77 魔族の拷問場所
「ここです。確かに、この建物が見えました・・・・」
シエルが突き止めた、魔族を閉じ込めて経験値を上げているという建物の壁の前に立つ。
「!!」
「・・・魔族の血の匂いがするな」
シエルが思わず鼻を覆う。
「崩すぞ」
ダァン
ドドドドドドドッドドドド・・・
右足で蹴りを入れる。
一気に壁が崩壊していった。
「うわ!?」
「・・・・・・・」
中に入ると、ドラゴン族の男女の魔族たちが翼をボロボロにして倒れていた。
まだ爪も育っていないような弱い者ばかりだ。
「なんてひどい・・・」
シエルが両手で顔を覆っていた。
異臭が立ち込めている。死んだ魔族が、部屋の隅で焼かれていた。
「な・・・なんだ? お前たちは・・・」
「私に近づかないで!」
シエルが、爪を伸ばして声をかけてきた人間の意識を奪う。
「なんだなんだ?」
「壁が崩れて・・・クソ、煙で見えないな」
スンッ
バタッ
「!!」
「・・・許せない・・・・」
シエルが静かに人間たちの魂を抜いているのがわかった。
力は使いこなせているみたいだな。
奥のほうで、魔族を磔にして、攻撃している者に近づいていく。
「おい、お前ら何している」
「ん?」
「あ、お城の方ですか? 見ててください俺たち今日だけで経験値がこんなに上がったんですよ。ギルドに入れるレベルまであと少しです」
間抜けな人間たちが武器を片手にこちらに話しかけてきた。
馬鹿な奴らだ。
俺の魔力を感じる能力すらないとは・・・。
「是非見ていってください。きっと、俺たち、経験値が上がっているので、ギルドやお城でお役に立てると思います」
「私もです。ここへ、何度も通ってかなり強くなったんですよ」
勝手に勘違いして、媚を売ってきた。
魔力はわからなくても、付けている物を見て判断しているようだ。
「ほら、見てください。魔法もかなり使えるようになりました」
「よくも・・・・・・・」
わなわなと震えるシエルの前に立つ。
「ハハハハ、楽勝です」
「・・・・・」
嬉々としながら、魔族にしょぼい魔法を向けていた。
炎の魔法だが、バケツの水で消せる程度だ。
魔族は自己回復が追いつかず、ぐったりとしながら人間の攻撃を受けている。
真夜中にもかかわらず、中には大体、30人近く人間がいた。
剣士、魔導士、ランサー、アーチャー・・・らしき人だ。
武器は安物、刃こぼれするような物ばかり。
いろんな場所に魔族を固定して、回復した者から次々に攻撃され、悲鳴が上がっていた。
ひどい光景だった。
― 魔王の剣―
「お前、まさか・・・」
入り口付近で震えている人間がいた。
「一番先に、俺に気づいたか」
「っ!?」
細くて背の高いランサー・・・こいつに情報を聞き出すか。
ドンッ
首を殴って、気を失わせる。
「侵入者だ、侵入者だぞ」
「魔王ヴィル様・・・」
「お前は下がってろ。シエル」
1人でいい。
口を割らせるのに、1人だけ生かして、後は殺す。
こんな奴ら、1秒でも2秒でも生かしておく時間がもったいない。
「お、お前ら、魔族だな」
「きききき、聞いてねぇよ。でも慌てることはねぇ。ここは弱い魔族しかいないんだろ?」
「違う、こいつは桁違いだ。早く逃げ」
うああああぁぁぁぁ・・・
踏み切って、逃げ惑う人間どもを十字に切る。
一瞬にして魂が抜けて、その場に倒れていった。
「魔王・・・様・・・?」
「しゃべるな、いったん回復させる」
倒れていた魔族の男が、ゆっくりと顔を上げた。
背中に手を当てる。
― 肉体回復―
傷口が塞がっていく。
「あ、ありがとうございます・・・私なんかのために」
「いや、南のほうの魔族がこんなことになっているとは・・・今まで気づかずすまなかった。シエル、こいつらを逃がせ」
「はい」
「そうはさせるかっ・・・魔族のくせに」
死んだふりをしていた女剣士が、シエル目がけて突っ込んできた。
「ぐあっ・・・・」
俺が剣を振る前にシエルが何かを唱えて、女の体を吹っ飛ばしていた。
「!?」
一瞬だ。
残像すら残らなかった。
これは・・・思った以上の力だ。
上位魔族の中でも最強かもしれない。
「シエル、いいか?」
「はっ、すみません。承知しました」
シエルが拷問を受けていた魔族の、手錠を割って、外していった。
この建物ごとぶち壊してやりたいが・・・。
まだ、魔族と人間の気配がある。
人間の死体を蹴って、道を開ける。
微かに息をしている者がいれば、一突きして命を奪っていった。
「や・・・止めてください・・・あっ・・・」
「ハハハ、女悪魔は特に気持ちいいと聞く。お前なら顔も体もいいし、若い。人間として暮らすなら、助けてやってもいいぞ。いっそのこと、俺の嫁にならないか?」
「そ・・・それで・・・何を・・・・」
「もちろんいいよな」
「っ・・そ・・・」
裸の女魔族が、小さな部屋で男に体をまさぐられていた。
シエルと同い年くらいだ。
ダァン
「はっ?」
