閑話「同人作家先生」
久しぶりに現実世界日間ランキング1位になりました。
応援ありがとうございます。
「チョバム、エンジン。本当にやるの?」
「もちろん、本気でござるよ」
「小田倉氏は、某たちの生きざまを見てるが良い。ですぞ!」
この日、オタク君はチョバムとエンジンと共に、いつものように同人誌の即売会イベントへと来ていた。
大きなイベントから、小さなイベントまで。
何度も同人誌の即売会イベントを経験し、酸いも甘いも味わってきた彼ら。
そんな彼らが、新たな扉を開こうとしていた。
オタク君、チョバム、エンジンたちが息を呑み、同人即売会のあるブースへと足を運ぶ。
売り手も買い手もにこやかな空気のイベント会場において、ここだけが異質の空気を放っていた。
【出張漫画編集部】
漫画家、イラストレーター、小説家。
創作を志す人間が、自らの才能を試す場所を言っても過言ではないこの空間。
壁際に等間隔に並べられた長机が数個。その後ろにはどこも企業の名前の入った大型のポスター。
そして、そこに2人1組で座るこの人たちこそ、編集者と呼ばれる人たちだ。
長机の前には、パイプ椅子が数脚置かれており、まるで人気サークルのようの列をなして座っている。
ここで座って順番を待つほぼ全ての人間が、プロを志している人たちでいる。
「整理番号貰って来たですぞ」
「拙者たちは3人だから、代表者だけ座っておくでござるな」
「それで、なんで僕が座らされてるの?」
話は少し前に遡る。
部室でいつものように、同人誌の即売会イベントに出る話をしていたオタク君たち。
もはや慣れたもので、かつてのようにアホほど大量に刷るまねはしなくなった。
必要に合わせた部数をちゃんと話し合い、後はどこに挨拶をするか。
話と言っても、その程度で終わる。はずだった。
「ところで小田倉殿。エンジン殿。実は拙者気になっているところがあるでござるよ」
「別に行ってくれば良いですぞ?」
「設営なら僕とエンジンだけでも足りるから、サクチケで並びに行っても良いよ」
オタク君とエンジンの言葉にニッコリ顔のチョバム。
チョバムの嬉しそうな顔を見て、ほっこり顔のオタク君とエンジン。
「ちっが~うでござる!」
が、急に豹変し、チョバムが机を叩く。
流石に意味不明過ぎて、オタク君もエンジンも驚いてビクつく。
「拙者が気になっているのは、スバリここでござる!」
そう言って会場の地図を指さすチョバム。
彼が指さした場所がそう、出張漫画編集部であった。
「出張漫画編集部?」
「噂の、持ち込みが出来るっていうあそこですかな?」
「そう、同人誌の持ち込みが出来るあそこでござる」
実際は同人誌以外にも、小説やネーム、企画書も持ち込みが出来るのだが、それは普段から足を運ぶ人間でもないとあまり知られていない事実。
名前も【出張漫画編集部】とあるので、漫画だけのイメージが強いせいもあるだろう。
そんな出張編集部に、チョバムが同人誌を持ち込もうと言い始めたのだ。
「それって、プロを目指すって事?」
「いや、その、プロを目指すっていうか、拙者たちの今の実力が知りたいなっいうか、なんかそんな感じでござる」
オタク君の言葉に、もじもじと恥ずかしそうに体をくねらせながら言い訳のような言葉を続けるチョバム。
プロを目指したいなんて、誰もが思う事。だが、口にし、もし玉砕すればメンタルに大きなダメージを受ける。
だから、チョバムのような言い訳じみた言い方をしてしまうのは仕方がない事である。
理解はするが、見ているオタク君としてはちょっとイラっとしてしまうが。
「ま、まぁチョバム氏がそこまで言うなら、某もちょっとくらいは付き合っても良いですぞ」
「エンジン殿から許可も取れた事だし、一緒に行くでござるか」
「そうですな。一緒に作ったんだから、一緒に行こう。ですぞ」
イェーイとハイタッチを決めたチョバムとエンジン。
言い方はともかく、プロを目指したいと言い始めたなら、友人として応援したい気持ちがある。
「二人とも頑張って、僕も手伝うから」
なので友人として、純粋な気持ちで手伝いを申し出たオタク君。
ちなみにオタク君の手伝うは、彼らが出張編集部に行っている間、サークルの売り子兼お留守番である。が。
「なんで僕まで?」
「某とチョバム氏だけでは怖いですぞ」
「小田倉殿も、手伝うって言ってくれたでござろう」
「言ったけどさ……」
押し問答しても仕方がない。大きなため息を一つついて諦めるオタク君。
まぁ、そんな風に装っているオタク君ではあるが、彼も彼で気になっていたりする。出張編集部が。
漫画やアニメの知識でしか知らない編集部への持ち込み。それを間近で見れるのだ。
しかも自分は蚊帳の外という安全地帯で。
順番が近づくにつれ、顔を青くするチョバムやエンジンとは裏腹に、ワクワクが止まらないオタク君。
自分たちの前の人が席を立つと、編集者の男性が顔を上げ、口を開く。
「番号25番の方。どうぞ」
