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黒猫と戦国のお姫さま  作者: 市川甲斐
4 月と猫
29/55

(1)

 伊織……伊織くん――。


 誰かに呼ばれているような気がする。伊織がゆっくりと目を開けると、窓から差し込んでいる日の光が入ってきた。


(あれ……?)


 重い頭を上げて、窓の方の様子を見る。そこは高校の自分の教室だった。


「伊織くん――」


 声が聞こえた方を振り向く。思わず目を見張った。


「山本さん……」


 そこには制服を着た山本真穂が隣に立っていた。慌てて席を立つと、その勢いで座っていた椅子がガタンと倒れる。慌ててそれを起こして、再び彼女の方前に立つと、彼女はじっとこちらの方を真面目な顔で見つめていた。


「ど、どうしたの?」


「あのね……あの時の答えなんだけど」


 あの時、と言われてドキッとした。


「……ごめんなさい!」


 えっ、と思わず声が出てしまった。頭を下げた彼女の姿と、「ごめんなさい」という言葉の意味がすぐに理解できずにいると、彼女は頭を上げてこちらを見た。


「私、実は付き合っている人がいるの」


「えっ……そ、そうなの?」


 うん、と彼女が頷く。


「だから、本当に……ごめんなさい」


「い、いや……こっちこそ……」


 返す言葉が無くなり、そこで俯いてしまった。すると彼女は「じゃあね」と言って振り返って教室を出て行く。するとそこに、一人の男が立っていた。


「行こう、高野くん」


 彼女が優しく声を掛ける。


「えっ……ちょっと、高野……」


 思わず声を掛けるが、高野はこちらの方をチラッと見ただけで、すぐに彼女と歩いて行ってしまった。


「待って! 嘘だろ!」


 必死にそう叫んで追いかける。そして、高野の手を引いた。


「ちょっと、待てよ」


 そう言った瞬間、突然パンという音がした。


「馬鹿じゃねえの。現実見ろよ」


 高野に叩かれた頬を押さえながら、その言葉が胸に突き刺さる。そこに倒れ込むように膝をつくと、辺りが急激に真っ暗になってしまった。



 ******



 頬を再び誰かに叩かれているような気がした。


「や……止めてくれ!」


 思わず叫んで、そこに飛び起きた。


(あれ? ここは……)


 周りを見回すと、そこは6畳ほどの和室の畳の上だった。障子の外から日差しが入っているようで、白い障子紙が眩しい。反対側を見ると、畳の上に刀のようなものが置いてある。


『おい! そなた、何者じゃ』


 突然、声が聞こえた。慌ててもう一度周りを見回す。すると、振り返った右後ろの辺りにサビ色の猫が1匹座ってこちらを見上げていた。


『そなたじゃ!』


 ハッキリと目の前のその猫から声が聞こえた。思わずヒイっと悲鳴を上げて、座ったままその猫から後ずさりした。


(あれ……?)


 どこかに違和感があり、自分の足元を見つめる。するとそこには藍色のような袴を履いた自分の姿があった。


「えっ! なっ、何? どうして……」


 慌てて自分の姿を見下ろすと、上半身も、弓道部の時には着たことがないような緑色の薄手の着物を着ている。すると、サビ猫がピョンと飛び跳ねて、伊織のお腹の辺りに乗った。


『そなた、何者じゃ。これは一体、どうしたというのじゃ。このような怪しげな術を使うとは、織田の忍びの者か』


「お……織田? いや、僕は伊織。内藤伊織なんだけど」


『内藤だと? 知らぬ名だな。……いや、そんな事はどうでも良い。とにかく、どうしてそなたがそれがしの姿をしておるのじゃ』


「それがし? ……あの、君は誰なの?」


『某は甘利家の嫡男、虎政なるぞ』


 トラマサ、とその名を口に出してみる。どこかで聞いたことがある名前だ。そして、ハッと気づいた。


「もしかして、梓姫の身を守っている人?」


『梓姫とは……そなた、まさか姫をどうにかするつもりか!』


 そう言うと、サビ猫は顔の方に飛び掛かってきた。


「ま、待って……違うから」


 必死にその猫の体を手で抱き上げて離すが、まだ足をバタバタさせている。


「だから、ちょっと聞いてよ! 僕は敵じゃない。さっきまで梓姫と一緒にいたんだって」


 するとサビ猫はようやく動きを止めた。


『どういうことじゃ』


「その前に……ここはどこ?」


『決まっておろう。我が甘利の館じゃ』



 ******



 伊織は、梓姫と出会ってからの事を、そのサビ猫の姿をした甘利虎政に必死に説明した。しかし、なにせ不可解な事ばかりだ。サビ猫はほとんど言うことを信じてくれない。ただ、「歩き巫女」のことと、「梓姫が黒い石を持っていた」という事を告げると、ようやく彼はハッとしたように黙ってしまった。


『そなた……その石を見たのか?』


「うん。よく分からないんだけど、梓姫が持っている石を片手で握って、僕がもう一方の手を握ったら、急に眩しくなって何も見えなくなって……」


『何っ! そなた、姫様のお手を……』


 サビ猫が再び飛び掛かろうとしたので、慌てて「握ってないかも」と訂正した。すると、サビ猫はしばらくじっと黙ってから、大きくため息をついた。


『そなたの話は全くせぬ話ではあるが、とにかくそなたが某の姿になり、某が猫の姿になっていることは確かじゃ。一体、どうすれば良いのじゃ』


「とりあえず、姫のところに行ってみない? 僕が人間……いやたぶん君の姿なんだろうけど、人間になってることは確かだから、梓姫も普通に戻っているかもしれない」


『ううむ、そうじゃな。確かに、姫様に確認してみるのが良さそうじゃ』


 サビ猫はそう言って頷いた。

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