鎖
【種族】ゴブリン
【レベル】60
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(lv1)×2
【状態異常】《聖女の魅了》
捕虜の扱いの基本は生かさず殺さず。
捕まえた人間を率いて集落に戻った俺は、ゴブリン達の歓喜の声に迎えられることになる。
「リィリィ」
彼女を呼びつけると、人間達の住居について命令を下す。
「自分達のものは自分たちで作れ」
「家を、作れと?」
「そうだ。これだけの人間を収容できる建物はない。なら作るしかあるまい」
「それまでの間はどうするのですか……?」
疲れた様子の彼女に、意地の悪い笑みを向ける。
「それまでの間は俺の住居にでも押し込むしかないだろう。女はまとめて牢屋に入れろ。男の方は半分に分けて、マチスとチノスのいる牢屋。そして俺の家へ押し込む。それの選抜は任せるが、分かっているな?」
無言のうちに反乱などを押さえろと言い含める。
「わかりました。慎重に選びます」
それでいい。
これで彼女の足には鎖がついた。
人間達の命という鎖だ。自身が命を賭けて救った命。だからこそ鎖になる。
走りよってくる灰色狼の子2匹の姿が見えると同時に、レシアの姿が見える。
不満を絵に描いたような顔色に俺は苦笑した。
「捕った獲物はみなで分配しろ。公平にな」
ダブルヘッド、三角猪らを手土産に集落へ戻ったときには既に日は暮れていた。
盛大に火をおこし、それを囲むようにして宴会を開く。
「なぜ人間を庇う?」
ダブルヘッドを食しながら手下と共に火を囲んでいた俺に問いかける声は、祭祀をまとめるギ・ザーのものだ。
「奴等はまだ利用価値がある」
肉を咀嚼しながら答える俺に、ギ・ザーは考え込む。
「わからんな。この前のコボルトのことといい、人間まで囲い込むつもりか?」
「人間を囲い込めるなら、最上だな。奴等の知識、馬鹿に出来るものではないはずだ」
「それはそうだが、他の者は大分不満が溜まっているようだぞ」
15人の人間のうち、半数が女と子供だった。そして残る7人の男で、戦える者が二人。他は剣などもったこともない農民という具合だ。
「目の前に女が居ても犯せないから、か」
頷くギ・ザーに、人を睨み殺せるほどの視線を向ける。
「もし俺の命に逆らうようなら、相応の罰を持って応じよう」
「……そう、怖い顔をするな。だが、どうするつもりだ? 不満を抑えるのにも苦労をするだろう」
女か。
「そういえば、聞きそびれていたが」
「なんだ?」
俺の口には笑みが張り付いている。だが、心で渦巻くあの激情は未だ消えていない。人間の女の首を切り裂いたときの感触を俺の手は、未だに覚えている。
「そんなに人間の女がほしいのか?」
「……まぁ、そうだな」
返答に困るギ・ザーの表情を楽しみつつ、俺は次なる肉を頬張った。
他種族のメスを己が下に組み敷くというのは、ゴブリンにとって麻薬のようなものらしい。狂うほどの快楽と、高い中毒性がある。
この群れがそう言う狂騒状態から逃れているのは、単に俺のスキルである《果て無き強欲》《王者の魂》などの群れを統率するスキルのおかげだろう。
ギ・ザーに話を聞く限り、一種の発作のように他種族のメスを手に入れたいという感情がわいてくるのだそうだ。
「困ったものだな」
苦笑する俺に、ギ・ザーは眉をひそめた。
「この群れは異常だよ」
肩を竦めたギ・ザーの口元も笑みの形を作っていた。
「王が率いる戦士の群れならば、当然と言ってほしいものだ」
冗談めかして言う俺に、ギ・ザーは苦笑で答えた。
「俺からもきつめに言っておこう」
そういってギ・ザーは立ち去る。
だが、確かにゴブリンどもの不満を溜め込むのは上策ではない。
どうするか。
人間のメスを宛がうのは簡単だ。だが、今はよくても後々どうなる?
