第五十話 休日の安息
長いようで短かった神教国への旅から帰り、セレナ達の好意による王城での休養から2週間。
久しぶりにオルターヴのマイホームに戻ってきた私達は帰ってきてから一夜明け、休日を楽しんでいた。
「山脈の方行くって言っても直ぐに行くわけじゃないからね〜。いつ行くんだっけ?」
「役所の掲示板見に行ってみたら発行日をから考えて九日後みたいね」
一階リビングのソファに並んで座ってだらける。
公務に追われていたアルカディアの王様時代では中々取れなかった至福の時間だ。
なのに…フィリアはテーブルに保護シートを広げ、黒い塊をメスで切り取ったり針でつついたりとえげつない光景を見せられている私は何と言えば良いのだろうか。
「…それって前に貰ってた”黒い獣”の体の欠片よね?それ解剖するの今じゃなきゃ駄目?」
以前ホロウェルやギルデローダーの討伐を手伝った際に分けてもらった微妙に”おどみ”を垂れ流す肉片のようなものを美少女が弄り回している姿は何ともシュールだ。
「別に不快なら自分の部屋に行けばいいじゃない」
「フィリアと同じ空間に居て不快に思うことなんてないよ…じゃなくて、せっかくの休みなんだからさ、もっとゆったりしようよ」
「休みだからこそじゃない。今まで旅続きでろくに調べられる時間もなかったし、今日こそ研究を進めてやるわ!」
「…まあフィリアが楽しいならべつに良いけど…」
しかし拳を握ってまで熱弁していたフィリアは急にしおらしくなるとため息を吐き、作業を中断してソファの背もたれにもたれかかった。
「…気持ち悪い」
「だろうね。だってまだ”おどみ”残ってるんでしょ?いくら微弱とはいえあれを間近で長時間受け続けるのはね〜」
「私の抵抗力で防ぎきれるつもりだったけど、これ抵抗力そのものを弱めて来るのね。時間がたてば回復するけど、いくら抵抗力が高くても”おどみ”は防げないものなのかしら?」
魔法的な専門用語で『抵抗力』というものがあるが、これは外部からの自身に悪影響を与える干渉を弱めるという生物の持つ自動防衛機能の一つで、この抵抗力はそのものが持つ魔力が多いほど強くなる。
言うまでもなくフィリアの魔力は前の世界でも悪魔の中ではトップクラスで、そのフィリアの抵抗力は推して知るべし。
単純計算でこの微弱な”おどみ”程度の干渉でフィリアの抵抗力を抜ける筈がないのだが、それすら削って来るとは本当に恐ろしい力だ。
「あ、そういえばセレナ達の方でも”黒い獣”について調べてる筈だよね?何か聞かなかったの?」
「そうそう、それについてなんだけど、あっちではもう進展があったらしいのよね。どうやら”黒い獣”はそもそも『生命』というものを持たなくて、魔力だけでもその体を支え維持しているらしいわ」
「なるほど、だからダメージを受けて魔力が無くなると体を維持出来ずに動かなくなるんだ」
これまた『反射』という魔法的な専門用語の話になるが、魔力を持つ生き物は自らが損傷するようなダメージや傷を負う際、その被弾部分に体内の魔力を移動、密集させ、それを防ぐという自動防衛機能が備わっている。
これによりダメージを魔力に肩代わりさせ、本体へのダメージを軽減、或いは無効化することができる。
例えば何故か魔法使いとかは体が貧弱なイメージを持たれがちだが、魔法を得意と出来るほど高い魔力を持つような魔法使いはこの『反射』の効力が強いため、並の戦士とかよりはずっと頑丈である。
この『反射』の性質を利用した魔法が『身体強化』であり、魔力を全身に行き渡らせることによって身体能力を活性化させるもので、当然魔力の高い魔法使いはこれを高いレベルで行使できるので、やはりかなりの身体能力を得ることができる。
とはいえ、いくら魔力が高くても『魔法』とは才能であり、それがなければ複雑な術式や詠唱を扱い切ることはできない。
だからアレクのように魔力を身体強化のみに使って物理戦闘を行うもの、フロウのように魔法主体で戦うものに分かれるのだ。
話が長くなったが、”黒い獣”は攻撃を受けた際にどうしてもこの『反射』が働いてしまう。
だから通常兵器等の攻撃でも自動で行われる『反射』によって魔力を消耗してしまい、より受ける攻撃の威力が増すにつれこの消費量も増える。
そして魔力が全て尽きると、魔力に依存して体を支えている”黒い獣”は生きられなくなる、と。
「…セレナ達はめっちゃ研究進んでるんだね」
「…自分で見つけたかったわ」
「久しぶりにサリエラ達の所に行ってみようか」
「ああ、あの二人とももうなんか友達みたいになってたわね」
そんな話があり結局”黒い獣”の部位の調査を中断したフィリアと共にまずは姉妹の姉の方の装飾店に行くことにした。
