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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
王の帰還
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野望の始まり

 青き空。吹き渡る風が湖面をわずかに揺らしていた。

 波立つ湖面は鏡のように自身の姿を映す。

 この世界はときどき、はっとするほどに美しかった。

 だが。

 湖の水の中に映る自分の姿を確認する。

 鋭く生えた犬歯、ぎらつく瞳は猛獣のようで、醜悪というよりも凶悪なものへと顔の造詣が変化している。

 本格的に化け物の仲間入りだと、自嘲気味の口の端をゆがめれば、あわせて湖の中の俺が、恐怖を煽るような笑みを浮かべていた。

「我ガ主。もウすぐ到着しまス」

 ゴブリン・レアとなった手下が俺に声をかける。

 俺は手下を引き連れて、ゴブリンの集落を目指していた。


◆◇◇


 オークを倒してから数日、体の動きを確認するのと、手下たちに罠の使い方を教え、実践してみせることで狩りの仕方を教えていた。

 簡単な落とし穴を作り、引っかかった獲物を木の槍で突き殺す。

 ただそれだけの罠だが、こちらが傷つく割合はぐっと減った。

 ゴブリン・レアだったときと比べて俺の体は一回り大きくなっていた。

 仮にゴブリン・ノーブルと名づけたこの個体は、ゴブリン・レアだったときと比べて、聴力、視力、腕力どれをとってみても、大きく差がある。

 三つの角が生えたイノシシ──仮にトリプルボーアとするが──を絞め殺し、二つ首のダチョウ──ダブルヘッド──の首を刃の欠けた剣でたたき切る。

 以前の体では不可能だったことが容易にできるようになっていた。

 だが、以前考察した進化についてだ。

 いまだ一つの段階ではあるが、結論が出たと考えてよいだろう。

 俺は、ゴブリン以外にはなれない。

 ゴブリンという種族の中で強くはなれてもゴブリンという種を超えて何者かになることなど、できはしないのだろう。

 ゴブリン・レアからゴブリン・ノーブルになったのがその証だ。オークを殺したにも関わらず、オークにならなかったのは、その証明となるのではないか。

 まぁそれならそれで、次の進化を試してみるだけだ。


▲▽▲


 手下を使って追い立てた獲物を自身の手で仕留める。そうして数日を過ごした後、俺は気になっていたことを手下の一匹に問いただした。

 ゴブリンはどうやって増えるのか。

 俺の中に芽生え始めた野心。

 自分の王国を作る。

 それを実現していく上で、どうしても必要になってくるのが兵隊だ。

 今のところ駒には不自由していない。

 俺だけでなく手下も、ゴブリン・レアに進化することがわかった以上、質の充実は緊急の課題と言っていい。

 質は個々に高めていくしかないが、物量というものを俺は見くびっていない。

 もし俺の手下が一致団結して俺に反抗でもしたら、俺は多分負けるだろう。

 まぁ、純粋な力勝負での話だが。

 圧倒的な物量というものの恐ろしさを、俺は嫌というほど知っている。

 俺の国は昔、その物量というものに叩き潰されたのだ。

 思考がそれたが、そう。ゴブリンはどうやって増えるのか、その質問に答えたのはゴブリンの中でも古参の一匹だった。

 集落がある。

 その説明に俺は、考えねばならなかった。

 もともとこの群れは、その集落からはぐれ者の集団であること。

 集落の中にはゴブリンの雌や、ほかの種族からさらって来た雌を孕ませて種族を増やすのだそうだ。

 ──ああ、あのファンタジーにお決まりのあれだろうか。

 集落の中で地位が低いものは雌との交尾にありつけず、前のリーダーであったゴブリン・レアに率いられて若手のグループが離反。

 それがこの群れだそうだ。

 なんともしまらない話である。

 で、その距離を聞いたら案外近い。

 その集落はおよそ戦士として数えることができるのが50ほど。

 老いたゴブリンや、生まれたばかりの幼生などの非戦闘員は30ほどだそうだ。

 本来ゴブリンという種族は雄雌関係なく、狩猟をして獲物をとる。

 この群れに雌がいないのは、そもそも雌を探して群れを離れたからなんだそうな。

 雌ってのはそこら辺に落ちてるものなのか?