「はい」
自分たちの番号を読み上げられ、席を立つオタク君。
その後を、まるで判決を言い渡される囚人のような顔でチョバムとエンジンがついていく。
「えっと、3人組で1組、という事でしょうか?」
オタク君達を見て、編集者が一瞬驚いた表情を見せる。
原作者と漫画家のコンビは見かける事は多いが、3人組で作っているのはあまり見かけない。
あまり見かけはしないが、居ないわけではないので対応も落ち着いた物である。
「は、はいですぞ」
「それでは代表者の方が座って頂いて宜しいでしょうか」
「分かったでござる」
元気よく返事をしたチョバムが、オタク君を席へと無理やり座らせる。
オタク君、当然の困惑顔である。
安全地帯を歩いていたつもりが、いきなり最前線に立たされたのだ。
多少は関わったとはいえ、自分の作品ではない。なので何かを言われてもダメージを受ける事はない。
が、それはあくまで後ろで見ている時の話である。
編集者と対面に座らされたオタク君。
「宜しくお願いします」
もはやただの挨拶をしただけで、緊張はマックスである。
「そうですね。話をする前に、雑談でもしましょうか」
「あっ、はい!」
「最近はどんなアニメが好きです? あぁ、漫画やゲームでも良いですよ」
「拙者は今朝マジカルくるりんを見て来たでござる」
「ばか、好きな作品聞かれてるんですぞ。某は付与チートが好きですぞ」
「あぁ、付与チート面白いですよね。うちの作品の読者とは、ありがたいです」
「つ、次は小田倉殿でござるよ」
「え、僕。えっとギャル恋かな」
オタク君達が緊張しているのを理解した編集者が、まずは好きな作品を聞き、自分もその作品の感想を語る。
自社の作品だったら、その作品が立ち上がるまでにこんな裏話があったと話しながら。
雑談の効果もあり、良い感じに緊張が解けてきたオタク君達。
そこで本題が始まる。
同人誌をパラパラとめくる編集者。
早い速度にチョバム、エンジン、そしてオタク君も同じ事が頭によぎる。
(これは、興味がないってことかな)
一瞬で読み終わった編集者を、絶望の表情でみるオタク君達。
そんなオタク君達に、真顔で向き合う編集者。
「まず、初めに、この作品のコンセプト、というか推したいところを聞いても良いでしょうか?」
「あっ、はい。オタクに優しいギャルへのメタとして、ギャルに優しいオタクが面白いかなと思って」
何故か焦ったオタク君が内容について話し始める。
それをチョバムもエンジンも咎めない。何故なら緊張して今にも吐きそうだからである。
時折、チョバムやエンジンが注釈を入れたりをしながら、オタク君の説明が続く。
「なるほど。3ページ目の1コマ目で内容を提示しつつ、12ページ目の最後のコマで綺麗にコンセプトを出してるわけか」
「えっ、あっ、はい」
編集者の言葉に驚くオタク君たち。
一瞬でパラパラ捲っただけだったはず。なのに内容について細かく言及してくるのだ。
読み飛ばしたと思われていたはずが、1コマ単位で覚えており、それについて良し悪しを説明していく。
その後、しどろもどろになりながらもオタク君たちは編集者と会話を続け、20分が経過していた。
「さて、僕の方からは以上だけど、何か聞きたい事はあるかな?」
「いえ、勉強になりました。ありがとうございます」
オタク君と共に頭を下げるチョバムとエンジン。
全員がお腹を押さえ、胃の痛みと戦いながら自分のブースへと戻っていく。
名刺が貰えなくて残念だねと話しながら。
「緊張したぁ。出張編集部はもうこりごりだよ」
「そうですな。小田倉氏、チョバム氏がお礼にジュースを奢ってくれるらしいですぞ」
「喉乾いたから助かる。あっ戻って来たね」
「小田倉殿、エンジン殿、ほいコーラでござる。それと次はこっちの出張編集部に行くでござるよ」
「はっ?」
「お前は何を言ってるんだ。ですぞ?」
「何って、もちろん次の出張編集部でござる、ほら行くでござるよ」
そう、出張編集部は1つだけではないのだ。
1つの出張編集部が終わったら、また新しく整理券を貰って違う編集部に持ち込める。
なので、ジュースを買いに行くついでに、チョバムは整理券を貰いに行っていたのだ。
「いやいや、もう行かないよ!?」
「マジで何言ってるんだですぞ!!」
既に満身創痍のオタク君とエンジン。
ついて行くわけがないだろと必死に言い返す。
「で、結局こうなるのね」
が、「次こそ名刺が貰えるかもしれないでござるよ?」というチョバムの誘惑にエンジンが即座に折れ。
そんなエンジンがチョバムと共に、数の暴力で無理やりオタク君の手を引き。
なんだかんだで、ちょっと楽しかったオタク君がいやいや言いながらついて行く。
この日、オタク君達は結局全ての編集部を周る事になった。
名刺を貰う事は出来なかったが、なんだかんだで楽しい思い出である。
そして、数年後には本当に名刺を貰う事になるが、それはまた別の話である。




