28.創るということ
監査執行局へ配属されて数日。
テオの机の周囲には、いつの間にか人だかりができるようになっていた。
「テオドール君……少し頼めるかな」
一人の局員が、おずおずとホログラムを展開する。
「取締部から送られてきた現場ログなんだけど……重複データと破損ログが混ざってしまって、検索がまったく通らなくてね」
テオは黙って端末を受け取る。
指先がホログラムキーボードの上を滑る。
現場映像、音声記録、生体ログ、位置情報、通信履歴――膨大なデータが一瞬で展開され、目にも留まらぬ速度で分類されていく。
重複データを統合。
破損したログを復元可能な範囲で補完。
時系列を自動補正し、検索タグを再構築。
さらに容量を十分の一以下まで圧縮しながら、必要な情報だけは損なわず残していく。
わずか数十秒。
「……終わりました」
局員は、おそるおそる検索を実行する。
目的の記録が、一瞬で表示された。
「あ……出た」
周囲がどよめく。
「検索速度が十倍以上になってる……」
「容量まで減ってるぞ……」
「半日かかると思ってた仕事が……」
局員はその場でテオの両手を握った。
「か……神様だ……!」
「は?いえ……大したことは」
「助かった……これで今日は帰れる……!」
その声に周囲からも次々と端末が差し出される。
「テオドール君!こっちも頼める!?」
「この証拠データ、索引が壊れてるんだ!」
「通信ログの照合作業だけでもお願い!」
「あ……はい」
その様子を少し離れた場所から見ていたギルダが、呆れたように肩をすくめる。
「……配属三日で監査執行局のインフラになってるじゃん」
すると別の職員が、今度はリアを見つけて声を掛けた。
「リア君、悪い。この資料、第三審問課まで届けてもらえる?」
「はい!了解です!」
リアは資料を抱えると、軽い足取りで廊下へ駆けていく。
***
五分後。
「届けてきました!」
そう報告したかと思えば、悪びれもせず続ける。
「あ、途中で第二審問課のプリンタが紙詰まりしてたんで直しときました!あと、復元局へ回す書類も預かってきました!」
「……え?」
「それと審問室の受付で余ってたお菓子もらいました!」
ポケットから個包装のキャンディを取り出して見せる。
周囲の局員が思わず笑った。
「リア君、もう受付の人と仲良くなったの?」
「はい! 名前も覚えてもらいました!」
「早いな……」
誰かが呆れたように笑う。
廊下ですれ違う職員に「リア君」と呼び止められ、書類を預かり、荷物を運び、困っている人を見つければ気軽に手を貸す。
その人懐っこさと行動力のおかげで、いつの間にか監査執行局中に顔が知れ渡っていた。
***
復元局。
カイルの研究室を兼ねた医務室には、工具の触れ合う小さな音だけが響いていた。
診察ベッドでは、ギルダが天井を眺めながら横になっている。
その傍らでは、カイルが白い筐体の小型ロボットを組み立てていた。胸部装甲を外したまま、露出した配線を一本ずつ繋ぎ直していく。精密ドライバーを持つ手は迷いがない。
沈黙を破ったのは、ギルダだった。
「……リアは、意外と馴染んでる。誰とでも普通に話すし、気づけば局中に知り合いを作ってる。テオは……データ整理がすごすぎて、『神様が来た』って向こうで拝まれてる」
そこで言葉が途切れる。
次の一言だけ、少し声が小さくなった。
「私は……役に立ててるのか、よく分かんない」
カイルの手が止まる。
ロボットの胸部ユニットに伸ばしていた指先が、配線の上で静かに止まった。それから何事もなかったように作業を再開し、穏やかな声で返す。
「――で、今は医務室が定位置ってわけ?」
「うん」
ギルダは少しだけ困った顔を向ける。
「オーウェン大佐に今は休めって言われちゃった……でも、休むって何したらいいの?」
カイル小さく息をついて肩をすくめた。
「はあ……困ったところまで、ヘッセン大佐に似ちゃったね」
「……あの人の名前、出さないで」
「はいはい」
カイルは苦笑しながら、再びロボットの胸部配線へ視線を落とす。しばらく工具の小さな音だけが部屋に響いた。
やがて、ギルダがぽつりと尋ねる。
「……カイルはどう? 復元局、慣れた?」
「うーん、思ったより個人主義だったかな。研究室も一つもらえたし、自分の好きなテーマを、自分のペースで進められる」
少し言葉を選びながら続ける。
「僕にできるのは、治療の範囲内での改修だけだけどね。義体治療の最適化とか、痛みを軽減するための調整とか……そういう研究をしてる。そのうち論文も出すつもり」
ギルダは少しだけ身を起こし、カイルの手元へ視線を向けた。白い筐体のロボットは、まだ外装の一部が外されたまま、胸部の配線が露出している。
「それ、何を作ってるの?」
カイルはロボットを軽く叩いた。
「研究やデータ整理を手伝ってくれる支援ユニット。筐体はだいぶ形になったんだけど……肝心の中身をどうするかで悩んでる」
「なんで? カイルなら、高性能な機能をいっぱい付けられるでしょ?」
その問いに、カイルは少し困ったように笑った。
「"創る"って、そういうことじゃないの」
「……?」
「性能や効率はもちろん大事。でも、それより先に考えたいことがある」
工具を置き、白い筐体をそっと見つめる。
「この世界に生まれるってことは、誰かと関わるってことだから。この子が誰と関わって、関わった人たちがどうなってほしいのか。そういう"願い"が先にあるべきなんだ」
「願い…?」
ギルダはその言葉を繰り返す。
意味を理解しようと考える。
だが、頭の中で言葉は形を変えるばかりで、本質までは届かない。
「うん。どれだけ優秀でも、何のために存在するのか分からないものは、僕にとっては未完成なんだ」
カイルは笑って、再び配線へ向き直った。
ギルダは黙ってその様子を眺める。
迷いなく動く指先。
部品一つひとつを確かめるような、どこか優しい手つき。
昔から、この時間が好きだった。
カイルが何かを創っている姿を眺めていると、不思議と心が静かになる。しばらくして、ギルダがぽつりと口を開く。
「……私、何か手伝えることない?」
カイルは手を止めることなく、小さくため息をついた。
「休めって言われたんでしょ」
ギルダは何か言い返しかけて、諦めたように力を抜いた。
そのまま、ベッドにごろんと転がる。
「……とりあえず生き延びてくださいって、言われた」
「オーウェン大佐は……悪い人じゃないと思うよ」
「……分かってる」
納得したわけでも、吹っ切れたわけでもない。
ただ、その言葉を受け止めるには、まだ少し時間が必要だった。




