第四十話 ルド
「今日はどこに行こうかねー」
「なんやかんや昨日ご飯食べれてないし、レストランでも探す?」
「そうだね。やっぱり食べると生きている実感がするし」
前にも言ったが、天使や悪魔…あとは精霊や妖精も該当するが、存在が非物質的な種族は別に食事とかしなくても生きていけるし、一部の例外を除いて酸素とかも必要としない。
寿命も人間は勿論獣人や魔族などよりも遥かに長いので生存能力がとても高い。
とはいえ、そんな万能なように思える私たちも、退屈や孤独等に弱く、場合によっては存在が維持できない種族もいる。
なので、食事や旅、大切な人との逢瀬等の生き甲斐を必要とする。
強いように思えて結構繊細な生き物なのだ。
ちなみに、今は人通りが少ない路地裏を通っているが、レストランを探そうとすれば必然的に人の多い大通りを通る必要がある。
隠れ家的な店がないかと少し期待したが特にそういうものはなく、わざわざ食事を取るためだけにリスキーな思いをしなきゃいけないのはどういうことなのかとも思う。
「…結構この町も昼は賑わってるのね」
「皇国の方もそうだけど、この世界の町って基本的に治安がいいよね」
「そういえば人外差別っていうくらいだから奴隷でもいるのかと思ってたけど…まあこれはそういうことよね」
「だね~。本当に胸糞悪い話だよ」
確かこの前フィリアが読んでた神教国の法律書にも、そもそも奴隷どころか「人外種の生存を認めない」みたいな内容がいくつもあったし、余程恨みでもあるのだろうか。
大昔に人外種差別を始めた人間がいて、それがこの世界の今の状況の元となっているとしたら…その禍根を断ち切らない限り永遠に今の状況は変わらないのでは?
そう思えてしまう。
セレナ達は、一体どうやって意識の改革をしようとしているのか、夢物語と誰もが言うだろうそれを、一体どうやって…
私達は、一度答えに辿り着いた。
だからこそセレナ達がどのような道を進むのか興味を引かれるというものだ。
その他なんてことのない話をしながら少し警戒して大通りを歩いていると、良い匂いが漂う店を見つけた。
他にもレストランはあったがどれも店の外に行列があって、暫く入れそうもない。
そんな中見つけたこの店に入ってみたは良いものの、こちらも中はかなり混んでいた。
だが丁度テーブルが空いたということで私達はそこに座ることにした。
席は大きいテーブルを挟んで二人づつ座れるようになっているが、向かい合わせではなく隣に座るのが私の拘りだ。
回りを見回すと、どうやら混んでいるためか関係ない人とも相席をしているところもあるようだ。
「相席の文化もあるんだね。ここでまだ人外種を見てないから当然だろうけど、実際に迫害してる現場とか見てないから悪い印象を持てないよ」
「別に持つ必要はないんじゃない?悪いと思ったら柔軟に行動すればいいだけだし、戦争はセレナ達の力だけでやるべきでしょうし、外部の私達がどうこう言うことじゃ…まあかなり巻き込まれてるけど…」
人の混む店の中で普通に話しているが、一応フィリアが特殊な結界を用いて狭い範囲内の声を外に漏れないようにしているのでプライバシー保護もバッチリだ。
フィリアは翼の関係上マントを脱げないので若干回りから浮いているが。
そして適当にこのメニュー表から美味しそうだった鳥肉のスープとミートパイを頼んで本の話等をしながら料理が出てくるのを待っていると、そこに店員が近づいてきた。
「すみません、お一人様相席させてもよらしいでしょうか?」
「…あー、しょうがないね。分かったよ、うん」
当然本当は断りたいが、混んでいるのなら仕方ないと当たり障りなく答える。
頭を下げた店員が小走りで去っていくと、暫くして一人の男性が私達の席の向かいに座った。
男性はそこそこ歳を行っているようだが、老いを感じさせない姿勢と体つきをしていて、普通にまだまだ若々しくも見える。
「申し訳ありません、若い子同士の席にこんな堅物が入ってしまって」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
「うん、良いこと言うね」
「なんであんたが誇ったような顔してるのよ」
男性は私達の会話の邪魔を極力しないようにか料理を頼むと持参してきたのだろう新聞を広げてこちらと視界を遮った。
私も私達の時間に他人が入って来て欲しくないので、有難い気遣いだ。
中々の紳士なのだろう。
そこから十分ほどで頼んだ二人分の料理が運ばれてきた。
この世界産の特有の地鶏の入ったスープとミートパイは流石に大きな町のレストラン、私達でも普通に美味しく食べられる味付けがされていて、戦争さえしていなければ何度も通ってもいいと思える美味しさだ。
勿論、リリエンタの魚料理も美味しかったのでまた行きたいと思っている。
そんな食事中にふとあることを思いつき、ミートパイの一部を乗せたスプーンをフィリアの口元にその先を向けた。
「はい、あーん」
「…同じやつよね?それする意味ある?」
「私が喜ぶっていう意味があるよ」
「…あ、あーん…」
渋々といった感じで、しかし顔を赤くして恥じらいながら私が差し出したスプーンの割りと深めまで口に含み、ミートパイを咀嚼した。
自分でやりながら妙な気恥ずかしさを感じて互いに顔を赤くしてそれぞれ逆の方向を見るという謎の間が生まれてしまったのは仕方ないだろう。
よくよく考えたら間接キスになっているのかー、と今気付いてさらに恥ずかしさが倍増したが、振り替えるとアルカディアにいた時とか今までも普通に同じようなシチュエーションがあったのに今更何を照れているんだと心の中で自分を叱責し、残りの料理を一気に食べ切る。
