希望と義務と
その日は恥を忍んでドーターさんの所で寝かせて貰えないか頼みにいった。
直接会って頼んだのはケイさんである。
貴人に会うのはなかなかに難しいし、わざわざ会うほどの内容でもなかった。
「ケイさん。仕事は決まったのですが、寝るところがないのです。どうか先程と同じ場所で構わないので貸して頂けませんか?」
ケイさんは困ったように頭を掻いた。
「そうしてやりたいところだが、俺の一存で決める分けにはいかないだろうから、戦士長に聞いてこよう」
ケイさんはそういって宿の中へと入っていった。
僕たちはぼけっと宿の前で待つ。
辺りの人も家路についたのかまばらになってきていた。
日本と同じならば今頃酒場は仕事を終えた者たちがお疲れさまとばかりに飲んだくれているのだろう。「大丈夫だよ早苗ちゃんきっと大丈夫」
早苗ちゃんに微笑みながらそう言ってから、洋一の方をそっと見た。
「ケイさん私たちの事泊めてもらえるかって聞きに行ってくれたけれど、大丈夫かな。私たち何にも持っていないし、これから今日受けた御恩さえお返しできるか分からないのに」
早苗ちゃんは不安そうに言った。
僕ら男二人だけならば最悪野外でも構わなかった。
もしかしたら、殺されるかもしれないけれどそれだけだ。でも、女の子である早苗ちゃんは違う。
何としても彼女だけは安全なところに居てほしかった。
だからできればあんなに市街地から離れた馬車の中ではなく、宿に泊まらせてあげたかったのだけれど、お金がない僕たちが泊まれるはずもなかった。
本来ならば彼が今の言葉をいうところであった。
彼の顔には表情がなかった。
なにも浮かんでいなかった。
僕はゆっくり頭を振った。
「きっと大丈夫だよ。お天道様が見守ってくださっている。何とかなるさ。仕事も見つけたしね。ね、洋一さん」
努めて明るい口調で言った。
そのとき、白昼夢から目覚めたかのようにハッと覚醒した洋一はそうだと言わんばかりに胸をそらして、堂々と頷いた。
「そうとも。早苗ちゃん。この俺がいる限り大丈夫さ。余裕のよっちゃんだ」
そういって、大きな声で笑った。一生懸命笑った。
その時、ケイさんが出てきた。
笑っていた。優しい笑顔だ。
「いいってさ。それとしばらく俺たち、というかドーター様が滞在される予定だからそれまでは使ってよいとのことだ。よかったな。それと、気を付けろよ。この都市は他の所と比べれば治安はいいけれど、それでも荒くれ者どもはたくさんいるからな」
ケイさんは笑って僕の肩を叩いてからズボンのポケットからコインを5枚ほど出してくれた。
「少なくて済まないが、これで夕食をとってくれ。パンくらいは食べられるはずさ」
頭を下げてそれを手のひらで受け取る。
「ありがとうございます。ケイさん。なんとお礼を申せばよいものか」
ケイさんは笑って手を振った。そして悲しそうに視線をしたに落とした。
「気にしないでくれ。君たちを攫ったならず者共は何処の国の者かは分からないけれど、それを取り締まれなかった我々騎士や官憲にも責任の一端がある。帰ることができるように俺のできる範囲で力を貸そう」
僕らはケイさんに再度お礼を言ってその場を辞した。
馬車を留めてある広場まで三人で歩く。三人共に共通しているのは暗い表情と重い足取り。
ずっとどうやって生きていこうかなどと咄嗟に考えていたから今の状況から目をそらしていられたけれど、もう飯を食べて寝るだけという段になって僕たちはようやく置かれた現状の酷さを思い知った。
不安ばかりが胸に去来して、不安で仕方がなかった。
温かいお風呂やコーヒー、父母にも会えないのだろうかと郷愁の念が膨れ上がる。
誰か今の状況がドッキリだったのだと言ってくれないものかと思う。
「ねえ。私たち帰ることが出来るのかな・・・」
早苗ちゃんはぽつりと呟いた後に罰の悪い顔をした。
おそらく、帰ることはかなわないだろうという、諦観が僕らの中に少なからずあったから。そしてそれを直視しないように皆避けていた話題だったから。
「大丈夫だよ。帰るさ、僕らは」
僕は努めて、明るくいった。
皆不安なのだ。そして、僕は男だ。
男なら無理をしてでも堂々としなきゃいけないのだ。
「ああ、太郎の言う通り。僕らはかえる。ぜったいだ」
洋一はにっこり笑った。
無理な笑顔でもなく、思いつめた顔でもない。でもそこにはきっと覚悟があるのだろう。そういう男だということを僕は知っている。
意地悪で、嫌な奴だけれど、男として仲間としては尊敬に値する男だと子供のころから知っている。
「何か食べようよ」
そう早苗ちゃんが言った。
少し顔には落ち着きと元気が戻った。
僕と洋一は頷いた。お腹はとっくの昔に減っていた。
すぐ近くでパン屋が屋台のような形で売っていたので一斤買った。
明日の分も考えてみんなで分け合う形にして少しお金は残した。
大凡、半分の硬貨を渡した。どれだけの価値がある硬貨なのか分からず、適当に3枚渡した。二マルクと三べスと言われたので適当に推理した結果であった。
お釣りで先ほど渡した硬貨より一回り小さな硬貨を受け取ってポケットに突っこんでから僕らはまた歩き始めた。
「太郎は明日から仕事なのよね。気を付けてよ。私、心配よ。だって護衛何でしょう?ということは襲われるかもしれないってことじゃない」
僕は早苗ちゃんの目を見てゆっくり頷いた。
「気をつけるよ。早苗ちゃんは安心していてよ。僕が無茶をするはずないじゃないか」
早苗ちゃんはなおも心配そうな顔をしていたけれど、僕にとってみれば、その事が明日の不安よりも嬉しくまたその感情を抱くことに申し訳なく思った。
洋一は頭を掻いて、気まずそうに口を開いた。
「ごめんな、太郎。お前にすべて押し付けてしまって。俺が付いていければいいのだけれど。明日俺、また斡旋所行って仕事探すよ」
僕は気にしなくていいよと洋一に言った。
寝床に着いた。僕らはパンを分け合った。
適当にちぎって食べたけれど普段食べているパンよりもずっと固くて、食べ辛かったが能々咀嚼し流し込んだ。
食べ終わったらさっさと横になった。早苗ちゃんは僕らと少し距離をとった。
皆なにも言わなかった。口を開けばこれからの不安しか出てこないと思ったから。
朝が来た。僕は急いで外に飛び出た。
足早に斡旋所へ向かう。道中にあった公園の噴水の水で顔を洗った。
誰も動いていない、そんな時間。早朝の二回目の鐘が鳴る前に集合と聞かされていたため、僕は最初の鐘の音で跳び起きたのだ。
冷たい朝の空気を切り裂き進む。一体、どんな人が僕の雇い主なのか、そんなことわからない。
だから、怖い。緊張が解けることなどなかった。出来得ることなら、二人と一緒に今日一日を過ごしたかった。
しかし、そんなこと、許されるはずもない。
僕は働いて、みんなを守る義務がある。




