。

 同時に、配管へ送られていた制御信号が、唐突に途切れた。


「……システムが止まった」


 リアが振り返る。


「じゃあ、暖房も止まるってことか?」

「たぶん。外縁地区の環境管理系統が落ちてる」


 ギルダは右眼に流れる情報を追いながら、通信回線を開いた。接続先は、この区画を担当する環境管理局の地区管制系統だった。


「こちら、外縁地区第四ブロック。温水配管に異常発生。環境管理システムからの応答がありません」


 右眼の表示を確認する。


「配管温度が一時的に異常上昇。その後、制御信号が途絶しました。現在、温水の供給が停止していて、暖房系統が維持できていません」


 通信の向こうから、わずかな間を置いて応答が返ってくる。


『第四ブロック、了解。こちらで系統状態を確認します』

「復旧の見込みは?」

『確認中です。少々お待ちください』


 ギルダは通信を切らず、右眼の表示へ視線を戻した。

 

 この地区では、温水配管は単なる暖房設備ではない。厳しい冬を生き延びるための、文字どおりの生命線だ。長時間にわたって供給が途絶えれば、高齢者や子供から先に危険にさらされる。


「復旧まで、どれくらいかかる?」

 リアが訊いた。

「分からない。中央系統の応答待ち」

「マジかよ……まずくね?」

 

 リアが配管に視線を向ける。

 そのときだった。

 ギルダの視界の端に、見慣れない表示が浮かんだ。

 

 |CORE SYSTEM REQUEST《中枢システム要求》――

 TARGET:――


「……?」


 意味を理解するより先に、表示が消えた。

 瞬き一つ分の時間だった。


 同時に――


 配管内部へ、再び温水が流れ始める。停止していた周辺設備も、次々と再起動していく。温度がゆっくりと正常値へ戻っていく。


「こちら第四ブロック。設備が復旧しました」

 ギルダは配管を見つめながら報告を続ける。

「温水供給、再開。周辺の環境管理系統も正常値に復帰しています」


 通信の向こうで、担当者が戸惑ったように息を呑んだ。


『……え?』

「どうしました?」

『いえ……こちらでは、まだ何も……状況確認中で復旧作業は行っていません。』

「では、ログはどうなっていますか?」

 わずかな間。

『異常は認められません』

「……は?」

『第四ブロックの環境管理系統、現在は正常です。警告履歴もありません』


 ギルダの眉が寄った。


「いや……そんなはずはありません。現にこちらでは、温度異常と制御信号の途絶を確認しています」


『ですが、こちらの記録には――』

 通信の向こうで、端末を操作する音がした。

『……ありません』


 ギルダは黙って右眼の表示を呼び出した。

 先ほどまで記録されていたはずの異常ログを検索する。

 

 温度異常――なし。

 制御信号途絶――なし。

 システム停止――なし。

 

 どこを探しても、異常の痕跡は残っていなかった。


「……うそ」

「どうした、ギル?」


 リアが顔を寄せる。

 ギルダは答えず、もう一度ログを呼び出した。

 結果は同じだった。

 

 SYSTEM STATUS:NORMAL

 ERROR:NONE

 

 まるで――

 最初から、何も起きていなかったかのように。


「……ログが消えてる」


 ギルダは右眼の表示を見つめたまま、動かなかった。

 その横では、温水配管が何事もなかったように熱を取り戻している。先ほどまで身を寄せ合っていた浮浪者たちも、安堵したように再び配管へ近づいていく。


 外縁地区は、何事もなかったように日常へ戻っていた。


 ただ一人、ギルダだけが違っていた。

 右眼の奥に残った、ほんの一瞬の表示。消えたはずの文字が、脳裏に焼き付いて離れない。


 CORE SYSTEM REQUEST――

 TARGET:――

 

 あれは、一体。

 誰が――

 何を、求めたのか。



 ***



 ガラス越しに、レイが眠っていた。


 細いチューブが腕と首元に伸び、頭部には補助器具が固定されている。以前より、少し痩せて見えた。呼吸は安定している。だが、その一つひとつは浅く、どこか頼りない。

 

 カイルはその寝顔から静かに視線を外し、ヘッセンへ向き直った。


「意識を失った原因ですが、神経同調の一時的な乱れによるものです。処置後は安定しています。今のところ、サイバーニューロンとの同期にも問題はありません」


 カイルの声が、わずかに低くなる。


「ですが……レイは、もともと脳に基礎疾患があります。先天性の神経変性で、通常なら成長過程で致命的になるタイプです」


 淡々とした口調だったが、言葉は慎重だった。


「大脳と脳幹をつなぐ神経回路に異常があって、運動機能と自律機能の制御がうまく噛み合わない。それで、幼少期から歩行は困難でした」


 一拍置く。


「サイバーニューロンの手術は、身体を置き換えるためのものじゃありません。脳内の信号処理を補助して、残っている神経機能を“破綻しない形で使えるようにする”ためのものです」


 ヘッセンは腕を組み黙って聞いている。


「結果的に、それが病変部の代償回路として機能した。……だから、これまで生存できていた。でも、それは治療ではありません。病気そのものは、進行を止めていない」


 ガラス越しに、レイを見る。


「最近は、神経活動の同期が崩れ始めています。サイバーニューロンが補正しきれなくなってきている」


 声が、わずかに低くなる。


「このまま任務を続ければ、精神的・神経的な負荷で進行は確実に早まります。任務から外せば……進行を遅らせることはできるかもしれません……ただし」


 カイルは目を伏せた。


「それほど、残された時間は長くありません。条件が良くても……数年、という単位です……医師として、残された時間を穏やかに保つのが、今の僕の限界です」


 沈黙が落ちる。

 レイの眠る顔は、穏やかだった。


「……把握した」


 ヘッセンはそれだけ言った。

 否定も、質問も、感情もない。

 だが、逃げてはいなかった。


 ――そのとき。


 レイのまぶたが震え、ゆっくりと開く。


「……レイ?」


 カイルが気づき、マイクのスイッチを入れる。


「レイ、起きた?調子はどう?」


 レイはしばらく天井を見つめ、それからかすかに笑った。


「……悪くないよ」

「そう? よかった」


 レイの瞳がこちらへ向く。

 その視線がヘッセンを捉えた瞬間、彼女の表情がわずかに変わる。


「大佐と……少し、話がしたい」


 カイルは息を呑み、ヘッセンを見る。

 そして、マイクをオフにした。


 ヘッセンは無言で頷き、病室へ向かう。

 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


 カイルはガラス越しに二人を見つめる。

 レイが何を話しているのかはわからない。


 だが――

 レイが“覚悟”を語っているのだと、直感だけは確かだった。



【更新日変更のお知らせ】

いつも応援ありがとうございます!

お盆明けからの生活環境の変化に伴い、今後の更新日を以下の通り変更させていただきます。


更新頻度: 週2回(火曜日・土曜日)

更新時間: 19:20頃


第二部もクライマックスに差し掛かっております。

物語をきちんと完結までお届けしますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです!

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