閑話「オタク君のいない2月」
ギャルに優しいオタク君5巻が9月11日に発売です!
是非お手に取ってください。
ちなみに今回の話は委員長END4の優愛とリコのなんやかんやの部分です。
気分が沈みたくない人は読まない方が良いかもしれません。
それは、オタク君の告白から三日後の事であった。
部室でオタク君、委員長、そして優愛、リコ、チョバム、エンジン、めちゃ美が揃った時のタイミングで、一つわざとらしい咳ばらいをするオタク君。
事前に公表する事は委員長には伝えてあったので、咳払いで注目を集めた際に、無言でオタク君の横に立ち、緊張の面持ちでオタク君の言葉を待った。
「実は僕、委員長と付き合う事になりました」
少しだけ間が空き、恥ずかしそうオタク君が言うと、隣で立つ委員長も少しだけ顔を赤らめる。
チョバム、エンジン、めちゃ美はなんとなく予想が付いていたが、優愛とリコにとっては完全に寝耳に水である。
ここは拍手して祝福する場面、なのだが誰も手を叩こうとはしない。というか叩ける雰囲気ではない。
(もうちょっとあるだろ。段階ってものが!!!)
口を開けポカーンとしている優愛とリコ。そしてチョバム、エンジン、めちゃ美も口を開けていた。
付き合っている報告をするにしても、もう少し「こいつら、付き合ってるんじゃね?」みたいな空気を出して、少しずつ小出しにしてから優愛やリコに伝えるものだと思っていたので。
それがいきなりのドストレート。一体全体どういう事だ。恋人が出来て浮かれ気分なのか?
チョバム達の心の中では罵詈雑言の嵐だが、オタク君としてもその気持ちは分かっている。だからこそ、真剣な目で「気持ちは分かるけど、ちょっと待ってて」と言わんばかりに、手を出してチョバム達にステイをさせた。
実際に、付き合った報告をどうするべきなのかはオタク君も委員長もこの三日間、何度も話し合った。
少しずつ情報を小出しにして、付き合ってるんだなと薄々感づかせた方が良いんじゃないかと。
しかし、2人が付き合っている事を知らない優愛やリコ、特に優愛はスキンシップが激しめである。
委員長と付き合う事になったのに、相変わらず優愛がベタベタしてくるのは宜しくない。
とは言え、どう伝えるべきか。下手に言えばただの拒否ととらえられ、優愛が傷つくだろう。
リコも、なんだかんだで優愛や委員長に対抗してオタク君にスキンシップを取ろうとして来る事もある。
正直、小出しにするのは無理があった。
そもそも、オタク君も委員長もそんな器用な事が出来る性格ではない事くらい、自分たちが痛いほどに分かっている。
だから、報告する事にしたのだ。付き合っていますと。
勿論、報告しないでコッソリ付き合うという方法も、考えなかったわけではない。
だが、優愛とリコがオタク君に好意を寄せている事を知った上で、黙っている方が遥かにツライ。
このままなぁなぁにして時間が経てば経つほど、優愛たちとの関係に修復できないほどの溝が出来てしまう可能性の方が高い。
なので、報告しようと決めたのだ。たとえ、どのような結果になったとしても。
優愛やリコはどんな反応を示すだろうか?
怒るだろうか? 泣くだろうか? それとも呆れるだろうか?
