第1話『教室の隅の青』
教室の窓際に、誰かの青が落ちていた。
青──空の色よりも淡く、でも確かに存在する色。私は思わず手を伸ばした。指先に触れた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。見覚えのある、切なさに似た感情が、ふわりと浮かんだ。
「……葵、何してるの?」
横から声がした。大倉翔子。クラスの人気者で、笑顔が眩しいけれど、どこか影を抱えている子だ。
私は慌てて色を手のひらに隠した。
「え、あ、えっと……ただの落とし物だよ」
翔子は不思議そうに首を傾げるが、何も言わずに席に戻った。
その日の放課後、図書室で色のことを考えていた。
なぜ私は、普通の人には見えない色を見たのだろう──。
その時、本棚の隙間で、また別の色が揺れているのに気づいた。
それは淡い赤。誰のものかはわからないけれど、確かに悲しみを帯びた色だった。私はそっと手を伸ばした。
指先に触れた瞬間、目の前に翔子の顔が浮かぶ。舞台で震えている彼女、無理に笑う彼女、そして誰にも言えない孤独。色は、感情を映す鏡なのだと直感した。
「……拾えば、楽になるのかな」
私は小さく呟いた。そうして私は決めた──この“色”を集めて、誰かの心を少しずつ軽くする、放課後だけの小さな活動を始めよう、と。
次の日、私は友達に声をかけた。
「ねぇ、私と一緒に、色を拾わない?」
こうして「色拾い部」は、放課後の図書室で静かに、でも確実に動き始めたのだった。