9.狙えるなら本丸から
入学して1ヶ月以上経ち、学園生活にもずいぶん慣れてきた。昼休みにアンナと並んでカフェテリアに向かう。
「今日は天気がいいからテラスがいいかしら」
窓の外のテラス席を見ると、予約席になっていた。大きめの白いテーブルが用意されていて十人くらいは座れそう。昼休みに予約するなんて珍しいわね。そう思いながら窓際のテーブルにランチののったトレイを運んで座った。
程なくして遠目にも華やかな女子生徒のグループが現れた。楽しそうに話しながらトレイをそれぞれに手にしていく。
「2年生の侯爵令嬢だわ。カフェテリアをお使いになるなんて珍しいわね」
アンナも気づいたようだ。学園には高位貴族用のサロンがあって、侯爵家の方はそちらを利用することがほとんどだ。人目を引く一団はテラスの予約席に進んでいった。トレイを運んでいても優雅だわ。
「もしかして、2年の高位クラスの方々じゃない?」
「え?だって派閥だって当然あるでしょう?それなのにご一緒してるの?」
アンナの言葉に驚いていると、テラス席の方々が何かに気づき笑顔で手を上げた。視線の先を追うとそこにはノーステリア伯爵令嬢がいらっしゃった。制服姿も素敵だわ……。トレイを手に嬉しそうに微笑んで少し早足にご友人達のもとに向かう。
ノーステリア様が加わるとテラス席は一層華やいだ。どの方も楽しそうに話しながら食事をはじめる。
「いいな……」
私は思わず呟く。アンナとふたりでも十分楽しいけど、せっかく同じクラスにいるのだから皆とあんな風に話してみたい。
「ノーステリア家は派閥に属さない珍しい家だし、たまたまそういった柵が少ない方々が揃ってるのかもしれないわね」
アンナの言葉に私は「そうね」と頷いた。
放課後、エイデン様を探して図書館に向かう。用事がなければそこにいるはずだから。
高い天井まで書架が重なった館内は重厚な静けさが漂っていて、自然に足音を忍ばせてしまう。窓際に並んだテーブルの一角にエイデン様の姿を見つけた。
数冊の書物とノートを開いて勉強しているみたい。静かな室内に溶け込むような雰囲気に遠くからでも見惚れてしまう。
少し離れた斜め向かいの席にそっと座る。静かに伏せられた黒い瞳を眺めるのが子供の頃から大好きだった。あの頃より少し大人になったエイデン様と図書館の雰囲気があまりにもお似合いで、なんだか幸せな気持ちになってしばらく眺めた。
「お前も来ていたのか」
頭上から低い声がしたので顔を上げる。エイデン様が私の側に立って見下ろしていた。眺めているだけではいけないと手持ちの本を読み始めたらうっかり入り込んでしまったわ。
「はい。勉強は終わったんですか?」
私が声を抑えて返すと、寮の夕食の時間までと言ってカフェテリアに誘ってくれた。
私がとりとめのない話をしている間、エイデン様は頷きながら聞いてくれる。返される言葉は短いけど、眉間にシワを寄せたり、目元が少しだけ和らいだり、ちゃんと話を聞いてくれてるのがわかるから楽しい。
昼間に見たノーステリア様達のことを思い出し、「2年生の高位クラスは派閥が無いなんて羨ましいわ」と言うとエイデン様から驚くべき言葉が返ってきた。
「いや、うちのクラスは本来ガチガチの三つ巴だぞ」
「え?……だって、皆さんとても楽しそうにしていたわ。遠くからだけど派閥間の駆け引きのようなものはまったく感じなかった」
「そうだな。1年の頃からあんな感じだ」
「どうして?ズルイわ!」
私が理に適わない文句を言うとエイデン様は眉間にシワを寄せた。
「あいつだよ。入学してすぐに女子生徒皆に挨拶をし続けてた。最初は何か思惑でもあるのかと思ってたが、どうやら本気で皆と仲良くしたかったようだった。毎日にこにこ話しかけてるうちに、気がつけばあの状態になっていた」
「あいつってノーステリア様?」
エイデン様が頷く。そんなこと、できるの?
「……ノーステリア様ってやっぱり凄いのね」
「ある意味凄いな。おそらくだが皆、学園にいる間くらいは家の柵に拘らずに楽しもうと思うようになったんだろ。女子生徒達が機嫌がいいお陰か、クラス全体が平和だ」
「いいですね……」
もしかしたら私にもできるかしら?毎日挨拶して少しだけでも話しかける。身分に差はあるけど、平等をうたう学園内だったら許されるわ。きっと大丈夫。
「ふふ……」
密かに闘志を燃やす私を眺めながら、エイデン様は少し困ったように頬杖をついた。
次の朝、私はアンナに言った。
「ノーステリア様を見習って、私もクラスの皆さんに話しかけてみようと思うの。皆が仲良くなれたらきっと楽しいわ!」
「それは、いいけど。無理しては駄目よ」
「大丈夫。まずはエイブラムス様からね」
私が一番高貴な公爵令嬢から声をかけると言うとアンナが目を丸くした。
「こういうのは警戒される前に攻めたほうがいいと思うの。狙えるなら本丸からよ。それにエイブラムス様は生徒会役員だからノーステリア様のこともご存知だし、きっと話が早いわ!」
アンナが何と言うべきか迷ってハクハクと口を動かしているうちに、クラスにエイブラムス様がご友人達を伴って入ってきた。早速私は立ち上がる。
「おはようございます。エイブラムス様」
私が近づいてにこやかに挨拶するとご友人達は眉を顰めたけど、エイブラムス様は高貴な猫のような緑の瞳を私に向けて、「ごきげんよう、オルセン様」と返してくれた。やったわ!
「私、皆様と仲良くなりたいんです。エイブラムス様ならノーステリア様のクラスの皆様のことご存知でしょう?」
少しずつ話しかけるという当初の計画はそっちのけで最終的な望みを言ってしまった。エイブラムス様は驚いた顔で長い睫毛をぱちぱちと動かした。大人っぽい方だと思ったけど少し可愛らしく見えるわ。いける。
「学園にいる間だけでもいいので皆で仲良くしませんか?高貴な方に取り入りたいとか、家に迷惑をかけたい訳ではありません!ただ、偶にご一緒にランチしたり、流行りのカフェに行ったり、今日の髪型可愛いわね〜なんて言いあったり、したいんです!きっと楽しいです!」
勢いに乗って言ってしまった。エイブラムス様の意志の強そうな瞳が私をじっと見つめてくる。……やっぱり少し怖いかも。早々に提案を取り下げてしまおうかと迷っていると、エイブラムス様の口が弧を描いた。
「楽しそうね」
「! それなら今度カフェテリアでのランチにお誘いしてもよろしいですか!?」
「構わなくてよ。楽しみにしてるわ」
エイブラムス様が微笑んでくれた。少し雰囲気が和らいだ笑顔は上品な子猫のように可愛らしい。思わず見惚れてしまった。
「アンナ、上手くいったわ!」
エイブラムス様達が席に着くのを見送ってから振り返ると、アンナが真っ白な顔で微笑んだまま固まっていた。そんなにマズいことしてなかったわよね?
それからは簡単ね!と思ったけど、対立派閥の者同士なかなか警戒は解けず、7人揃ってのランチを実現できたのは夏休み直前だった。
警戒されている相手に毎日笑顔で挨拶し続けるのは思ったよりも大変だったわ……。ノーステリア様の偉大さを痛感した。
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