人間を俺の傘下に組み入れるときその行為はどうやっても邪魔になる。ゴブリンどもには、別の不満の捌け口を用意するか、あるいは不満を承知の上で抑え込むしかない。
別の捌け口、か。
死ぬほど鍛えてやるのも、あるいは一つの手段か?
性欲などと言う暇もないぐらい徹底的に、か。
◇◇◆
翌日から狩りに行く組みの他に、練成をする組を設けた。
剣の振り方、槍の突き方、投擲の練習、連携の強化。群れ全体の2割程度を交代でその練成に当たらせる。
相手はほとんどの場合俺が勤める。レシアが人間の世話で手が離せないことが理由だった。
重い木刀を振らせて、相手の足元を狙わせ、長い棒を周囲とタイミングを合わせて振り下ろす練習。更には、ギ・ガーの指導の下に投げ槍のスキルを習得させるべく、目標に向かって木の棒を投げる練習など徹底的に繰り返させる。
少しでもさぼったり、態度が悪いものにはギ・ゴー、ギ・グーらによる木の棒が襲い掛かり、ぼろぼろになった状態で俺を相手に3匹一組の練習をさせる。
手加減などするつもりはない。
練成だからこそ、死ぬつもりで向かってこなければ意味がない。
向かってくるゴブリンの木刀を叩き落し、蹴り飛ばし、倒れたゴブリンを引きずり起こしてまた立たせる。逃げ回るゴブリンの首根っこをつかみ、投げ飛ばし踏みつける。1日で20匹程度。概ね7組を常に相手にするのは俺自身にも相当な疲労を要求する。
だが、その程度のことでゴブリンどもの不満を解消できるなら安いものだ。
当然辛いばかりではなく、優秀な成績のものにはそれなりの褒美を用意している。メスゴブリンと交尾させたり、獲物の良い肉を与えたりといろいろと便宜を図る。
後でギ・ザーに聞いた話だが、戦闘員達に5日に一度めぐってくるその日は、“恐怖の一日”とゴブリン達の間で呼ばれていたらしい。
恐怖での支配は、一要素でしかない。だが有効であるのは確かだ。
ゴブリン達に俺への畏怖を刻み込むと同時に、鍛錬にもなる。
足腰が立たなくなるまでゴブリン達を叩きのめしたあと、俺は狩りに出かけた。
◆◆◇
練成組を始めて、十日ほど経って来ると徐々に慣れ始めてくるものだ。二度目ともなれば、逃げ出すものはほとんどいなくなり、立ち向かってくるものが大半だった。
思ったよりも順応が早い。
人間達の住む住居も完成を見て、中々立派な牢屋が出来上がっていた。
なんでも人間の男の中に、家を建てる経験をしたものが多いと言う。なかなか、使えるかもしれない。
リィリィに命じて、その建物だけでなく集落の周りにある柵の改修も行わせる。
人間達から事情を聞いてきたリィリィによれば、やはり彼らは戦によって村を焼かれた難民らしい。敵から追撃を避けるため森の中へ逃げ込んだは良いものの、思いのほか深くまで迷い込んでしまったらしい。
「柵をですか?」
リィリィの言葉に宿るのは、疑問。
「そうだ。俺はこの集落をお前らに与えても良いと思っている」
十日前に連れて来られた人間を集めて、餌をちらつかせてやる。十日も生活を共にしていれば、多少の硬さは残るものの、俺が手を出さないことは認識されていた。
まだ恐怖の感情は残っているのだろうが、話が出来る程度は慣れていた。
俺の言葉に、ざわりとお互いの顔を見合わせる人間達。
「それは、どういう……」
おずおずと言葉を発したのは、年配の男だ。確か建物を立てるのに役に立った人間。
「俺達はいずれここより西の地へ向かう。その際お前らにこの集落を与えても良いと思っているということだ」
ざわめきが先ほどより大きくなる。
一から村を作るよりも、もとあった集落に手を入れて改修する方がよほど簡単だからだ。
「もちろん。望めば、護衛として多少のゴブリンを残しても良い」
ここは常に外敵から狙われる暗黒の森だ。
「チノスがはじめた畑は、形になりそうだったな?」
