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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
王の帰還
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閑話◇剣を取る者

【個体名】リィリィ・オルレーア

【種族】人間

【レベル】56

【職業】冒険者

【保有スキル】《剣技C+》《心眼》《三段切り》《天賦の才》《騎士の誓い》《カウンター》《音響足》

【加護】剣神・炎神

【属性】火

【状態異常】《敗北の傷跡》 アルテーシアの呪いにより、《天賦の才》《心眼》封印。戦意40%減少。



「お願いします!」

 レシアの前でリィリィは、土下座をして頭を下げていた。

「リィリィさん!?」

 冒険者という危険な職業に、女だてらについている彼女のプライドは非常に高い。

 レシアもそれを承知しているからこそ、リィリィの行動に眼を丸くした。

「なにがなんだかわかりません。とりあえず事情を話して下さい」

 やっと頭を上げたリィリィは、口を開いた。

「昔、私は騎士に憧れていました。だから騎士の物語を、沢山読んだことがあるんです。その中で、聞いたのを思い出しました」

 地面の砂を握り締めるリィリィの必死な様子に、レシアは黙って聞きに回る。

「鉄腕の騎士リッツァーゲルトの物語」

 戦で片腕を失ったリッツァーゲルトは、鉄の腕を義肢として取り付け、諸国を渡り歩き、武名を高め終にはある国の騎士団長にまでなった物語。

「象牙の塔になら、義足というものの知識があるのではないでしょうか? それを、教えてください!」

 象牙の塔は知識の宝庫だ。

 高貴な貴族や高名な騎士には、義足を使って戦い続けたという人物が何人もいるらしい。らしいというのは、リィリィ自身彼らを見たことがないからだ。

 冒険者となってから日も浅く、世の中のことをよく知る暇もなくここに囚われてしまったリィリィは、彼らのことを知っているわけではない。

 だが、それとは別にそんな人物達がいるらしいという噂は聞いたことがある。

 そしてそれは、象牙の塔の知識だからこそ可能になったことだとも。

 象牙の塔の知識は千金に値する。

 それが冒険者達のもっぱらの噂であり、常識だった。

「それを知ってどうするのです?」

「作って、ギ・ガーに与えます」

「それは冒険者として正しいことですか? それとも……リィリィ個人としての判断ですか?」

 冒険者とは魔に立ち向かう者達だ。圧倒的な武力を持って魔を払い、人間の世界を広げていく。その為の尖兵。

 問いかけるレシアは、少女ではなく聖女という偶像がその場にいるかのように威圧感がある。

「分かりません。でも私は剣に誓って、ギ・ガー殿に決闘を申し込みました。決闘は対等でなければなりません」

 腰に差した剣の柄を握り締め、リィリィはレシアに答える。

「足も腕もないギ・ガー殿が懸命に槍を振るう姿に、私は負けたと思ってしまったのです。負けたままでは、私はこの先冒険者に立ち戻れることはないでしょう」

 あれは壁だ。

 この負けを払拭しなければ、前には進めない。

「お願いします。レシア様……私は、負けたくないっ!」

 精神的に打ちのめされるのは、戦術で負けるのとはまったくの別だ。

 自分自身に、ギ・ガーの執念に、リィリィは挑まねばならなかった。

「……分かりました。でも、一つ条件があります」

「っ、なんでしょう!?」

「勝ってくださいね」

 にこり、と微笑むレシアに。

「はいっ!」

 リィリィは力強く頷いた。


◇◆◇


 地面に寝転び、夜空を見上げる。

 昼間来たリィリィのことを思い返す。激励のつもりなのか、決闘を申し込まれた。

 不思議と悪意を感じなかったのは、見返した瞳が涙であふれそうになっていたからだ。

 悪意ある人間というものは、眼に嘲笑がある。

 時刻はもう夜だというのに、約束の日までは時間もないというのに、ギ・ガーの体は酷く重い。片足一本だけでは、どうしても槍が捌ききれないのだ。

 なぜだ、と思う。

 足が一本足りない程度で、どうして今まで己が縋ってきた槍がこんなにも扱いづらいのか。レア級となって王に見出される前も、集落をオークリーダーに襲撃された時も、この槍という武器と共に、自分はあった。

 近かったものが急に遠くへ行ってしまったような、不条理を感じる。

「足と手を失ったことが、そんなに不満なのか?」

 地面に突き刺した槍に問いかけるが、応えは返ってこない。

 当然だ。

 槍が言葉を発することはない。ただ己の意志に従って、縦横にその力を発揮してくれる。

 そのはずだが。

「不満だな」

 思わず返ってきた答えに、ギ・ガーは飛び起きる。

「何!?」

「大いに不満だ」

 自分が喋りかけていたこともあり、思わず槍の方に視線を固定してしまう。

「槍が喋ったのか……?」

「何を言っている」

 おかしいと思い、視線を上げればそこにはリィリィの姿。

 その姿を見て露骨に顔を顰めるが、彼女はそれを意図して無視する。

「決闘までは日があるはずだ」

「ああ、そうだ」

 頷くと手にした木の棒のようなものをギ・ガーの目の前に突きだす。

「なんだ、これは?」

「お前の新しい足だ」

 何を言っているのかとギ・ガーは首を傾げる。こんなものが足であるはずがない。足というのは、もっとこう……。

 ギ・ガーが思考している間に、その足元に膝を突いたリィリィが膝から下を失ったギ・ガーの足へ木の棒らしきものを取りつけている。革のベルトで補強され、ちょうどギ・ガーの足の長さに調節された木の棒が、革のベルトによって巻きつけられていく。

