蜘蛛狩り
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】ノーブル・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》 《反逆の意志》 《威圧の咆哮》 《剣技C+》 《強欲》 《孤高の魂》 《王者の心得Ⅰ》 《青蛇の眼》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
森は果てしなく広がっている。
強大な敵に己の全存在を懸けて向き合う高揚感が、全身を満たす。
「キシャー!」
八つの長大な足で体を支え、八つの目玉は赤黒く光る。
意志の光を感じさせない無機質な硝子玉のようなそれが、俺を獲物と認識していた。
俺は鋼鉄の大剣を肩に担ぐように構えると、なるべく前傾になるように重心を取る。
大剣の重み、握りの確かさ、踏み締める地面の感触までもが俺の神経を研ぎ澄ます。巨大蜘蛛の毛細の動きすらも見逃さないようにその全体を見渡し、間合いを計る。異常なまでに発達した聴力は、巨大蜘蛛の周囲に居る生き物の息遣いまでもが聞こえるようだった。
息を吐き出す。
体の中で燃え盛る炎のように熱い息が、風に流されていく。
俺は、森の強者たる巨大蜘蛛に戦いを挑もうとしていた。
周囲の茂みには、ギ・グー・ギ・ガーを始めとした主だったゴブリン達が息を潜めて見守っている。
普段の狩りならば、罠を用意し、必ず勝てるように戦いを挑むが、今回ばかりは別だ。俺の我儘と言って良い。
あの娘。レシアの巨大な力に対抗する為には、今のままでは駄目だ。冥府の女神の意思に飲み込まれるのも、彼女に頭を垂れるのも、等しく俺の敗北だ。
話をしているだけで、レシアの放つ魅力に魂自体が引っ張り込まれそうになる。こんな凶悪な力は他にないのではないだろうか?
絶対の魅了。
恐らく冥府の女神と癒しの女神の間にだけある特殊な関係。それが色濃く影響した結果だろう。俺はあの女に溺れそうになっていた。
だからこそ、無謀と思える敵に挑まねばならない。
勝つか、負けるか。己の全力を引き摺り出して尚、死線の上に身を躍らせ、相手を血祭りに上げる。
いや、そうせねばならない。
俺は俺のまま、あの娘を──聖女の力を克服してみせねばならないのだ。
「グルウウゥゥアア!」
挨拶代わりの威圧の咆哮が、俺の口から迸る。
【スキル】《青蛇の眼》が発動し、割り出した相手の弱点。
《蜘蛛の頭》
頭と胴体と8本の脚からなる蜘蛛の身体。
他に目ぼしい弱点はない。
──馬鹿でも分かる! 役に立たないスキルだっ!
心の中でスキルを罵る。かなり気が立っているのが、自分でも分かった。
蜘蛛が一瞬身を縮めたかと思った瞬間、全身のバネを使って跳躍。口から毒液を撒き散らしながら、俺に覆い被さろうとしてくる。
長く伸びた八つの足の下に活路を見出し、肩に乗せたままの大剣を振り切る。同時に身を屈ませて足の下を転がるようにして飛び込む。
硬い手応え。一本の足を跳ね飛ばした感触があった。
俺への攻撃の失敗を悟った蜘蛛が急停止。切り飛ばされた足を物ともせず、他の足でバランスを取ると同時に体当たりを仕掛けてくる。
転がった体勢のままでは、その体当たりを避ける術はない。せめて大剣を盾にして衝撃を弱めるしかなかった。遠ざかる景色と、背中に感じる痛み。
弾き飛ばされて、地面に衝突する。焼けた棒を肺に突っ込まれたような苦しさに、咽せ返る。
だが、そんな状態の俺に敵が律儀に付き合ってくれる筈もない。俺を吹き飛ばしたと同時に、再び身を屈めて跳躍からの噛み付き攻撃。
──くそ、速い!
相手の体のどこかに当たれば良いと、手に持った大剣を勘に任せて振り抜く。
【スキル】《剣技C+》のお陰だろうか。勘に任せて振り抜いた大剣が、再び蜘蛛の前足を切り払う。
下から上へと切り上げた大剣。
だが、それが蜘蛛の頭上を襲うよりも早く、蜘蛛の“貫き手”じみた刺突が俺の肩を突き刺す。
思わず取り落としそうになった大剣の柄を片手で握り直すと、そのまま重力に任せた一撃を振り下ろす。
俺の大剣が肩口に突き刺された足ごと蜘蛛を叩き割ろうとし──蜘蛛が咄嗟の判断で距離を取る。
轟音と共に大地に穴を穿つ俺の一撃。
だが、蜘蛛の回避が一瞬早かった。
目玉の半分から緑色の体液を流し、足3本を失いつつも、蜘蛛は未だに戦意を失った様子がない。
威嚇を繰り返しながら、尚も俺の隙を窺っている。
蜘蛛の足ごと断ち切った一撃を放った俺は、かなり危険な状態だった。肩に刺さった蜘蛛足は傷口を抉り、流れる血潮が止まらない。
──時間がないっ!
大剣を垂直に向けると、そのまま全力で地面を蹴り付ける。
渾身の力を篭めた突きが蜘蛛の上体を滑っていく。
焦り故の剣先の乱れ。力んでしまった為に、狙いより僅かに剣先が持ち上がってしまった。蜘蛛を串刺しにする筈の剣先が、蜘蛛の体の上を滑ってしまう。
「くっ……!?」
取り返しのつかない失敗。蜘蛛が肉薄する。
全身のバネを使った突進からの毒の牙が、俺の肩目掛けて襲い来る。
──ここで引いたらっ!!