レシアと一緒に捕虜になったチノスには村のすぐ近くで畑をやらせてみたが、ある程度形になっている。来年には、芋などが取れそうだと言うことだった。
「はい。地味は悪くありませんし」
頷くチノスに、俺は満足そうに頷く。
やはりざわつく人間達。だが今回は喜色が大分混じっている。
俺がこんなことを人間達に言い出したのには、もちろん理由がある。
純粋な好意などでこんなことをするはずがない。
飴と鞭をうまく使い分ける必要があったのが一つ。
そうして幼生から成人したゴブリンの数が徐々に増えてきていることが挙げられる。
概ね20日かけて幼生から成人するゴブリンのペースだったが、ゴブリンのメスはほとんど間断なく子供を生み続けられるようだった。
多少の休憩期間、といっても5日ほどだが。それを設けただけですぐに次の子供を身ごもっていた。
現在俺の群れにいるゴブリンのメスは20匹ほどだ。その全員が孕んでいる。
三匹一組の成果と餌の豊富さに加えて、鍛錬の成果か、最近ではゴブリンが死ぬことはほとんどない。ゆえに生まれた幼生はほとんど確実に成人する。
このままのペースで群れが成長し続けると、すぐさま集落に入りきらないほどになる。
ならば、新しい住居を定めるか。
もしくは分派して住み暮らすか。
あるいはこの集落を拡大していくか。
どれかを選ばねばならない。
一案として分派して暮らすという方法だが、誰にその集落を任せるのかと言う問題が起こる。俺の指示が届きにくい地域で暮らすのなら、それ相応の忠誠心と襲われたときに機敏に対処できる判断力を持っているものでなければならない。
ギ・ザーに任せてもいいのだが、本人が断ったためにこの案は却下だった。
二案の集落の拡大をしていくという方法だが、あまり派手にやりすぎると人間を刺激しすぎてしまう恐れがある。人間の領域まで、遠くない地域に本格的な集落を構えるにはやはり抵抗がある。
三案目の新しい住居を定める方法としては、いずれは深淵の砦へ乗り込むとしても、いまだ最初の関門たるオークすら倒せていない状況だ。
それまでは、折衷案を用いてやっていくしかない。
この地は獲物を取るだけなら最適といって良い。北東にある湖や周辺に凶悪な魔獣は存在しない。脅威が存在するなら西のみだ。
そうして西には、ゴブリン達の故郷が存在し、いずれ俺はそこを落とすつもりでいる。
ならば用済みになったこの集落はどうする?
いずれ砦を落として、人間の世界へ進出するときの足がかりとして利用をしたいというのが俺の希望だが、果たしてそう上手くいくかどうか。
ただ捨てるには惜しい。ならば最低限、ここを維持するだけの力が必要だ。
人間を上手く利用できればそれを確保しつつ、俺の支配領域を広げられる。
ゴブリンの力を使わずに、だ。
「まだしばらくは時間がある。よく考えてくれ」
俺は人間に提案を持ちかけ、大よその結果を予想しながら背を向けた。
◆◆◇
ひとつ忘れていたが、戻ってきた俺はレシアに灰色狼の名前を変更させた。
神の尖兵はひどすぎる。
せめてウルにするべきだ。
狼だけに。
その後激烈な議論の末、灰色狼の名前は湖畔の淑女と風鳴りの君に決まった。
最後にはギ・ザーや老ゴブリン。なぜかリィリィまでも混じっての大激論の末の結末だった。
議論の間中、なぜか俺の膝の上で寛いでいる2匹に、試しに《赤蛇の眼》を使用した結果だが。
【種族】グレイウルフ(ガストラ)
【レベル】1
【階級】幼生
【保有スキル】《疾風の一撃》《突進》
【加護】なし
【属性】なし
【種族】グレイウルフ(シンシア)
【レベル】1
【階級】幼生
【保有スキル】《突進》《唸り声》
【加護】なし
【属性】なし
突進のスキルは確かに厄介だったな。
やはり見た目はどんなに小さくとも、あの巨大な狼の血を引いているということだ。
◇◇◆◆◇◇◆◆
レベルが上がります。
60⇒61
◇◇◆◆◇◇◆◆