「少し、痛むぞ」

 見上げるリィリィの強い視線に、本気で痛いのだと悟ったギ・ガーは歯を噛み締めた。

「ぎぐ!?」

 肉に食い込む感触と、痛みと共に確かに失った足先に何かがあるという感触。

「立ってみろ」

 立ち上がったリィリィの手につかまり、自身の体を起こし、“二本”の足で立ち上がる。

 そうして夢中で一歩踏み出したギ・ガーの口から感嘆の声が漏れる。

「おぉぉ……」

 歩ける。

 多少肉に食い込む痛みはあるが、義足は確かに自身の身体を支え立ち上がらせてくれていた。

「……なぜだ。なぜ、俺にこれを渡す。これではお前が決闘で不利になるではないか」

 歩いて3歩目で立ち止まりギ・ガーは苦労しながらリィリィに振り返る。

「決闘は、平等であるべきだ」

 真摯なリィリィの瞳がそれ以外の理由はないのだと告げている。

「……感謝する」

「その言葉は、まだ早い。決闘が終わったときに聞かせてもらおう」

「そうか」

 深く頷いたギ・ガーに背を向けてリィリィは颯爽と歩きだす。

 その背中を見送ってギ・ガーは夜空を見上げた。

「王よ、俺はまだ戦える!」

 早く王に会いたい。


◆◇◇


 向かい合う一人と一匹の発する気迫に、周囲は音もない。

 約束の日。

 義足をつけたギ・ガーとリィリィは集落の広場で対峙していた。刃引きの長剣を鞘から抜き放つ。その音すらも流麗に、リィリィは剣を構える。対してギ・ガーは、二本の足でしっかりと地面を踏みしめ、穂先を落とした槍を下段に構えた。

「いざ!」

 ギ・ガーの体が沈みこむ。

 不屈の魂を持った一匹のゴブリンが呼び。

「勝負!」

 勝利を誓った騎士が応える。

 王の居ない集落で、決闘の幕が開いた。


◇◇◆


 踏み込む義足。

 槍の穂先が蛇の頭のように、もたげられ、瞬時に喉に喰らい付くように伸ばされる。

 刃引きをしてあるとはいえ、まともにもらえば死すらありえる一撃を、リィリィは掻い潜る。

 もたげられた穂先のさらに下から、長剣でその軌道をずらしてやると同時に《音響足》を使って加速する。

 リィリィの遣うツヴァイル流の剣術では、まずこれを習得するのが一人前の証となる。

 一眼二足といわれる剣術の理の中の二足。強烈な加速を生み出す《音響足》は他の流派には見られない特異な歩法だった。

 加速したリィリィの剣がギ・ガーの胴体を狙う。槍の穂先を弾いた長剣が翻って、横薙ぎに振るわれる。 

 野生の感ともいうべき危機察知能力で、ギ・ガーは突き出した槍を瞬時に手元に戻す。振るわれる長剣の軌道から逃れるように後ろに跳躍、体を守るようにして槍の柄を軌道上に出す。

 鋭い衝撃と共に振り切られるリィリィの長剣。だがそれでも、リィリィの細腕ではギ・ガーの鉄槍を折るまでの力はない。

 距離をとったギ・ガーは、リィリィの出方を見守る。

 槍と剣の勝負なら、分かれ目は間合いの取りあい。

 未だその分はギ・ガーにある。

「義足は、良いようだな」

 自然体で構えていたリィリィが、剣を肩に担ぐように構えを直す。

「片腕だけでは足りぬほどに調子がいい」

 獰猛に笑うギ・ガーに、リィリィも同じような笑顔を見せる。

「行くぞ!」

「来い!」

 仕掛けたのはリィリィ。《音響足》での加速から、肩に担ぎし剣を思い切り振り下ろす。

 まっすぐ突っ込んでくるリィリィに合わせて槍を突きだしたギ・ガーは、その加速が予想よりも早いことに舌打ちする。

 先ほどまでは本気ではなかったのか!

 気づいた時にはすでに遅い。

 躱された槍を瞬時に引き戻すと、更に一撃を加えようとして、リィリィの剣の方が早いことを知る。先ほどとは違い全力での後退。振り下ろされる刃が三つに分かれギ・ガーを狙って降りてくる。

 地面をえぐる三つの斬撃。だが土煙が晴れた後リィリィの手元にある剣は一本のみだ。

「……どういう理屈だ」

「何もお前たちの王だけが技を使えるわけではない。人には人の積み上げてきたものがある」

 足元に漂う土煙を剣で一薙ぎすると、再び肩に剣を担ぐ。

「さあ、ツヴァイル流剣術をよく味わえ!」






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[一言] なんやかんやでこの話が一番感動した
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