引けば押し込まれ、組み伏せられる。
何もしなければ、尚悪い。
そう判断した俺は、咄嗟に蜘蛛に向かって体当たりした。
突き出したままの腕が、俺の突進と蜘蛛の体に挟まれて嫌な音を立てて折れる。
蜘蛛の毒牙から逃れる唯一の方法だったとは言え、犠牲が大き過ぎる。
だが、悲鳴を上げる間もなく、俺は握っていた剣を引き戻す。
蜘蛛の間合いの内側。この至近距離なら蜘蛛の脚も自由には振るえない。
鋼鉄の大剣を片手で操り、蜘蛛の頭に叩き付けた。
「キシュァァー!?」
初めて感じる痛みなのだろう、戸惑ったような蜘蛛の悲鳴。
本来なら両手で扱うべき大剣は、やはり片手では威力を十分に発揮出来なかった。叩き付けられた剣は頭を両断することなく、その表面で止まっていたのだ。
──遠慮するんじゃねえよ! もっと味わいやがれェ!
折れた腕を両刃の大剣に押し当て、蜘蛛の頭に押し付ける。
飛び散る緑色の体液が俺の体を濡らす。同時に、俺の肩から流れ出した青い血が蜘蛛の頭を染めていく。
「ぐ、ぬううあああアアああ!!」
渾身の力を込めて、大剣を蜘蛛の頭に押し込んでいく。
瞬間、腹に激痛を感じると同時に俺は吹き飛んでいた。
蜘蛛が横薙ぎに払った前足で弾き飛ばされたのだ。
「ぐ、はっ!」
青黒い血が、俺の口から溢れて落ちる。
──今が好機だっ!
残った片腕で体を支えると、迫り来る激痛と襲い来る疲労が支配する体に鞭を打って立ち上がる。
剣は、蜘蛛の頭に刺さったままだ。
肝心の得物が無い。
だが、最早そんなことは問題ではなかった。ここまで来たら、武器の有る無し、体格の優劣、種族などはさしたる違いでしかない。
あるのは、ただ、生き残る意思。
相手を殺して、自分が生き残る。生きとし生けるもの全てに刻まれた、原始の本能のみだ。
「ルゥァアアアアァ!」
腹の底から吼える。青い血が噴き出すが、そんなことに構っていられない。
力のままに地面を蹴り飛ばすと、垂れ下がる片腕をそのままに、残った片腕を振りかぶる。
俺の咆哮に蜘蛛が応えた。
ふらつく蜘蛛の、緑の体液塗れの赤黒い目玉が俺を捉える。
「キシュァァ!」
剣を頭に差し込まれたまま、俺目掛けて本能のままに突進を仕掛けてくる。
後はどちらが速いか。
無我夢中で足を動かし、腕を振るう。
それと同時に、蜘蛛が自らの長い脚を伸ばして“貫き手”じみた突きを繰り出してくる。
一瞬、全てが緩慢になり、音は地平の彼方へ飛び去っていく。
──“挨拶代わりの咆哮”を上げ。
──“敵と同じ素手”を使う。
──【スキル】《王者の心得Ⅰ》が発動。
意図せず整った条件に、身体能力が一気に跳ね上がる。
踏み込んでいた足に力が漲り、一気に加速。
振りかぶっていた腕には、纏わり付くような力が集約されていた。
だが、それでも蜘蛛の突きの方が一瞬早い。
森の強者が放った一撃は、それ程までに高速だった。
俺の頭を狙った一撃。俺はもう攻撃態勢に入ってしまっていて、止まることが出来ない。
「アアあああア!」
死に物狂いで頭の位置をズラす。
敏捷性を最大限に発揮し、筋力をこれでもかと振り絞る!
額の横に走る熱。
未だだ──!
こいつを仕留めるには、後一歩分の間合いが足りない。
直後、視界の隅に横薙ぎに振るわれる蜘蛛の前脚が見えた。
当たれば、今までの全てが無駄になる。体力は殆ど無い。流し過ぎた血は、俺の体温すら下げつつある。
だが。
それを無視して、尚一歩、蜘蛛に踏み込む。
辿り着いた俺の間合い。全身の力が収斂された腕を蜘蛛の頭目掛けて一気に振り下ろす。
「オオォオアァアアア!!」
気合一閃。
地響きと共に蜘蛛の頭を地面に叩き付けた。
めり込んだ拳は、蜘蛛の頭を貫通して地面に突き刺さったままだ。
「はぁ……、はぁ……」
音と時間が戻ってきた。
「はぁ……、はぁ……」
地面に頭を縫い付けられた巨大蜘蛛はぴくりとも動かない。
聞こえるのは、自分自身の荒い息遣いだけ。
感じるのは、炎のように全身を焼く痛みと疲労。目は掠れ、頭は何も考えられない。
だが──。
「勝った、ぞ……!」
俺はそのまま意識を失った。
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レベルが上昇。
45⇒99
【スキル】《死線に踊る》を獲得。
致命傷を負う確率が減少(小)
体力が3分の1で、筋力・機敏性が20%向上。
体力が5分の1で30%向上。
体力が10分の1で40%向上。
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