76 貧民街の酒場
サンフォルン王国の敷地内に入ると、真夜中にも関わらず人間たちが大勢いた。
「こちらです」
「あぁ」
シエルは人間のふりをして、酒場に潜り込んだことがあったらしい。
中のことは詳しかった。
「サンフォルン王国の中央は城下町、ここは中心から離れた通りになります。貧富の差が激しい国ですが、貧民街の中でもギルドから近い場所です」
「なるほどな」
酒を持って暴れている人間がいたり、異様な薬を使ったり、治安はかなり悪いところだった。
ただ、ほとんどの者がC級にも慣れない奴らばかりだ。
魔力も無いに等しい。哀れだな。
人間は生まれたときから、何もかも決まっている。
魔力を持たない者、驚異的な力を持つ者、偉い親の子供、親に捨てられた子供・・・。
人生は変えられるという奴は、運よく変えるきっかけを掴んだ人間だ。
俺のようにな。
「寄っていきませんか?」
「今なら、1ドリンクサービスしますよ」
何度か呼び込みの人間に話しかけられているが、魔族だと思われている様子もなかった。
「どうしてシエルが酒場に潜り込んだんだ?」
「人間に化けることができ、探索能力があるのは私だけだったので、状況を調べるために入りました。ここ数日の、私たち魔族に対する態度は異常でしたから」
シエルが目つきを鋭くする。
「亡くなってるんだもんな。ジジとブルッド以外も・・・」
「はい・・・・。でも、大丈夫です。今は自分のできることをするだけなので。ひっそりと住んだときから、皆で決めていたんです。自分たちに何があっても、魔族として、生き抜くと」
シエルが胸に手を当てて言う。
「こちら、曲がったところが私が確認した場所の酒場です。今は新しくできたギルドの情報収集場所になっていると聞いています」
「あぁ。気をつけろよ」
「はい」
シエルの後に続いて、路地を曲がると、天井は低く広めの酒場があった。
フードを深く被って中に入る。
「サンフォルン王国が、対魔族ギルドを立ち上げるとは、思ってもみなかったな」
「この辺の魔族なんて弱っちいし、ギルドに入れば一生楽できるな」
「ギルドに入るまでが大変。つか、この辺魔族いないからな」
酒場は満席、あちらこちらでギルドの話でもちきりだ。
装備品を見る限り・・・金は無いようだな。一攫千金を狙うような話ばかりだ。
「はい、ここに入るには1ドリンクね」
「これ、使えるか?」
「もちろんだ。何飲む?」
「任せる」
歯の欠けた、図体のでかいおっさんが赤ら顔でまずそうな酒を持ってきた。
「・・・ヴィル様、どうして金貨を?」
「ここへ来る前に錬金しておいたんだ」
端のほうに座ると、シエルを見た男性剣士がすぐに近づいてきた。
「おうおう、随分美少女だな。女神みたいだ。こんな時間にここにいて大丈夫かい?」
「え、あ・・・あの・・・」
「ハハ、危ないから、あっちで飲まないか? 俺らといれば安心だからさ」
腕を掴もうとする手を止める。
「あっちの美女がずっとあんたらのこと見てたけど、行かなくていいの?」
適当に、離れたカウンターで飲んでいた女を指した。
「他の男に取られるかもよ」
「フンっ、ガキのくせに」
捨て台詞を吐いて、真っ先に女のほうに向かっていった。
人間のふりをすると、自分でも気持ち悪いな。虫唾が走る。
「あまりおどおどするな。お前はもう弱くないんだから」
「すみません・・・つい・・・」
ガッシャーン
瓶が床に叩きつけられる音がした。
「新参者が生意気な口きいてるんじゃねぇよ」
「うるさいわね。耳が腐るわ。ここで殺そうかしら」
「やれやれ。お客さんたち、揉めるなら外でやりな」
「なんだか騒がしいですね」
シエルがこそっと耳打ちしてきた。
バタンバタンと物の倒れる音が聞こえる。
テーブルに乗り、大きな刃を男の首に当ててる、赤い髪の・・・。
って、サリーじゃねぇか。
「ここであんたら全員が死んだっていいのよ。まずはあんたから・・・」
「何をしている?」
一瞬で、刃を蹴り上げて、サリーと男の間に入った。
すん・・・と時間が止まる。
「あ・・・・」
「・・・・・・・」
サリーを睨みつけると、はっと我に返って、すぐに大剣を収めていた。
「ももも、申し訳ございませんでした」
「行くぞ」
椅子から転げ落ちた男が唖然としている。
サリーを引き連れて、元居た席に戻ってきた。
周囲はうるさすぎて、さっきの様子を気にしている者もいなかった。
さっき、サリーに刃を突き付けられていた男でさえ、樽から酒をすくって飲み直している。
喧嘩も日常か。助かったが・・・。
「サリー、穏便に行ってこいって話したじゃないか」
「大変申し訳ございません。ここ一帯の魔族を拷問させたと聞き、ついカッとなってしまい」
「ここ一帯だと?」
「はい」
サリーが怒りを抑えながら話す。
「なんでも・・・この国では、戦闘能力を高めるため、魔族を一か所に集めて、経験値上げをしていると。ここの人間たちは、その場所から帰ってきたものばかりのようです」
シエルの瞳孔が見開いた。
魔力が殺気立っている。
「ま・・・・ヴィル様・・・この者は?」
「シエル、上位魔族に匹敵する者だ。この地で見つけた」
「はい。私、シエルと申します。サリー様、どうぞ宜しくお願いします。皆様のお役に立てるよう、精いっぱい頑張ります」
声を小さくして、照れながら頭を下げた。
サリーが驚いて、こちらを見つめる。
「魔王ヴィル様・・・彼女が上位魔族・・・確かにそうなのですが・・・どうして急にこんなにステータスが高くなったのでしょう? 私も上位魔族ですが、これほどの能力者は見落とすはずがないのですが・・・」
