第27話:魔道具店主の不安と、ユニコリザード
お買い物の締めくくり。
バランおじ様が丁寧に包んでくれた『浄化の香油』を受け取ろうとした、その時だった。
いつもなら「大事に使えよ」と余計な一言を付け加えるはずの彼が、ふと口を噤んだ。
店内の古い木製カウンターには、ランプの火が微かにまたたき、乾燥した薬草と金属の匂いがしっとりと沈んでいる。
おじ様はカウンターの奥で、何かを耐えるような、ひどく苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
(おじ様、なんだか今日は一段とお顔が怖い。……いえ、なにか悩み事かしら)
「バランおじ様? なんだか元気がないみたい。……新しい道具、どこか不具合でもあったんですか?」
私が尋ねると、バランおじ様は深く、深い溜息を吐き出した。
「……いや、道具のせいじゃねぇ。先日、前線から戻った騎士がここへ来た。血の匂いをプンプンさせてな。予備の『蜥蜴手綱』を、在庫がある分だけ全部買っていきやがったよ」
「ユニコリザードの手綱を……? ありったけ?」
手綱を一度に大量に新調するなど、普通では考えられないことだ。
モップが不穏な空気を感じ取ったのか、伏せていた体を起こし、低く喉を鳴らした。
「そいつが言うには……国境付近でユニコリザード共が急に暴れだしたらしい。手綱を振り切り、あろうことか味方を踏み潰したんだと。公式には伏せられているが、現場は地獄だったそうだぜ」
おじ様の声は低く、どこか震えていた。
彼はカウンターの下から、布に包まれた「何か」を取り出した。
「見てみろ。これが、その時に壊れた手綱と一緒に持ち込まれたもんだ」
布が広げられた瞬間、私の鼻先をひどく不快な「汚れ」の匂いが掠めた。
そこにあったのは、無惨に砕けた、黒ずんだ角の破片。
本来、健康なユニコリザードの角は鋼のように硬く、滑らかな乳白色の輝きを放っているはずだ。
けれど、目の前のそれは内側がスカスカのスポンジのようになっていて、どす黒い沈殿物がこびりついていた。
「ツノトカゲの角は幻獣の理性の象徴だ。それが折れるってことは、あいつらはただの野生に戻っちまう。……暴走だ。前線だけで済めばいいが、この街中でそんなことが起きれば、取り返しのつかないことになる」
「……騎士様たちがそんなに怪我を……。でも不自然だわ。あの子たちの角は、そんなに簡単に折れるものではないもの」
私はその破片に指を添えた。
ひんやりとした死の感触。
そして、その角に開けられた「横穴」の周辺を見て、私は息を呑んだ。
「おじ様……この穴。手綱を通すための、この穴の……なんか……変」
指先に残る不気味な感触が、私の記憶を鮮やかに呼び覚ます。
施設で『鱗磨き』をした時の違和感。
バラバラだった点と点が、今、一本の汚れた糸で繋がっていくのを感じた。
それは流行病でも、単なる不運な事故でもない。
誰かが意図したか、あるいは無知ゆえに犯してしまった「致命的な間違い」の結果。
「……思い出した。私、あの子に触れた時、角の横穴の大きさに違和感を感じたの」
喉の奥がキュッと熱くなる。
「おじ様。この角の破片、私に預けていただけますか? ……あの子たちの角を折っている正体、私が必ず見つけ出してみせます」
夜のしじまが、窓の外から音もなく店内に忍び寄ってくる。
私はモップの銀色の毛並みにそっと触れ、暗い闇の向こう側を見据えた。




