戦いの前夜
【種族】ゴブリン
【レベル】61
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)灰色狼(Lv1)
【状態異常】《聖女の魅了》
偵察に出していたギ・グーらが戻ったのは、偵察に出てから4日後のことだった。
集落で出迎えた俺はその姿に驚きを隠せなかった。
ギ・グーの容姿が変化している。青い皮膚に、捻じれた一本角。体躯は一緒に偵察に出たギ・ゴーと比較て一周りは大きいか。
《赤蛇の眼》で確認すれば、そのステータスは紛れもなくノーブル級を表していた。
【種族】ゴブリン
【レベル】2
【階級】ノーブル・サブリーダー
【保有スキル】《威圧の咆哮》《剣技C+》《王の右腕》《連携》《投擲》《万能の遣い手》《遠くを見る目》
【加護】なし
【属性】なし
《王の右腕》群れのリーダーの指示で戦うことにより、戦意UP、腕力10%、機敏性10%UP。
《連携》自分と同等、あるいは下の階級のゴブリンと一緒に攻撃することが可能です。
《万能の遣い手》近接武器を器用に使いこなします。種類を選ばずC+までの補正を受けることができます。
《遠くを見る目》斥候の成功率が上がります。敵追跡の成功率が上がります。
元群れのリーダーだけあり、集団戦に強そうなステータスだ。《連携》のスキルは、集団を指揮するのに便利そうだし、《王の右腕》は俺から離れても効果を発揮するんだろうか。《遠くを見る目》に関しては、昔からギ・グーを斥候で使っていたからか?
不明な点は後で解明せねばな。
「ただいま帰りました」
ギ・グーを先頭に膝をつく偵察隊の面々。大なり小なり傷を負っている様子からその偵察の厳しさが知れる。
「成果を聞こう」
ゴブリン達を鍛えるのを一時ギ・ガーに任せて俺は偵察の結果を聞く。
ゴブリンに命じて、偵察に出ていた者たちに新鮮な肉を与えると、彼らは黙って頭を垂れた。
「結果から申し上げます。オークの姿を確認しました。その数80以上。この砦に向かって前進しています」
80!?
嫌な予想は当たるというが。
くそっ!
内心の動揺を声に出さないよう細心の注意を払って質問を続ける。
「時期は?」
「後二日ほどかと」
そうか、と頷いて俺は腕を組む。
──早すぎるっ! 準備する間も与えてはくれないか。
だが、座してやられるのを待つほど、俺は馬鹿じゃない。
できるだけこの砦に到着するまでに数を減らせば。
「経路は?」
「真西よりこちらに進軍中」
80、か。
真西の方向を見ながら考えを巡らせる。
最初から集落に籠るのは下策だ。集落を囲まれた時、全ての正面を俺が見れるわけじゃない。
集落に籠るのは最後だろうな。
罠の完成度はいまだに5割強といったところだ。このまま真正面からオークの突撃を受けたなら、罠ごと踏みつぶされても不思議ではない。
「分かったご苦労」
内心を隠しながら、俺は目を瞑る。
偵察から戻ってきたゴブリンを休ませると、罠の作成に向かう。
もともと穴を掘るのはゴブリンの得意とするところだ。オークが入りきるような落とし穴と、その中には剣山に見立てた竹やり、木の槍を備え付ける。堀の深さは、オークの背丈より高く。堀には水を引きたいところだが……とてもそんな余裕はない。
オークが登ってこれないようになるべく垂直にするだけだ。
人間に命じていた柵を西側を中心として張り巡らせる。後二日でどこまで修復できるかわからないが、西から南北まではしておきたい。
余りに数が多すぎる。真正面からぶつかれば早々俺たちは敗北する。
最初は打って出るしかない。
集落の周りは建築資材にと、木を切り倒して見晴らしが良くなっている。
弓矢がほしいな。遠距離からオークを仕留められる武器があれば言うことなしなのだが。
だが無いものは仕方ない。
オークを迎撃するなら、やはり森の中だろう。まっすぐにこちらに突っ込んでくるなら、左右から牽制を加えるだけで随分と突撃の速度は鈍るはずだ。
そこを祭祀の魔法と投擲スキルを持つゴブリンで削っていけば、ある程度は損耗を抑えられるか。後は数の減ったオークを接近戦で仕留め、オークキングを殺せば上々。