「私の場合、魔王ヴィル様とのま」
「っと・・・・」
手を上げて、シエルの言葉を遮った。
「いろんな特殊効果の発動により、ステータスが急上昇したんだ」
「そうだったのですか。シエル、私は上位魔族のサリーだ。改めてよろしく」
「は・・はいっ・・・」
交わりだなんて知られたら、色々、面倒なことになりそうだ。
後で、シエルには他の者には言わないよう、釘を刺しておかないとな。
「それよりも、サリー、状況を教えてくれ」
「かしこまりました」
サリーは俺がここに来る4日前に到着し、ミゲルを王国城下町付近に連れて行った後、中心から離れたこの場所で待機していたようだ。
1日に1回、夜中の3時半、あと数分後に待ち合わせて、中の状況を確認しているらしい。
経験値上げに加担しているギルドの者がこの酒場を出入りしていると聞いて、潜入していたのだという。
「十戒軍、という集団の名前はまだ出てきていません。ただ、その経験値上げと突然のギルド募集が怪しいと思い、城下町内に探りを入れていました」
「そうだな。同感だ」
「ミゲルは優秀ですね。使えます」
サリーがにやりと笑っています。
ミゲルは元々、アリエル王国の城下町出身だ。
立ち回りも上手いのだろうな。
「怪しげな修道院を見つけ、そこにミゲルを入れました。これから待ち合わせし、さらなる情報を得る予定です」
「ありがとう。さすがだな、この調子で頼む」
「ま・・・ヴィル様に、そういっていただけて、大変うれしいです」
サリーが顔を覆って、ふるふるしていた。
「では、すみません。私そろそろ、待ち合わせ時間なので失礼します。ヴィル様はこちらにいらっしゃいますか?」
「あぁ・・・まだ来たばかりだからな。もう少し探る。お前も正体がバレないようにな」
赤いカクテルをテーブルに置いた。
「はい。では、また後程」
すっと立って、人をかき分けて外へ出ていった。
「シエル・・・?」
「は・・・はい・・・・失礼しました」
「何してたんだ?」
食い入るように周りを見ていた。
「私の探知能力、脳の閲覧で、ここにいる全員の人間の記憶に潜り込み、その、魔族の拷問場所なるところを探していたのです。少々お待ちください・・・」
目をきょろきょろさせていた。
瞳のふちが、青くなっている。
「みんなアルコールで酔っていてわかりにくいのですが・・・なんとなく場所に検討が付きました。あっ・・・」
「シエルっ」
くらっと倒れそうになった、シエルの肩を抱いた。
「すみません。こんなに大勢の人の頭の中に入れたのは初めてで、少しだけ疲れてしまっただけなので」
「ほら・・・」
水を飲ませてやる。
ごくごくと飲んでいて、息を付く。
「ありがとうございます。あまり見たくないものまで見えてしまい、疲れはないのですが気分が・・・」
シエルがツインテールの根元をいじりながら、目をぎゅっと瞑っていた。
「少し辛かったです。その・・・魔族の一部は一緒に住んでいたもので」
「そうか」
「私は連れていかれた魔族のその後を知りませんでしたが、まさか、あんなことをされていたとは・・・ここの人間が・・・憎い」
ピンクの唇が、怒りに震えていた。
「よくやった。後で、その拷問場所とやらを潰しに行こう。この国は少々魔族を舐めすぎだ。思い知らせる必要がある」
「はい・・・」
シエルからはコップがガタガタ揺れるほどの殺気が漏れていたが、ここの酒場にいる人間は誰も気づかない。
王国に対する不満と、煌びやかな生活に対する嫉妬の話ばかりだ。
そのくせ、隙があれば結託して、権力者に取り入ろうとしている。
ガッシャーン
グラスを壁に打ち付ける音が聞こえた。
「うるせぇーな。黙れよ。俺の経験値が上がったから今回うまくいったんだぞ」
「何よ、私のおかげで、今日こうやって酒が飲めているくせに」
「お前らすごい黙れ。酒が腐る」
そこら中で、言い争いやバカ騒ぎする声が聞こえてくる。
酒臭く、折り重なるようにして、寝ている人間もいた。
ここにいると、イライラが募るな。人間だった頃を思い出して。
頭に血が上りそうだ。
限界だ。この人間もろとも、酒場ごと潰すか・・・。
ふわっ
「あの、魔王ヴィル様・・・す、すみません」
シエルが寄りかかってくる。
「少し、このまま肩をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、大丈夫か?」
「はい。魔王ヴィル様・・・」
「どうした?」
「私、皆が恋しく・・・死んだ者はもう、戻ってこないのですね」
目に涙を浮かべて、手を重ねてきた。
「ジジとブルッドと・・・他の皆も、同じ日が明日も来ると思ってたのに突然、人間が来て・・・平凡な日常が壊れてしまいました。本当に、実感がないんです。私たちは、人間を襲ったことないのに・・・」
「そうか」
「どうして、こんな辛いことばかり起こるのでしょうか。私たちは、ただ、魔族というだけなのに。あんな、ひどいことをされて・・・」
「今は考えるな。難しいかもしれないけどな」
シエルの頭を撫でてやる。
白銀の髪がさらさらと流れた。
「安心しろ。人間たちに同じ苦しみを合わせてやる」
「はい」
ぎゅっと手を握りしめてくる。
シエルは魔法が解けて、魔族に戻りかけていたが、誰もこちらに気づいている様子はない。
目の前には、酒を片手に堂々と乳揉んでる男と、誘惑している女もいた。
こいつらみんな、明日になれば忘れているくせにな。




