1.初恋の始まり
ウェスティン伯爵家へは幼い頃から兄と一緒に遊びに行っていた。兄の名はワイアット。私と同じく父譲りのふわふわの薄茶色の髪で、出かけるときはいつも手を繋いでくれる優しい人だ。
伯爵家には男の子が3人いて、長男のヘンリー様は兄と同じ歳で私より5つ上、次男のイアン様は3つ上、ふたりとも伯爵様譲りの鮮やかな赤い髪。末っ子で1つ上のエイデン様だけがお母様譲りの黒髪だ。
幼い頃は5人で遊んでいたけど、そのうち兄とヘンリー様は一緒に勉強したり話すことが多くなり、私とエイデン様はイアン様に庭へ連れ出されるようになった。燃えるような赤髪のイアン様は見た目通り元気な男の子で、遊び方も少し乱暴だからついていくのが大変だった。
そのうち物静かなエイデン様は庭に本を持ち出すようになり、私も隣で読書するようになった。
私が5歳になったある日、庭で棒を振り回していたイアン様が読書中の私達に話しかけてきた。
「俺は将来、騎士になるんだ!」
棒を片手にどうだと言わんばかりの顔で見下ろしてくる。エイデン様は眉間にシワを寄せてイアン様を少し見上げたあと、興味がないかのように本に視線を戻した。
私がお相手しないとだわ。確かに体力もあって運動が好きなイアン様にはぴったりかも。私はにっこり笑って見上げた。
「イアン様は騎士様になるんですか!それなら大きくなるためにたくさん食べないといけませんわね!」
私が最近母に言われていることを言うと、イアン様は得意気に胸を反らした。
「まあな。でもたとえ体がでかくなくたって強くなれるさ。物は使いようなんだよ。ほら、読むだけにしか使えない本だってこうすれば武器になる」
そう言って私の手から読みかけの本を取り上げ、縦に持ち直してから、私の隣に座って静かに本を読んでいるエイデン様の頭上に振り下ろした。
――――コッ
短く硬い音に目を見開くと、俯いていたエイデン様がそのままぱたりと芝生の上に倒れた。
「え?おいっ!?」
イアン様が焦った声を出してるけど、私は倒れて動かなくなってしまったエイデン様から目が離せない。綺麗な黒髪から真っ赤な血が滲んでくる。
「きゃああああああああっ!!!」
自分の口から出てるとは思えない叫び声をあげ、泣きながらそのまま気を失ってしまった。
目が覚めたら自分のベッドだった。……エイデン様は死んでしまったかも。じんわりと涙が出てくる。めそめそと泣いていると部屋に母が入ってきた。
「メリッサ、目が覚めたのね。……あらあら、怖かったわね。もう大丈夫よ」
ベッドに腰を下ろして優しく頭を撫でてくれるけど涙は止まらない。
「エイデン様は?」
「心配ないわ。大した怪我では無かったようよ。……イアン様も貴女に謝りたいって言ってるわ。きっと貴女に相手にしてほしくて間違えてしまったのね」
イアン様と聞いて体が冷たくなる。本を片手に得意気に見下ろしてくるイアン様と、うつ伏せのまま動かなくなったエイデン様が目に浮かぶ。
「い、嫌……。イアン様に会いたくない。怒ってないからって言って!それよりエイデン様は?倒れてね、ぜんぜん動かなかったの……」
またポロポロと涙が溢れ出す。「大丈夫よ」と繰り返してくれる母に必死に抱きつく。そのまま泣き疲れてまた眠ってしまった。
それから、ウェスティン伯爵家には兄だけが遊びに行くようになった。
ある日、家に伯爵家の馬車がやってきた。「お迎えしましょう」と母に促されたのでエントランスまで行くと、馬車からエイデン様が降りてきた。
「エイデン様!」
思わず声を上げて駆け寄る。エイデン様は私を見て眉間にシワを寄せた。ふた月も経ってないのにずっと会えてなかったみたいに嬉しい。
「お怪我は大丈夫ですか?私……、」
そこまで言いかけたところでエイデン様が腕に抱えてるものに気づいた。薄茶色のふわふわした毛の塊。私がじっと見つめるとエイデン様がそれを抱き直して顔を見せてくれた。
「うちの領地で生まれたんだ。子爵に聞いたらいいと言われたから連れてきた」
焦げ茶色の丸い目と目があう。舌を出してエイデン様の腕の中で少し身動ぎした。子犬だわ!慌てて振り返って母を見ると、にっこりと頷いてくれた。もう一度子犬を見る。
「エイデン様、この子を貰ってもいいんですか?」
「そうだな。可愛がってくれるか?」
「もちろんです!大切にしますわ!」
私が笑うと、エイデン様は片方の口角を上げて少しだけ微笑んだ。
子犬を抱いたエイデン様を屋敷に招き入れると、部屋には既に子犬用のサークルが用意されていた。
エイデン様にラグの上に座るよう言われたので素直にそうすると、膝の上に子犬をそっと乗せてくれた。温かい体温が伝わってくる。背中を撫でると思ったより硬い毛の感触がする。けどフカフカだ。可愛い。
「名前をつけないとな」
エイデン様の声に私は子犬から目を離さずにこたえる。
「男の子ですか?女の子ですか?」
「雌だな」
女の子……。子犬を撫でながら考える。大人しくしてるけど尻尾だけはパタパタと元気に動いている。焦げ茶色の目と鼻、あったかくてなんだか優しい……。頭の中に大好きなココアが浮かんだ。
「『ココ』ってどうですか?」
「ココか……、いいんじゃないか?よかったな、ココ」
エイデン様が私の膝の上のココに手を伸ばして撫でた。私はあらためてお礼を言おうと思い顔を上げ、目を見開いた。
エイデン様が笑っている!ココを見る目は穏やかに細められ、口元は楽しそうに弧を描いている。
私が見惚れていると、視線に気づいたエイデン様が私を見た。黒い瞳が優しく笑う。
「たくさんいる中でコイツを選んだのは、お前の髪にそっくりだったからだ。妹みたいで可愛いだろ?……どうした?お前も撫でて欲しいのか?」
くすりと笑って、空いている方の手で私の頭を撫でてくれた。私の中で何かが聞いたこともない音を立てて駆け巡った。
私はこの瞬間、明確に疑いようもなく恋に落ちたのだった。
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