女神再び
【種族】ゴブリン
【レベル】62
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)灰色狼(Lv1)
【状態異常】《聖女の魅了》
目の前に広がるのは、いつか見た光景。
「ご機嫌いかが? 坊や」
俺をそう呼ぶのは、あの女しかいない。
「たった今最悪になったが」
憎まれ口のひとつでも叩かなければやってられない。
「随分男前に為ったわねェ」
嫌味か?
目を細める冥府の女神からは、余裕すら感じられる。
「それで順調?」
何がだ。
「貴方の言っていた征服と支配」
進めているんでしょう? と微笑まれる。妖艶にして無邪気な矛盾した魅力を放つ、女神の微笑みに、《反逆の意志》を発動させる。
「ああ、順調だ」
いつものように足下に蛇を従え、純白のトーガ姿に、周囲には悪魔の像が並ぶ。ここが冥府だというのなら、随分と気安く出入りできるものだ。玉座に座る彼女には冥府を統べる主の威厳と威圧が同居している。
俺の答えに満足したのか、しないのか。
黄金色の眼は蛇のように瞳孔が縦に細まる。
彫刻家が魂の限りを尽くして彫り上げたかのような白磁の肌。整いすぎたあごを、組んだ手の上に乗せて楽しげに俺を眺める。
「ふふん。それなら少しは手加減してあげた甲斐があるというもの」
手加減?
「何の話だ?」
にんまりと、悪戯を楽しむ少女の笑みを浮かべて冥府の女神が笑う。
「加護のことよ。しばらく干渉を控えてあげたでしょう?」
癒しの女神のことか。
「その割には、随分と荒れてたみたいじゃないか」
敢えて挑発する。このまま妖艶な女神と向き合っていたらその魅了に太刀打ちできなくなる。
怒りを向けていてもらったほうが、まだ話がし易い。
「その手には乗らないわ、貴方は頭がいい。私を挑発して、加護からの魅了を弱めようというのだろうけど、もうその手には乗らない」
駆け引きを楽しむ笑みでさえ、俺にとっては縛鎖に等しい。
「何をたくらむ?」
段々と呼吸をするのも苦しくなってきた。だがそれに抗って平静を保つ。
「今のところは、なにも……ふふふ。久しぶりに貴方とお話したくなってね」
嘘を言うな!
「あら、心外。本心なのに」
幼い子供を見下ろす母親か……いや弱者を見下ろす強者の余裕か。ころころと笑う冥府の女神の声が脳内に響く。
「それに、随分と育っているようじゃない? 私の上げた贈り物」
どくんと、主の声に反応して右腕に巻きついた黒炎の蛇が脈打った。
「真の黒も貴方のことを気に入ってるみたいだわ。貴方に預けて正解だったわね」
真の黒……こいつの名前か。
「ええ、その子は私が生み出した可愛い冥府の蛇。さしずめ貴方のお兄さんってところかしらね?」
冗談言うな。俺は生み出された覚えは無いぞ。
「ふふふ……まぁそのようなものだと覚えておけばいいわ」
話しているうちに気がついた。前回のような威圧を感じない。なぜだ?
まさか本当に、話がしたかったなどと言うつもりなのか。
「そういえば、貴方が戦う理由をまだ聞いていなかったわ。貴方が剣を取るのは、あのゼノビアの娘のため?」
何をいまさら。
「冗談を言うな。言ったろうが、俺は俺の支配と征服のために、戦っている!」
「……なら、あの娘が失われても嘆きも、悲しみもしないわね?」
その視線は俺の内心を見通すように、鋭く。
「……当然だ」
まさか間に合わなかったのか? 集落は全て焼け落ちオークどもに蹂躙されてしまったのか?
そんな動揺をおくびにも出さずにいられるほど俺は自分を騙せない。
俺はどうしようもなく嘘が下手だった。
「ふふふ。安心しなさい。今のところゼノビアの娘は無事よ」
その言葉にホッとする自分自身を自覚して、歯をかみ締める。
俺は無条件に冥府の女神の言葉を信用しようとしていた!