おおむねの作戦を考えながら、どこかに穴がないかと再び考える。
迎撃する場所と人員を選定しなくてはな。後は最悪逃げ道の準備か。
西にむかうどころか、これじゃいつまで経ってもこの場所を離れられない。
内心の焦りを余所に苦笑を口元に張り付かせたまま俺は、ギ・ガーに任せた練成の結果を見に行った。
練成は中止だ。落とし穴を掘らせなくては。
◆◇◆
ギ・グーから報告を受けて一日。予定されるオークの進路をギ・グーに案内させながら、その経路を確認する。同伴するのは、ギ・ガーとギ・ゴーだ。
集落の周りに落とし穴と堀を設ける作業はギ・ザーに指揮を執らせ、獣士ギ・ギーと隠密のギ・ジーにはオークがどの程度まで接近しているか探りに行かせた。
ギ・グーの情報を疑っているわけではないが、予想外のことを警戒しないわけにはいかない。
ギ・ギーとギ・ジーには戦わずに戻るようにだけ告げてある。ギ・ギーの使役している獣の嗅覚を駆使すれば可能なはずだ。
ギ・グーの案内する経路を辿ってみるが、起伏の少ない森林地帯というだけで取り立てて目立つものはない。
オークの群れを迎撃するとして、どこでどう待ち構えるのか、悩める俺に知恵の神の恵みは閃きを与えてはくれないようだ。
三匹一組で対応できるオークは30匹前後。80を30にまで減らす罠を、しかけねばならない。
集落にオークを引きつけつつ、殲滅しなければ俺の王国は早晩夢と消える。
オークの足に、レシアや人間達を始め群れが踏みつぶされるのが瞼に浮かぶ。
ただ、まっすぐに集落に来るならばまだ良い。オークキングに率いられ、いらん知恵をつけて迂回などされた日には、集落は危機に陥る。
人間たちによって作った柵は、西と南北を覆う程度しか作れていない。
本格的に、逃げ道を考えた方がいいかもしれないな。
だが、オークの狂化については、俺たちに情報はほとんどないのだ。オークキングに率いられて、そのまままっすぐ東に向かうならまだいい。
だが集落から逃げた俺達を追撃にかかるようなら、寄るべき拠点をもたない俺たちは良い獲物だ。
やはり迎え撃ち、集落へ引き寄せて殲滅するしかない。
この森林にオークが足を取られてくれるのを期待するだけしかないか。
策とも言えない希望的観測に嫌になる。
「よし、散らばってこの辺りで罠の作成を行え。後は潜む場所の偵さ──」
「王!」
ギ・グー達に、罠の作成と偵察を行わせようとしていた時、後ろから呼ぶ声がした。
見れば、ダブルヘッドに乗ったギ・ギーが必死の形相で走ってくる。
「オーク、群レガ経路を変更! 集落ノ北ニ!」
くそっ! 最悪だ!
よく考えれば、西は密林といってもいい足場と見通しの悪い地形だ。それに比べて北西は、灰色狼が好んだ見通しの良い草原地帯がいくつもある。
予想できなかった事態じゃないはずなのにっ!
「すぐさま集落に戻るぞ!」
ギ・グーらに命じるとその足で集落にとって返す。
罠の重点はいまだに西に設けてある。落とし穴の数の厚みは、西からが最も厚いのだ。
今から北側に落とし穴を作って間に合うか?
80匹のオークを仕留めるだけの仕掛けが、1日で出来るか!?
無理だ。無理に決まっている。
単独でオークとぶつかるなら、力でもスキルでも打ち勝つ自信はある。
だが今回は集落を守りながら、80匹のオークを殲滅しなければならない。
くそ、北か!
それに、ただまっすぐ突っ込んでくるのではなく足場の良い地形を選んで進軍してくるとなると、オークキングの統制下で動いているに違いない。
つまりオークキングは馬鹿じゃないということだ。
ただ仕掛けた罠にかかってくれる確率がぐんと減った。
ただ東にむかうという可能性も残ってはいるが、奴らとて食い物を食わねば死ぬ。なら、数多くの食い物がまとまっているのを見逃すはずがない。
このままオークキングの軍が向かってくるとしたら北西か? いや、多少の頭が回るなら、北側を攻めてくる。
槍鹿を狩るために、集落の北側から湖へ向かう経路を以前から広げていたのだ。
収穫の利便性を考えたのが裏目に出た!
考えろ。何かあるはずだ!
奴らを食い止める何かが!
