5.エイデン様の目標
ついに恐れていた時が来てしまった。
私が14歳になる年、ひとつ上のエイデン様は王立学園に入学するため王都にある伯爵家のタウンハウスに移り住むのだ。
寂しい……。
癒やしをもらうためにココを一心に撫でる。結構しつこく撫でてるけど嫌がることもなくそっと寄り添ってくれてる。妹と思ってたけど、いつの間にかココは優しい姉のようになっていた。
「使用人としてでもいいからついて行けないかしら……」
私が真剣に呟くと、里帰り中の姉(本物)の「貴女、何を言ってるの?」と冷静な声色が背後から聞こえてきた。
7つ上の姉は学園を卒業後、王都で出会った伯爵様と結婚した。少し年上だけどとても大切にされていて幸せそう。今は待望の赤ちゃんがお腹にいる。私ももうすぐ叔母様になるのだ。ちなみに兄とヘンリー様は大学へ進学し、まだ王都にいる。
「だって、エイデン様とは子供の頃からずっと近くにいられたのに……」
「今だってそんなに会えて無いでしょう?それよりも1年後、学園でがっかりされない成績がとれるように頑張りなさい。学園に通うようになれば、今までよりも会えるようになるんだから」
「お姉様!!!」
私は姉の手を勢いよく両手で握りしめた。ココが少し驚いて腰を上げた。ごめんね。
けど、素晴らしい助言ですわ!王立学園で過ごす一緒の時間が、この恋の長期戦を制すための重要な転換点となるのですね!
「ありがとうございます!私、頑張ります!!」
姉はぽかんとした顔をしたけど、すぐに楽しそうに微笑んだ。
「貴方が元気になってくれたのなら嬉しいわ。応援してるから頑張ってね」
「はい!」
ふたりで顔を見合わせて笑った。ココも戻ってきて足元に座ったので首を撫でた。
姉はお腹を擦りながら、「この子が貴女に似ると大変だけど楽しそうだわ」と言ったので、「どんな子でもめいいっぱい可愛がりますわ」と笑った。
そして今日は、エイデン様の送別パーティーだ。明日には王都へ行ってしまう。頑張ると決めたけど、やっぱり寂しい。
伯爵家のホールに入ると王立学園の制服姿のエイデン様が立っていた。白い縁どりのされた紺色のジャケットがお似合いだ。黒髪だから何でもシックに着こなせるのね。
「素敵です!制服姿を見せてくださるなんて、嬉しいですわ」
「……早めに届いたからな」
小走りに近寄っていくとエイデン様が眉間にシワを寄せた。……少し声が大きかったかしら。私は淑女らしく微笑んだ。
「エイデン様にお祝い申し上げますわ」
四角の薄い包みを渡すと、すぐにリボンを解いて包みを開いた。中には私が描いたココの絵が入っている。身近なところに置いてほしいから小さめの額にしたけど、時間をかけて細かく描き込んだ力作だ。
「……上手いな」
エイデン様が褒めてくれた。
「気に入ってくださったのなら何枚でも描きますわ」
「いや、これでいい。ありがとう」
エイデン様がお礼を言ってくれた。嬉しい。
「ちゃんと飾ってくださいね。忘れたら嫌ですよ」
「わかったわかった」
私が詰め寄るとエイデン様は額を持っていない左手で私の頭を抑えた。それ以上近づくなってこと!?むぅっとした顔をすると、手が離れるときにふわりと頭を撫でてくれた。……何だかズルイわ。
和やかなパーティーがお開きになり、残ったのは伯爵家の方々と私の家族だけになった。そろそろ帰らないといけないのね。明日にはエイデン様はいなくなってしまうのだわ……。しょんぼりしていると、エイデン様が口を開いた。
「父上、私は卒業後、王宮事務官を目指すつもりでいます」
その言葉に一瞬だけ場が静かになる。伯爵様は鷹揚に頷いた。
「そうか。しっかり学ぶといい」
「はい。行ってまいります」
エイデン様が礼をすると皆が拍手をした。私ももちろんしたけど、父だけは奥歯を噛みしめたような顔をしていた。何故?
王宮事務官登用試験は毎年数名しか通らない難関だ。優秀さはもちろん、信頼される人格も問われると聞いたことがある。身分に関係なく選ばれるため、嫡子ではない貴族には目指す方も多いらしい。
エイデン様はそれに挑むと宣言したのだ。やっぱり素敵だわ。
「エイデン様なら必ず!応援しますわ」
私が言うと、エイデン様は少しだけ柔らかく微笑んだ。絵に描き残したい。
その後、何故かエイデン様を睨みつけて帰ろうとしない父を引きずって馬車に乗り込んだ。
帰路の途中、母が「貴女もエイデン様に相応しくあるように頑張りなさい」と言ってきた。そんなことを言われたのは初めてだったので目を丸くすると、父を横目で見ながら続けた。
「王宮事務官であればメリッサの嫁ぎ先として申し分ないものね」
「本当ですか……?」
私が縋るように父を見ると、ほとんど口元を動かさずに「そうだな」とこたえた。
エイデン様と結婚できるかもしれない……。それからしばらくの間ふわふわした気分になってしまい、なかなか眠りにつくことはできなかった。
次の日、エイデン様はひとり、王都へと旅立っていった。
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