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夢見の警視

 親愛なる我が秘書よ、誕生日おめでとう。


 すまんが、おまえが王宮へ出かける前に、ちょっと聞きたいことがある。

 あの獣の話をしてくれないか? 

 最近どうにもいやな夢を見て、それが以前、おまえからちらと聞いた、あの獣のこととそっくりだと思ってな。

 どうか教えてくれ。

 ほら、部屋の四隅に潜む黒い獣の話だ。

 夢を見るたび、四つの影のような獣が近づいてくるという。

 いつだったか、侯爵家の晩餐会で、そんな夢を見た人の話をしていただろう?

 あれは予知夢で、つまり‥…

 


 ふむ、そうか。

 やはり何も手を打たねば、一週間もしないうちに、冥府の門をくぐらなければならなくなるのだな。

 一日に数歩ずつ、獣は四隅から近づいてきて、ついにはすぐ目前まで来る。

 四方を囲まれ、その場に立ち尽くしたまま、引き裂かれる。狙われた者は動けない。部屋の中央で彫像のように固まったまま、指一本動かせない……



 そうか呪いの一種なのか。

 では、私に黒い獣を送っている奴がいる、というわけか。

 正確には、犯人は、夢の中に死の獣を送ることのできる、夢使いを雇ったのだな。

 たしかに私は大金持ちの商人で、いなくなってほしいと内心思っとる商売敵はわんさかいるだろうし、私の遺産をねらう親族も呆れるほどいる。

 とくに甥たちは浅ましい。取り入ろうとする奴ばかりだ。

 私自身に、認知された子どもがいないからな。

 しかし今のままだと、容疑者を絞っている間にやられてしまうな。

 ああでも、おまえは話してくれただろう?

 死の獣に狙われたが、生き延びた者もいると。

 教えてくれ。

 四隅に獣がいる部屋から逃げ出すには、どうしたらいいんだね?

 窓も扉もない、あの不気味で殺風景な部屋から、いったいどうやったら、外に出ることができるのかね。

 え?

 なんだって?

 もう、外に出ているだって?



 ……待ってくれ、何を言っているんだね。

 私はむろん、昼間は商館に行き、日が沈めば貴族の晩餐会や舞踏会に呼ばれて、せわしなく物を売っている。馬車に乗って王都中をあちこち飛び回っているよ。

 だがこの数日、夜になって眠りに落ちるとあの、獣がいる部屋に閉じこめられて、微動だにできないんだ。はっと気づけば、昨晩よりも獣が数歩、こちらに近づいている。そんなぞっとする状況の中にいるんだ。

 あの部屋には、隠し扉とか、見えない隙間とか、あるんじゃなかったかね。おまえが教えてくれた生存者はどうやって……

 えっ?

 もう遅い? 

 いや、まだ大丈夫だろう?

 獣は部屋のすみから私のところまで、ちょうど半分きたか、というところだ。目の前にくるまで、あと数日はかかる。

 このまま、犯人がわかって夢使いを取り押さえるまで眠らなければ食い止められるかもしれんが、何日も寝ないでいるのは不可能だ。

 なあ頼む。教えてくれ。おまえが知る人は、どうやって生き延びたのかね。



 ふむ。ふむ。そうか。外から助けが。

 外からしか開かない隠し扉を、偶然、同じ夢を見た者が開けたというのか。

 つまりだれかに同じ夢を見てもらい、助けてもらわなければいけないのか。

 わかった。

 では私も、夢使いを探して雇おう。

 私の夢に、救世主を呼ぶために。

 救世主はむろん、おまえだ。

 当然だろう? おまえは我が忠実なる秘書にして私の‥…

 