フィリアも照れを隠すためか残った料理をさっさと平らげた。
二人の間に微妙な沈黙が流れた。
「…ゴホンッ!」
見かねたのか男性がわざとらしく席をし、自分の元に運ばれてきた辛そうな料理に手をつける前にこちらを見る。
「あー…お嬢さん達…その装いは旅人かな?」
「あ、はい。そうです」
「そうかそうか、フルーノは特にこれといった名物のない町だが、治安だけはいいからね。だが、戦争で最近情勢も不安定だから、聖国にでも亡命する事をお勧めするよ」
「あ、お気遣いありがとうございます…ですが、私達は大丈夫ですので…」
男性は優しげに、気を遣うようにそう言ってくるので、私もフィリアも丁寧に答えた。
他人に気を遣われるのがこんなにも恥ずかしいこととは思わず、一目も気にせず短慮に走った自分を殴りたくなった。
当然そんなことをすれば色々と心配させたりされたり迷惑になるのでしないが。
そんな時、男性は靴のかかとを整えるかのような音を足元で立てた。
その時、肉眼では見えないが、私の権能が膜のようなものが広がるのを感知した。
そしてフィリアもその魔力に気付いたようだ。
「いや、早くこの国から出ていったほうがいい。君達、人間ではないのだろう?」
「「っ!」」
…私達は気配を完全に人間に寄せているし、フィリアは…まぁ、翼とかは物理的な手段で隠しているとは言え、これを見破れる者はそうそういない筈だ。
少なくともこの前のヴィクティスで戦った聖騎士などでは看破できない程には精巧な自負がある。
この男性はそれを見破ったのか…
警戒して私は横に置いていた鞄の中の剣を適当に一つ掴み、フィリアも向こうから角度的に見えない机から遮られた位置で黒い渦のような空間から指揮棒のような杖を抜いた。
「こうも警戒されると傷付くが…まあ良い、今辺りからの認識を薄くする結界を張った。これで他の客には私達のことを全く気にしない。それにお嬢さん達が既に声を遮断する結界を張っているようだし、何を話しても気付かれんだろう」
「…君、何者?」
「ふむ…以外に私は知名度がないのか…いや、そうか。失礼、取り敢えず私のことは"ルド"とでも呼んでくれ」
「ルド?」
「あぁ、それで、君達は?」
「…マルヌだよ」
「ディアよ」
咄嗟にこの町の検問所で使った偽名を名乗る。
このルドと名乗る男性、何かしらの力で守られているのか私の権能でもあまりよく"見る"ことができない。
もっと権能の出力を上げれば見えるかもしれないが、私の負担が大きいのとあまり出力を上げれば向こうにも感付かれるので逆に警戒されてしまう。
ならば言葉で情報を引き出すしかないが…
「そう構えなくてもいい。私は君達を心配しているだけだ。今の神教国は古い怨恨に囚われて見るべきものを間違えている。だから北にあった都市、"ヘズネロウ"がこの前"黒い獣"の一体、『ハウルアウラ』に破壊し尽くされた。今は他国とも手を取り合って驚異に立ち向かわなければいけないと言うのに、呑気に戦争をしている」
ルドは愚痴を溢すように頭を抱えた。
…ぼんやりと見える感情には嘘や敵意はなく、あるのは自責や葛藤の念だ。
フィリアと目を合わせると、ひとまず互いに武器から手を離し水を頭を抱えるルドに渡した。
「ああ、すまない…君達は悪くないんだ。全ては"マガツキ"と"マガミ"が悪い。その矛先が巡り巡って君達に向かっただけで君達に罪はないんだ…」
「えっと…何の話を…」
「とにかく、早くこの町から出なさい。明日はこの町に神都から聖騎士の第一席、"グレン"が視察に来る日だ。君達では相手にならない。身を守りたいのなら急いでこの町から逃げるんだ!」
「「…!」」
ルドの必死の言葉にフィリアの方を見て「どうするのか?」と視線で問いかける。
アイコンタクトは普通に取れるので私達の言葉はやろうと思えばこれだけで通じるのだ。
それに対してフィリアは「ひとまず宿に戻りましょう」と言う。
「忠告ありがとうね。神教国…早く良い国になるといいね」
「行くわよ、ミ…マルヌ」
「うん」
席を立ちルドに背を向けてさっさと会計を済ませて店を出ていき、小走りで宿に戻りノフティスと相談する事にした私達だった。
「…ふう、若いものには健やかに生きて欲しいのだがな…」
町の通りの賑わいや昼時のレストランの混みが収まってきた頃、人気のない路地裏をため息を吐きながら男性が地味な茶色のコートを纏って歩いていた。
そしてそこに、同じように地味な茶色のコートを来たフードを被る青年が走ってくる。
「はぁ…はぁ…やっと見つけましたよ、こんなところで何をしているんですかあなたは!」
「おっと、心配をかけたね。大丈夫かい?」
「そう思うなら最初から私を撒いたりしないでください!」
息を切らしていた青年はフードを取り、腰に手を当てて空を見上げた。
「フルーノは結構広いんですから…探すの大変なんですよ…今までどこをほっつき歩いていたんですか?」
「ちょっと景愁亭で食事を食べていただけさ」
「勘弁してくださいよ…グレン様が来るまでの間あなた様の護衛を勤める任を受けた時点でプレッシャーで死にそうだったのに、余計な負担をかけさせないでください!」
「すまなかったね。だが、私は君達に守られるほど弱くはないさ」
「でしょうね。所詮《《第五席》》の私じゃあ、あなたやグレン様どころか四席のジーラ様にも遠く及びませんよ」
「君は才能があると思うがね。それに数少ない私の理解者だ、アウロラ君」
「君て。自分の立場を自覚してくださいよ、ロズヴェルド様!」
それは早すぎた出会い───
 




