4.兄弟の思い
私が12歳になる年の春、3つ上のイアン様が王立学園でなく、騎士の養成所に入ることになった。厳しい選抜試験に見事合格したのだ。
今日はウェスティン伯爵家のお祝いパーティーにお呼ばれしている。両親と春休みで王都から帰ってきている兄も一緒だ。
会場になっている伯爵家の庭に出ると、エイデン様と並んで真新しいダークグレーの騎士服のような制服を着たイアン様がいた。真っ赤な髪にとてもよく似合っている。
「凄い、騎士様みたい!」
私がそう言うと、イアン様はニカリと笑った。15歳になるイアン様はずいぶんと背が伸びて、エイデン様より頭ひとつ分くらい高い。
体つきも逞しく、ずっと鍛錬を重ねてきたのがわかる。棒を振り回していたやんちゃな男の子とはもう違うのだ。
「イアン様も王都に行ってしまうんですね。ココが寂しがります」
「そうか、寂しいか!」
イアン様は両手で私の頭をガシガシと撫でた。ココにするのと同じ手つきだ。こういうところが駄目駄目なのだ。
「ちょっ、寂しがるのはココでっ!私じゃありません〜」
私が必死に抵抗すると「そうかそうか」と笑って手を離した。髪がボサボサだ……。しょんぼりしていると、隣から手が伸びてきて優しく指で髪を梳いてくれた。顔を上げればエイデン様の顔がすぐ近くにあった。
「ひゃあ」という叫び声は心の中になんとかとどめた。……髪を乱したことは許してあげますわ、イアン様。
「……直らないな」
エイデン様の声は最近ますます低くなって、聞くとなんだかそわそわする。雰囲気も元々落ち着いてるけど、きっとこれからどんどん素敵な大人の男性になるんだわ。私、大丈夫かしら?
「髪を整えてくるといい」
そう言って近くにいたメイドに目配せし、私はそのまま屋敷の中に案内された。
伯爵家の一室で髪を直してもらう。二十代前半のメイドとふたりきり。そう言えば伯爵家の使用人とこんな風に話す機会なんて無かったわ。
「あの、聞きたいのだけど」
「はい」
「エイデン様のお好みって知ってるかしら」
それまで仕事中らしく微笑んでいた顔がキョトンとする。
「お好み、でごさいますか?」
「そう、エイデン様のお好きな女性のタイプとか、こっそり好きなものとか、何でもいいの」
私が鏡越しにお願いするとメイドは困った顔をした。そうそう雇い主家族のことは言えないわよね。けどここで引けない。
「たとえば大人びた方がお好みとか?」
「え!?それは無いかと思いますが……」
「そうなの?ではどんな方がお好みなのかしら?」
「私には分かりかねます」
メイドがにっこりと微笑んだ。これ以上は無理ね……。けど大人びた女性が好みではなくてよかったわ。私は違うから。
気がつけば髪はくせ毛をいかして緩く編まれたハーフアップになっていた。いつもと違うから少し嬉しい。
「素敵だわ。ありがとう!」
私が素直に喜ぶとメイドも嬉しそうに笑ってくれた。私は急いでエイデン様のもとに向かった。
庭に戻るとエイデン様は木陰で飲み物を飲んでいた。視界に入れるように目の前に回り込んで立つ。
「エイデン様、髪を綺麗にしてもらえました。どうですか?」
私がくるりと回って見せると、周りの人達の視線が集まる。みんな私達を微笑ましそうに見ているわ。エイデン様は眉間にシワを寄せた。
「いいんじゃないか。いつもと少し違う気がする」
「はい!ありがとうございます」
いつもと違うことに気づいてくれるなんて流石だわ。褒めてもらえたし、この髪型うちのメイドにも覚えてもらおう。私がにこにこしているとイアン様が近づいてきた。
また頭をぐしゃぐしゃにされたら堪らないからエイデン様の陰に隠れるけど、イアン様は気にする様子もなく快活に笑った。
「お前達、ちゃんと食べてるか?デカくなれないぞ」
そう言われても私の身長は年相応だ。エイデン様は少し小柄かも知れないけど、姿勢が良くて素敵だからいい。
「食べてますよ。イアン兄上ほどは大きくなれませんが」
「エイデン様は食べたものが頭脳に行ってるんですわ」
「そうかそうか!確かにエイデンは賢いからな。良いことだ!これからもお互い頑張ろうな」
「そうですね」
イアン様は右手を差し出し、エイデン様と握手を交わした。もしかしたら嫡男ではない者同士、考えることもあるのかしら……。
エイデン様には継ぐべき家督はない。
私は、この先もエイデン様と一緒にいるためにはどうしたらいいのだろう?平民になるかも知れないなら、やっぱり料理とか掃除とかできた方がいいわよね。
家に帰ってメイドに教えてほしいとお願いしたら、後日、両親にもエイデン様にも「今は、やるべき勉強をしっかりしなさい」と言われてしまった。
……ソウデスネ。
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