 いや、引き止めて悪かった。忙しいのにすまん。

 さあ、王宮へ行って、用を足して来い。

 帰ってきたら、おまえの誕生日を祝おう。はは、贈り物はもう、用意してある。

 ほら、ここにな。

 さあ行け。

 国王陛下にお悔やみを。



********************************



「見えるか? そこに」


 俺は憂鬱なオーラ全開で黒マントの襟を正し、商館の中に共に入った捜査官に聞いた。


「はい。うろうろしております、警視閣下」


 宝石の首飾りが入ったギヤマンのケースを、じっと眺めるふりをしながら、目の細い捜査官が冷静な声で答える。


「着ている服装、身につけている装飾品などから、かなりの身分の方と思われますが。完全に、アレです」


 俺はポマードで苦労して固めた頭をなでつけながら囁いた。


「ロッド・ラ・ドーシュ。ドーシュ商会の前会長だな。三年前に隠居し、国外のサナトリウムで静養する予定だったが、そこへ赴く直前に倒れて死亡した、らしい」

「で、まだ、成仏してないと」

「うん。国王陛下にお悔やみをと言われた。夢枕に立たれてな。ホトケさん、まだ自分は死んでないと思い込んでる。毎晩、舞踏会だのに行ってるそうだ」

「まあ、よくある話ですね。うちにも一体そんなのが住んでますよ」

「だよな。わりとごろごろいるわ、そういうの。って、おま、一緒に住んでるのか?」

「はい。祖母が居座っておりまして。枕元でおとぎ話などしてくれます。私のことは、まだ幼児だと思っているようですね」

「そうか。孫ってほんと、かわいいもんらしいからな。まあともかく、捜査に集中しよう」

「はい」

「犯人は十中八九、現会長で間違いない。前会長の遺産を総どりして、跡を継いだ奴だ……」





 手のひらに包み込んだ黄金のメダル。こいつが元凶だ。

 売春宿でヤク売ってたのを見逃す代わりに、女主人から金目のものをふんだくったら、オカルトな夢をみる羽目になった。

 ひょうたんから駒ならぬ、売春婦から殺人事件だ。

 ドーシュ商会現会長、モッド・オーランジュ。

 彼は混血娘から生まれた苦学生だったが、商会に就職するなりめきめき頭角を現し、前会長の秘書となった。

 表向きは単に能力だけで立身出世しただけのように見えるが、メダルの夢を見た俺は、真実を知っている。

 モッドは前会長の、実の孫だ。

 母親は認知されずに、不幸な死に方をしたらしい。

 互いに血のつながりがあることを知ってた祖父と孫は、ながらく秘密の関係を保持してた。

 じいさんは孫のことを可愛いと今も思ってるようだが、孫の方は違ったようだ。

 モッドは今から三年前、二十五になった誕生日にじいさんからもらった黄金のメダルを、お気に入りの娼館の主人にくれてやった。

 それが数日前、俺がふんだくったもんだ。

 M・Oじゃなく、M・Dってイニシャル入りで、二月三十二日っていう日付と、ドーシュ商会の、五つの月の紋章が入ってる。

 じいさんはうすうす感づいてて、モッドの誕生日に色々聞いたんだろう。

 あの、すがるような顔。今までのことを洗いざらい全部詫びるような、切なげな……

 だが、モッドの方は何を今さらって感じだったようだ。

 奴はじいさんを許さず、夢使いによる暗殺を中止しなかった。おそらく遺言状を偽造して遺産を総取りし、跡を継いでるってわけだ。

 そう、二月三十二日。

 俺がメダルを手に入れた日に、国王陛下の葬儀が行われた。

 そしてこの日こそは、モッドの誕生日だった。

 だからあんなにくっきり、じいさんの記憶が夢に出てきたんだろうな。

 今起きてることと混同してて、あ、認知症入ってんなって感じだったけど。

 あーあ、値打ちもんだって喜んで、握りしめて寝るんじゃなかったぜ。

 これ、どうやって立件するかね。いや……


「まずは、じいさんを成仏させないといけないか」

「いえ、被害者がまだこの世に残ってるなら、被害者自身に証言してもらいましょう」


 この捜査官、ほんと鉄面皮だな。貌がいかついせいで、言ってることはオカルトなのに、真面目な案件に聞こえる。


「それって法的にあり? どうやんの」

「公認の霊媒師に取りついてもらって、霊媒師の口から喋ってもらうという」

「なるほど降霊術か。って、公認霊媒師ぃ? なんだそら」

「黒の導師を、召還するんです。北の果ての、岩窟の寺院から。大陸法には、導師の降霊は、刑事事件の証拠たりうるという条文がありまして」

――「それだ!」


 ショーケースの向こうから声があがった。

 銀縁取りのマントを羽織った赤毛の男がまじまじと、俺たちを見つめている。

 ちょっと待て、こいついつからここにいた? 俺たちのひそひそ声を聞かれるとか、なんという失態――


「お仕事の邪魔をしてすみません、王都警視庁・警視閣下。ここにはただの客としてきたのですが、まさか啓示を得られるとは」


 赤毛の男はにこにこと手を差し出し、俺の手をさっと取った。


「ありがとう。これできっと、調査が進展します」


 ぽかんとする俺たちを尻目に、赤毛の男は颯爽と商館から出て行った。

 俺たちはしばらく、人が通った反動でゆらゆら揺れる出入り口を見つめていた。

 まるで、幽霊でも見たかのように。



――夢見の警視・了――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半部分の夢から出られない前会長のお話がすごい好き……。 本人だけは気づかないっていいですよな。
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