上中下の下
部屋に入って黒い物のそばに行きますと、黒い木の枠が重ねられていて、一つ持ち上げてみると、遺影なんです。
子ども遺影がうつ伏せで重ねられているんです。
びっくりしてバタンと落としてしまったんですが気になったものはどうしようもない、びくびくしながら一番上の枠をひっくり返すと男の子の遺影で、またびくびくしながら次の枠をひっくり返すと別の男の子の遺影でと、六枚全部子どもの遺影で、男の子が四人、女の子が二人なんです。
なんだこれ!と思ったら脇にクリアファイルがあって、中を見てみると五十年ほど前の新聞記事の切り抜きがたくさん入っていて、採石場で遊んでいた子どもを不注意の社員が轢き殺してしまったと、その関連記事が入れられていたんです。
大型車両の下に子どもが潜り込んでいて、確認しなかった社員が車を動かして死なせてしまったんだけど、子ども一人なら、まぁ悲惨ではあるけれど無い事故ではない、しかし一度に六人も死なせてしまったのは不注意にもほどがある、同情の余地無し、会社にも責任があるだろうと地域で大問題になって、採石場は廃業を余儀なくされたという流れなんです。
Aさん呆然としまして、自分がここにいた時期ってこの日付だっけと考えるんですが解るわけもなく、この六人が自分と遊んでいた子ども達なのかも解らない、解らないで「えぇー!」と呆然とするしかないんです。
呆然とするしかなくて、記憶通りの場所にあるトイレのドアを開ける気にもなれなくて立ち尽くしていたら突然
「忘れてしまったんなら仕方がないですねぇ」と女の人の声がして、驚いたのなんの、でそっちを振り向こうとしたら、真後ろからまた「思い出せないんなら、仕方がないですねぇ」って同じ声がして、気を失ったんでしょう、次の瞬間、バス停にいてバスを待っていました。
時間通りにやってきたバスに乗って、ビジネスホテルをキャンセルして家に帰ったっていうんですけどね、
母親にこの当時のことを尋ねても覚えてないと言いますし、兄が自分の交友関係を知っているわけもないですし、当時一緒に遊んでた連中も生きていたらもういい年齢でここに住んでいるのか解らないし、そもそも家を覚えていない、そして自分の記憶も当てにならないことで、Aさんは考えるのを止めよう思い出すのも止めようと思うんですけど、一つだけ、
これ、休みの日なんだけど、あのとき自分がトイレに行ったから起こったことなんじゃないか?
という気がしてならなくて、これだけは何かの拍子に頭に浮かんでどうしようもなくなるんだそうです。
「というのも、トイレに行って、用を足し終えて、かくれんぼに戻った記憶がないんですよ。
あの六人の遺影があのとき一緒に遊んでいた子ども達がどうか思い出せない、採石場は休日で誰もいなくて、大型車の下で待っていたって何が起こるわけもないんですけれど、それでも自分が採石場の二階のトイレに行ってしまい、そのあと何故かかくれんぼのことを忘れて家に帰ったら、みんなが(Aのやつ、戻ってこないな)と採石場に移動して待っていて、それで事故が起こったんじゃないかと。
それが当たっている確率がどれほどあるのか解りませんが、可能性はゼロではない、自分が全ての原因でみんなを死なせてしまったんじゃないかという思いは抑えられないんです。
だって自分の記憶に全く自身がないんです、何かもっと忘れていることがあるのかもしれません。
だからそもそも、トイレには行かない方がいいんでしょうね、特に兄が勤めていると思っている会社のトイレには」