男を壁に押し付けて、魔王の剣で一気に魂を抜く。
呻き声を上げる暇なく、死んでいた。
「あ・・・貴方は・・・?」
縛られた女の縄を解いていく。
「魔王ヴィルだ」
「・・・・あ・・・・」
まだ地上では、ここでの異変に気付いていないようだな。
無理もない、こんな時間にほっつき歩いてるのは酒飲みくらいだ。
「ま、魔王ヴィル様。申し訳ございません。わ・・・私、怖くて、あの人間・・・」
「いい、思い出すな」
彼女が体を震わせながら立ち上がる。
あちらこちらで魔族の血の匂い、恐怖の匂いが残ったままだった。
同じようにして亡くなったものも多いのだろう。
彼女に布を着せて、裏口から外へ出すとシエルが駆け寄ってきた。
「魔王ヴィル様、彼女はどうしたのですか?」
「あぁ、人間に恐怖を・・・」
シエルを見つけると、すぐに抱きついていった。
「わ・・・力が無くて、恐怖のあまり、正常な判断が。あの人間の言う通りに・・・」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。すぐ忘れちゃいます」
「うぅっ・・・・苦しいです・・・悔しいです、仲間もみんな・・・」
「よしよし。私も、悲しいこと忘れるので、一緒に忘れましょう」
シエルがぼさぼさになった彼女の髪を撫でる。
シエルの長いまつ毛が、涙で濡れていた。
「さぁ、早く、みんなあっちで待っています。王国の敷地内から出ればもう安心ですから」
「ありがとうございます。本当にありがとうございました」
女魔族が軽く頭を下げて、傷ついた魔族たちの待つほうへ駆けていった。
ズズ・・・
死にかけのランサーの男を引き摺って、壁際に置く。
ここはシエルに任せて、俺は、あの怪しげな拷問場所を抹消してくるか。
「シエル、こいつは生かしておいてくれ。情報を引き出す。俺は今からあの建物を・・・」
「是非、私に行かせてください。魔王ヴィル様」
「シエル・・・・? 大丈夫か?」
「はい。私がやりたいのです」
シエルが銀色の髪を後ろにやって歩いていく。
凛とした表情で、両手を天に上げた。
― 無機化―
ゴオォォォォォォォォ
手を伸ばすと、建物周辺が闇の中に吸い込まれていった。
「!!」
すごい力だ。
空間から削り取られたように、建物のあった場所ごと消えていく。
岩の崩れる音一つ聞こえなかった。
ステータスもそうだが、魔力の調整能力、素早さ、威力、何をとっても完璧だ。
こんなことができるなんて・・・。
「ふぅ・・・」
「シエル、この魔法は今、初めて使ったのか?」
「はい。昔、本で読んだ魔法です。無属性の魔法は珍しいので、使えなくてもすべて記憶しています」
軽く、息切れしながら、手を下ろした。
「すごいな。上位魔族でもトップだぞ」
「魔王ヴィル様からいただいた力です。自分でもびっくりしました」
跡形もなく消え去った建物の跡地を踏んで、柔らかく微笑む。
「もう、大丈夫です。私は上位魔族です。簡単に泣いたりなんかしません」
「そうか」
完全に、吹っ切れたようだな。
横に並ぶと、シエルが顔を真っ赤にしながらこちらを見上げた。
「えっと・・・その、きっときっと、魔王ヴィル様への大大だーい好きの力が起こしてるんだと思います。好きが力になるのです。だから強くなったのです」
「は・・・?」
「だから、これは愛の力なのです」
ツインテールをいじりながら言う。
言っていることはよくわからないが・・・。
「とにかく、あまり無理はするな。お前のステータスは上下するんだから」
「でもでも・・・」
砂を蹴って、シエルに近づいていく。
「私、いつでも魔王ヴィル様が好きで好きでたまらないのです」
こいつ、わざと魔力をたくさん使おうとしてるな。
ツインテールをぴんと伸ばしながら、こちらを見上げてくる。
「お前は・・・・」
「魔王ヴィル様、さっきので、魔力、無くなっちゃったかもしれません・・・本当に本当なのです。だから、その・・・いつでも、また、アレをお願いします」
恥ずかしそうにしながら言っていた。
「・・・あ・・・あとでな・・」
「はいっ」
妖精のように清純で美しいけど、やっぱり魔族だな。
結構、わがままだ。
ザッ・・・
禍々しく、異質な気配・・・・・。
はっとして、魔王の剣を構える。
「どうしました?」
「・・・・・・」
奴か・・・まさか、こんなところで会えるとはな。
「なんだなんだ? 貧民街でトラブルがあったと聞いて、起こされて来てみれば・・・魔王じゃん。まさか、あいつら魔王だって気づかなかったのか」
「・・・エヴァン・・・・」
白いマントが砂埃の中から浮かび上がる。
アリエル王国騎士団長の少年エヴァンが一人で立っていた。
「普段、こんな貧民街には来ないし無視するんだけどね。やっぱ、直観に従うって大事だな」
隠れている人間の様子を確認してから、エヴァンが月明かりに剣を照らしていた。
 