 と聞いたら、他種族からさらってくるつもりだったと。

 なかなか斬新なことだ。

 20匹の手下を率いて、ゴブリンの集落を訪れる。

 その目的が平和裏なものであるはずがない。

 まずは、情報の収集からだ。

 俺より強い個体はいるのか、あるいは優れた個体は。

 群れは統率されているのか……まぁ離反者がでるならその結束はゆるいと見て間違いないだろうが、群れのトップはどの程度のものなのか、見ておくに越したことはないだろう。

 獰猛な内心を奥に収め、俺は手下を率いて集落へ向かう。

 もともとは人間か他の種族の村だったのだろう。周囲にめぐらした柵は所々朽ちていて、ゴブリン達が使っている家屋は彼らが使うには、かなり大きめだ。

 人間、あるいはそれに類する者の住処を奪い取った……といったところか。

 大人数が一度に入り込める門は南北に一箇所ずつ。

 周囲をうっそうとした森に囲まれたその集落の周りを、慎重に歩く。集落の中に見える成人のゴブリンの姿は多くない。

 ゴブリン・レアすらその存在を確認できず、数は10にも満たない。

 雌の姿、あるいは他の種族の雌の姿を探すが確認はできなかった。まぁ、他種族のほうは建物の中にでも監禁しているんだろう。

 おそらく狩猟に出かけているんだろうが……。

 そのとき、ざわざわと集落の中が騒がしくなる。

 南の門に視線を向ければ、がやがやとゴブリン達が帰還したようだった。先頭を進むのは、鎧姿に手には真新しい長剣を持ったゴブリン・レアの姿。

 その後ろにざっと20ほどだろうか。付き従うゴブリン達。そしてその中に、狼らしき動物を従えている者の姿も見える。

 見るべきものは見た。

 あるいは別働隊がいるのかもしれないが、それならば帰ってくる前に占領してしまえば良いだろう。

 にやりと、犬歯をむき出しにして笑うと俺は後ろに控える手下どもに命令を下す。

「集落に入るぞ。正面から堂々とな」

 周囲をうかがっていた森の中から出て、その門へと続く細い道へ全員がでる。それをまって、簡単な指示を与えると、俺は先頭に立ってその集落へ向かっていった。


◇◆◇


 俺の姿を見た途端騒ぎ出す集落のゴブリン達を見下ろして、俺は悠然と歩を進める。

 少なくてもそういう風に見えるように進む。焦るように早くではなく、遅すぎることもなく。

 わずかでも俺の前に立ちふさがりそうな者には、眼光で以って威圧しながら、群れのボスらしいゴブリン・レアに向かう。

「ぐ、グルルル!」

 威嚇の声をあげるゴブリン・レアを見下ろし、口元を歪めて挑発的に笑う。

「群れの主はお前か?」

 低く、意識して恐ろしげに聞こえるような声に、ゴブリン・レアが一歩下がる。

 何も答えないゴブリン・レアの態度に。

「お前かっ!」

 威圧するように声を張り上げる。

 空気をビリビリと揺らす俺の声。自分でもこんなに効果があるとは思わなかった。少々びびりながら、周囲を見渡せば、腰を抜かすゴブリンなどもいる。

 さすがに目の前のゴブリン・レアはそんなことはなかったが、明らかに怯んでいるのがわかる。

「……ソウ、だ」

 視線をそらし、鎧は震えでカタカタと鳴る。

「選べ、群れを差し出すか。それとも死か」

 ここは思いっきり尊大にいくべきだ。

 弱肉強食の群れの中、文明などとはもっとも疎遠なその中にあっては、偉いやつは、偉そうにするというのが己の存在を相手に認めさせることになる。

 変に気さくに接したりすれば、相手が付け上がるだけだ。

 獣に対するしつけと一緒で上下関係というものをしっかりと、示しておかねばならない。

「グルゥゥゥ」

 うなり声を上げながらも、襲い掛かってくる様子のないゴブリン・レア。

 だが手に持った長剣は、いつでも目の前のゴブリン・レアを叩き潰せるように肩に担いである。俺は半ば“交渉”が成功しつつあるのを確信しながら、群れのリーダーを睥睨する。

 その眼光に屈したのか、しばらくするとゴブリン・レアは手に持った長剣を地面に取り落とす。

 そうして俺の前に平伏する。手足を地面に投げ出し、頭を垂れて服従を示す。

「我ガ主ヨ。お望ミの物を差し出シマス」

「受け取ろう」

 そして集落すべてを見渡して宣言する。

「今日より、この村の王は俺だ!」

 俺は野望の小さな一歩目を、その日踏み出した。





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