何も考えつかないまま集落に到着し、とりあえず罠の落とし穴を北に集中させる。
作業を続けている間でも、俺の思考はただオークの大軍を阻止する手段だけを考えていた。
だが、何がある?
残り一日でなるべく罠の配置をずらす程度のことしかできなかった。
人間達には、柵の修繕を全速力でやらせる。ゴブリン達にはオークがはまり込むような落とし穴を掘らせる。だが、それだけだ。
勝てるのか?
焦る心が、空回りする思考が、何もできない自分の無力が俺を苛む。
多くの者を守っての戦いが、こんなに重圧を感じるものだったとは知らなかった。
蹂躙されていく光景を想像するのがこれほど恐ろしいものだったとは。
くそっ!
負けるわけにはいかない。
分かっているからこそ、重い。
結局何も考えられないまま、夜を迎えた。
◆◇◆
白々とした連月が宙天を照らす。その夜空を見上げて、俺は一人集落をさまよっていた。
「眠れませんか?」
月光に照らされたその姿は月光の女神のように美しい。夜目が利く視線で表情を窺えばいつもの無表情に、少しだけ優しさが覗いているような気がした。
「そうだな」
再び俺は連月を見上げていた。
「珍しい、ですね」
俺の側まで寄ってきたレシアが俺の表情を窺う。
「そうなのだろうな」
恐れていると言ってもいい。勝つ要素を見いだせない明日の戦いに。
だが、この身を投げ出しても勝たねばならない。
負ければ全てを失う。
「ふむ」
考え込むレシアが、何かを思いついたらしく、俺を再び見上げる。
「少し座りませんか?」
促されるままに俺はその場に胡坐をかき、レシアも隣に座った。
「少しお話しても?」
「好きにしろ」
では、とレシアが話始める。その声は、吟遊詩人のように滑らかで、震える胸に響く声だった。
「……昔、月獣という獣がいました」
瞼の裏に台本でもあるのだろうか。朗々と話す言葉は、澱みなく間違えることもない。
「かの獣は人に嫌われながら、それでも人の隣に住んでいました」
それは人の心を持つ獣の話。
その毛皮は幾千の針より鋭く敵も味方も傷つける。
近づけば近づくほど、相手を傷つけ遠のけば遠のくほど、寒さに凍える獣の話。
「ある時一人の少女が獣に好意をよせます」
結末は悲劇。当然だ。
俺の国にも似たような話があった。
「少女は傷つき、月獣は悲しみます」
それで何が言いたいと、俺が言いそうになった時。
「そこで少女は考えました」
なに?
「じゃぁ針を全部折ってしまえ」
おい!?
驚いて月を見ていた視線をレシアに戻す。
愉快そうにほほ笑む彼女にしてやられたのだと、理解させられた。
「そうして月獣と少女は争いもなく、楽しく暮らしましたとさ。おしまいおしまい」
「……独創的な話だ」
「信徒の役割は古の話を皆さんに伝え、そこから教訓を伝えること」
こいつ、結論を変えたな。
「で、その話の教訓は?」
「さあ?」
それでいいのか、信徒。
にこりとほほ笑む彼女に、胡乱な視線を向ける。
「何せ私が勝手に考えた結論ですので」
やはりな。
「ですが……私はこっちの方が好きなのです。悲しく切ない話も好きですけれど、最後はみんな幸せになってほしい。そう願うことは悪いことではないでしょう?」
現実を知らない少女の夢か。
それとも、この夢ゆえにこの少女は聖女と呼ばれるのか。
「そうかもな」
「それだけ分かっていただければ、充分教訓として成り立ちます」
では、私は眠りますね。と言い置いて彼女は立ち上がった。
「ああ」
苦笑してまた月を見上げる。
どうやら俺は励まされたらしい。
分かり切った結論など強引に変えてしまえと、彼女は言いたかったのだろう。
「顔に出ていたか?」
化け物の顔をつるりと撫でてみても、今はわからない。
だが、心は確かに軽くなっていた。
まんざらでもないな、信徒の教訓話というのも。
軽くなった心に火が灯っている。
戦意という名の炎が今はしっかり自覚できる。
月を見上げながら、俺はレシアに感謝した。
ふと、俺は何かに気づいて思考を整理する。
「……強引に、か」
なるほど、あるいは勝機が見えてきたかもしれない。
遅い知恵の女神の恩恵が身にしみる。
ギ・ギーとギ・ザーを起こすために、俺はその場を立ち上がった。