信じたいと思うほうに、誘導されかけていた。
その事実に、愕然とし同時に怒りが沸いた。
「信じる信じないは勝手だけどね。でも、危機は迫っているわ」
いっそ無表情といえる顔で、宣言をした。
「運命の女神が一人お気に入りを見つけたみたい。この意味が解る?」
運命を手繰り寄せ、冥府の軍勢と戦う為に勇者を導いてきた三女リューリュナ。
「勇者が誕生したということか?」
我が意を得たり、とばかりに女神が微笑む。
「流石に理解が早いわね。そう、貴方の天敵」
もし、化け物である俺が世界を征服するとしたらその前には必ず立ち塞がるものが居る。化け物を統べる者が魔王と呼ばれるなら勇者。世界を征服する覇王だというのなら、圧倒的な力に立ち向かう英雄がその前に立つ。
「未だその子は何も知らない子供。でも、時間が経つほどに力は増すわ」
絶対の真理を告げる声。
「そうして勇者の傍らには、必ず聖女がいる」
俺の考えの隙間に強引に入り込む聖女という単語。
「それがレシアだというのか?」
「奪われるわよ?」
俺は何も言い返せない。何も考えられないと言ったほうがいい。
ただ心の中でそんな馬鹿なという否定の言葉しか浮かばない。
「力を貸してあげましょうか?」
「……なに?」
優しく微笑むのは慈母の笑み。全てを優しく包み込む、母の愛が俺の胸に流れ込む。
「私も勇者には、散々煮え湯を飲まされたわ。可愛い坊やがただやられるのを見ているなんて、ね」
思わずうなずきそうになってしまう。
力は何よりもほしい。
オークキングと戦って解ったが、やはりゴブリンは余りにも小さく弱い。
だが、僅かに残っていた理性が《反逆の意志》を発動させる。
「……どうする? 私に縋ってみる?」
ああ、縋るだろう。もし、俺が王でなければだ。
「断る」
霞がかかったような頭が、晴れて行く。
「あら、意外ね。どうして?」
「俺は俺の意志で戦っている。俺の意志で手下に死地を与え、戦わせ、俺の為に殺してきた。だから、もし俺が負けるなら、それは俺の敗北だ」
黙って俺を見つめる冥府の女神が何を考えていようと、これだけは変わらない。
「俺は、俺の勝負をしている。お前に縋るなら俺は自ら敗北を認めたことになる」
だから、俺は女神になど縋るつもりは無い。
「……意地っ張りねェ」
苦笑をにじませる女神に、不敵な笑みを返す。
「あんたは俺に賭けたんだ。黙って見ていろ! 負けはしない」
きょとんとした女神の顔に、内心してやったりとほくそえむ。
「くふふ、あははは」
腹を抱えて笑う目の前の女。相変わらず、笑いどころが良くわからない。
「面白い……やっぱり貴方面白いわ」
涙をぬぐいながら笑い転げる冥府の女神。
その笑いが一通り収まったところで、手を鳴らす。
俺の背後に現れる門。
「その門をくぐれば、再び貴方の身体に戻れるわ」
楽しげに笑う女神に背を向ける。
「……ねぇ、こういうときは貴方達はなんて言って見送るのかしらね?」
その問いに、俺は背を向けたまま答えた。
「昔の……勇気の女神ならなんて言った?」
僅かに息を呑む気配がする。
「……勇気を示せ」
頷いて俺は門をくぐる。
聞こえた声は、震えていたのかもしれない。
◇◇◆
「無事か!?」
目を開けた俺の耳に飛び込んできたのは、珍しく焦った様子のギ・ザー。
「どうした、いつもの調子じゃないな」
口元を歪めて答える俺に、憮然とした表情でギ・ザーは頷いた。
「まったく無茶をする。寿命が縮まったぞ……まぁおかげで犠牲は最小限だったがな」
お前がそんなタマかという憎まれ口は、言わない方が賢明だろうな。
「オークはどうなった?」
身体を起こしながら、問いかける。
「お前がオークキングを討ち取った直後に引き上げた。ギ・ギーもうまい具合に槍鹿を誘導してくれたからな」
昨晩のうちにギ・ギー率いる15匹のゴブリンは、槍鹿の群れを探し当て、オークの群れにぶつけるよう派遣していたのだ。随分と時間がかかってしまったのは仕方ない。
なにせ、ゴブリンの威圧の咆哮で群れの逃げる方向をコントロールしなければならない。
獣の使役に慣れたギ・ギーでも初めての経験だっただろう。
だが見事に役目を果たしてくれた。
「被害はどのくらいだ?」
「集落の落とし穴はほとんど使い物にならなくなったな。柵も引き倒された。俺たちの被害は、ゴブリンが20匹やられた。あのオークの群れを撃退したのだ、まぁ少ない被害と考えていいだろう」
淡々と説明するギ・ザーの説明に頷く。
手酷い被害にはあったが、致命的なところまで至っていないというところか。
「わかった。ああ、後は俺がしておこう、少し休め」
「それと、ギ・ガーがな──」
ギ・ザーが何か言いかけたが、立ち上がると同時、襲ってくる内臓を食い破られる感覚に膝を突く。
「おい!」
「心配ない」
右腕に絡みついた真の黒が脈打つ。
聞こえたのは、深い男の声。
勇気を示せ、か──懐かしい言葉だ。なぁ、弟よ。
そんな言葉が浮かんで消えた。
◆◇◇◆◆◇◇◆
レベル100を突破した為【階級】が上がります。
デュークからロードへ。
【スキル】《剣技B+》へ上昇します。
【スキル】《群れの統率者》が《群れの支配者》へ変化します。
【スキル】《王者の心得Ⅱ》を習得します。
【スキル】《魔力操作》が上達します。
◆◇◇◆◆◇◇◆