委員長の手が、少しだけ震える。
「あぁ、やっぱり!」
そんなオタク君や委員長の不安とは裏腹に、優愛がポンと手を叩き納得したような声を出す。
予想外の反応に、誰もが狼狽えながら優愛に注目する。そんな周りの反応を気にした様子もなく、優愛は隣のリコに話しかける。
「ほら、バレンタインの朝。二人ともなんか怪しかったじゃん」
「ま、まぁそうだったけどさ」
「ってことは、その時にはもうオタク君、委員長と付き合ってたの!?」
「あっ、いえ。その日の放課後です」
いつものような底抜けに明るい優愛の声に、オタク君が引き気味に答える。
そうなんだ、もう言ってよと、オタク君の背中をバンバン叩きながら、優愛がいつものように笑う。
なんとなく、それは優愛の強がりだと誰もが分かっていた。しかし、強がる優愛に何と声をかければ良いか分からない。
「ったく、優愛の言う通り、そういう大事な事はさっさと言えって。彼女いるのに優愛がべったりくっ付いてたらやべぇだろ」
「はー、私別にオタク君にべったりしてないし!?」
「おー、小田倉。優愛はこう言ってるぞ。この機会に言わないと一生まとわりつかれるぞ」
「おっ、リコ喧嘩か?」
だから、少しだけ、テンションを上げて優愛のノリに皆が乗っかる。
賑やかな時間は、ゆっくりと流れ、やがて放課後のチャイムが鳴り響く。
「拙者たちは帰りにアニメショップを寄っていくでござるよ」
「僕は委員長を駅まで送ってから帰るかな」
「そっか。じゃあ私はリコと一緒に帰るね」
それぞれが別々の帰路につき、優愛とリコの事を、一瞬だけオタク君と委員長が振り返り、そして歩き始める。
決して薄情だからではない。変に同情をすれば余計にこじれてしまう。だから薄情だと思われても、もう振り返ったり、優しい言葉をかけるべきではないと痛む心にムチを打ちながら。
オタク君が委員長を送り、しばらくが経った。
優愛が唐突に振り返ると、そこにはもうオタク君と委員長の姿はない。
そこでやっと彼女は理解した。この恋は終わってしまったのだと。
「追わなくて良いのか」
「リコ、何言ってるんだよ。追ってどうするの」
「さぁな」
優愛からそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうにリコが答える。
「でも、今伝えないと、もう伝える機会はないんじゃないか」
「伝えるって、何をさ」
「……好きだ、以外ないだろ」
「ははっ……」
リコって、本当に面白い事言うよね。
震える声で、笑いながら優愛がそう答える。
本当に好きだったなら、恋しているのならもっと早くに伝えるべきだった。
そして、同じ気持ちをリコが持っている事も。
今から追いかければ、間に合うかもしれない。
だが、気持ちはもう、追いつかないくらいに離れてしまっている。
それでも、もしかしたら……。
そんなのは浅ましい考え。オタク君も大事な人だが、委員長も、優愛にとっては掛け替えのない友人の一人。
だからこそ、あえてリコは言っているのだろう。気持ちを断ち切るために
「ダメだよそれは」
「そうだな……」
夕暮れ時。影が少しずつ伸びる頃、2組の影の間を、キラキラと反射した光がアスファルトへと落ちては消えていく。
いつかこうなる事は予想していた。分かっていたならもっと早く動いていれば。優愛もリコも、そんな事ばかり考えて頭の中を駆け巡る。
無言のまま歩き続け、気が付けば駅のホーム。
いつものように「じゃあな」という気にもならず、リコは無言で優愛と別れようと改札口を潜る。
「ねぇリコ……」
「あん?」
少しだけ消え入りそうな優愛の言葉。
どうしたんだ。そんな言葉すら発する気力もなく、ただ無言でリコが振り返る。
「めちゃくちゃ目が腫れてんじゃん!」
「……お前もだろうが、バーカ!」
真っ赤に腫らした目には、まだ涙が溜まったまま、それでもいつものようにリコをからかう優愛。
同じく目を真っ赤に腫らしたリコが、少しだけ涙声でいつものように虚勢を張る。
途端に笑い合う2人。
目を赤くした女子高生が笑い合う。そんな光景に一瞬だけ何事かと見た人たちが、すぐさま無関心に彼女たちの横を通り過ぎていく。
周りを気にする事なく一通り笑うと、優愛が元気よく手を振る。
「じゃあね、リコ! また明日」
「おう。また明日な!」
まだ痛む気持ちを胸に秘め、それでも優愛とリコは笑顔で帰路についた。
彼女たちの痛みはまだ続くが、それもまた青春の一つの形である。




