プロローグ
よろしくお願いします。
16歳の冬、私は子供の頃から大好きだった彼の婚約者になった。
彼はエイデン・ウェスティン伯爵令息。真っ直ぐな黒髪に黒い瞳。男性にしては背は高い方ではないけど、いつも姿勢が良くてその眼差しはとても凛々しい。1つ上の彼は気がつけば私の視界の中にいた。
私はオルセン子爵家のメリッサ。7つ上の姉と5つ上の兄がいる末っ子で、髪は父譲りのふわふわした薄茶色、瞳は淡い橙色。
お互いの両親が友人で子供の頃からの付き合いだったのに、婚約がこの年になってからだったのは理由がある。エイデン様が三男だからだ。結婚しても継ぐべき爵位もないのでふたりして平民になるのを、私の父が良しとしなかった。
そんななかエイデン様は、貴族の子女達が通う王立学園で常に首席であり続け、生徒会役員として活躍し、毎年数名しか登用されないと言われる難関の王宮事務官への学園長推薦を見事いただいたのだ!
父もついに私達の婚約を認めてくれることになった。
そして今はウェスティン伯爵家で婚約誓約書にサインをしようとしている。ペンを握る父の薄茶色のふわふわの髪が小刻みに揺れている。とっととサインしてほしいのに……。
「お父様、お相手がエイデン様なら結婚しても会いたいときに何時だって会いに来られますわ」
私の言葉に父が顔を上げる。少し垂れた茶色の瞳がうるうるしている。
「本当か?エイデン君……」
「……そうですね。メリッサ嬢が望むのであれば何時でも歓迎します」
エイデン様が眉間にシワを寄せて父を安心させる言葉をくださる。凛々しい上に優しい。
「そうだな、確かに、相手がエイデン君なら……」
父はブツブツ独り言を言いながら渋々とサインを終え、私達は書類上婚約者となった。泣き笑いのような顔をしている父以外は、みんな苦笑いだ。
――ついにこの時がきたのね。
私が静かに立ち上がると、みんなの視線が集まる。私はエイデン様に視線をあわせて微笑んだ。
「これで私達は書類上の婚約者となりました。しかし!私は婚姻の日までにエイデン様からの『感動的なプロポーズ』を要求します!」
最後はエイデン様を指差しながら言いきると、エイデン様はポカンと口を開けた。そんな顔をして、可愛い。
「……………………は?」
直ぐに持ち直して眉間のシワを深くして睨みつけてきたけど、父の反応の方が早かった。
「そうだ!子供の頃からメリッサばかりがエイデン君に好意を告げてきた。エイデン君から娘が感動して泣いてしまうようなプロポーズが無ければ、婚約は解消だ!」
「何を……」
「その通りね!エイデン、貴方当たり前のようにメリッサちゃんを娶ろうとしてるけど、男性としてきちんと想いは伝えなくてはいけないわ」
エイデン様のお母様も同意してくださったわ。何かを言いかけたエイデン様は溜め息を吐いてから立ち上がった。
私は手のひらを向けてそれを制止する。
「エイデン様、今は結構です。後日きちんと考えたものをお願いします」
きりりとした顔で言うと両親達は面白そうに拍手をし、エイデン様は椅子にドカリと腰を下ろし、深い深い溜め息を吐いた。
お読みくださり、ありがとうございました。