今もつけているしここ最近ずっとフィリアがつけてくれている桃の花をもしたユーリ石製の装飾が付いたネックレスはサリエラの店の特注品だ。
「何か別の装飾品とかでも無いかな…もしくはナルユユリについてもっと何か知ってることがないかも聞きたいし」
「私は一応このネックレスの点検を頼みたいわね。新教国の一件で壊れてないか心配だし」
と、意気揚々とサリエラの装飾店に向かったは良かったのだが…
店の入口に掛けられたプレートには「定休日」の文字があった。
一瞬呆然とした私達だったが、仕方ないかと諦め、或いはリエナの方にいるのではないかと一縷の望みに賭けてリエナの洋服屋へ向かった。
「いらっしゃいませ〜、って、ミシェルさんとフィリアさんじゃないですか。お久しぶりですです!」
「久しぶり〜元気にしてた?」
「はい!お陰様で!」
店内を見回してみると以前来た時より服のバリエーションが増えており、他の客もチラホラ見えるため売上は好調のようだ。
まあ一応目立たないために変装してきて正解だったとだけ言っておく。
「ねえ、リエナ。サリエラが今どこに居るか知ってるかしら?」
「姉…ですか?姉は今はアルネスタシアに出かけてますよ」
「アルネスタシアって、確か帝都の北東方面の町だったっけ」
「前に行ったことあるわね。サリエラは仕事か何か?」
「いえ、単純に姉は旅が趣味なので」
「「へぇー…」」
サリエラにそんな趣味があったとは意外だ。
もっとインドアなイメージがあったが…思っていたよりもサリエラとは気が合うかもしれない。
今度旅のことについて語り合ってみるとしよう。
「それで、姉に何か用があったのですか?」
「ああいや、久しぶりにオルターヴに戻ってきたし、挨拶しておこうかなって思ってただけだよ」
「そうですか?でしたら三日か四日程で姉も帰ってくると思うので、その辺りに私達の店に、いなかったら美術館の西側にあるクリーム色の壁の青い屋根の家に来てください。私達の家ですから」
「悪いわね、わざわざ」
「いえいえ、お二人に会ってから創作意欲が爆増して仕事が捗っているので、これくらいなんてことないですよ!」
「そ、そう…」
キラキラとしたリエナの目に若干引いているフィリアだが、そういうことなら今度は私も何か服を作ってもらおうかとも考えた。
もしくはまたフィリア用にまた可愛い服を作ってもらうのもいいかもしれない。
しばらく続いた波乱を乗り越えやっとの思いで戻したほのぼのとした日常。
そんな一時の貴重な時間である今日は、他のお客さんの迷惑にならない程度にリエナと談笑して過ごしたのだった。
「…」
「…君も諦めないねぇ〜」
「今度は浄化結界張ってるから大丈夫よ」
せっかくリエナとの談笑で久しぶりにまったり過ごせたのに帰ってきたやいなやフィリアが再びテーブルに向かい”黒い獣”の体の欠片に向かって魔法をかけたりと作業をし始めた。
「だいたい貰ってる欠片がセレナ達のより遥かに少ないのにそんな新しく見つけられる事とかあるの?」
「もう、ミシェルは少し黙ってなさい」
「えぇ…」
まあ言われた通り黙ってフィリアが黙々と何やら作業をしている様子を眺め続けるが、フィリアが解析などに使っている魔法は大抵が彼女の自作なので何をやってるかはまるで分からない。
私の権能を使えばいいというツッコミはいつもの理由で却下だ。
そうしていること二十分程が経ち…
「…あった!」
「うわっ!?…急に大声あげないでよ…」
「ああ、ごめんごめん。まあでも見なさいよ」
「うん?」
フィリアが”黒い獣”の欠片に切込みを入れると、そこから真っ黒な粘り気のあるコールタールのような物質が流れ出てきた。
”黒い獣”との戦闘時体表を切りつけたりした時にも黒い液体が流れ出ていたが、あれはもっと血液みたいな感じでこれとはまた違う物質だったと思うが…
「何か凄い嫌な感じだけど…これって?」
「多分だけど、”おどみ”を作り出す細胞みたいなものね」
「へぇ、これが…」
「これで”おどみ”を利用した魔道具が作れるわ!」
「…私は君のこと何でも肯定するつもりだけど、唯一そのマニアックさだけには呆れるよ…」
「あら、あなたに自我があったなんて驚きだわ」
今更そんなブラックジョークを言われても困る、とは口に出せばこの話が長引いてしまうので言わないが、今日は何となく1日ダウナーな気分だった。
今日は家にいる間はフィリアが構ってくれないので長時間本を読んでいたため、権能を細かく使っていたからその反動が来たのだろう。
喜んだ様子で”黒い獣”の欠片から流れ出る黒い液体を小瓶に詰めてるフィリアを横目に、明日は絶対に一日中フィリアに構ってもらうんだと心に決めるのだった。
安息日も心は休まらず───
 




