40 トライアンドエラー
双竜に乗りながら、魔族の集落に人間たちが来ていないか確認していた。
「ねぇ、魔王ヴィル様、あれは魔族の住む場所なの?」
「あぁ、そう聞いてる」
角をはやした子供たちが、ぶよぶよした魔族の腹の上で遊んでいた。
平和だな。この平和は、強さで守られていた。
非戦闘員の住む地域は、中級クラス以上の魔族が配置されている。
「へぇ・・・・っとわっ」
一緒に覗き込んで、そのままバランスを崩していた。
すぐに、アイリスの腕を掴む。
「慣れたんじゃなかったのかよ?」
「ごめんなさい。やっぱり物理的動作は慣れなくて」
「物理的動作って・・・変わった言い回しをするよな。何の本を・・・」
「あっ」
グレイが翼を上げてアイリスを押し上げた。
「ありがとう。グレイ!」
クォーン
アイリスが体勢を整えて、マントに掴まりなおしていた。
双竜のほうが、アイリスの扱い慣れてきてるな。
「この辺と聞いているんだけどな・・・・」
滝から流れている川に沿って1キロ行った先に草原があった。
ダンジョンの入り口は草原の一部で、蓋のようになっている場所があると言っていたが、上空からじゃわかりにくいな。
「ギルバート、グレイ、このあたりで降ろしてもらえるか?」
クォーン クォーン
風の中に響くような声で鳴く。
草原を滑るようにして、地面に降りた。
ギルバートとグレイが翼を畳んでから、アイリスを引っ張って着地する。
「ありがとうギルバート、グレイ」
アイリスが服を整えてから、ギルバートとグレイの頭を撫でる。
『ギルバート、グレイ、戻れ』
頭を下げたまま、光の中に消えていった。
ギルバートとグレイの体力は戻ったとはいえ、まだ回復したばかりだ。
あまり負担はかけたくなかった。
「魔王ヴィル様、ダンジョンは?」
「んー・・・歩きながら見つけるしかないな」
「こんなに広い草原なら、日が暮れちゃいそうね」
「どこかに魔族がいればいいんだが・・・」
シュタッ
「!」
アイリスと話していると、いきなり茂みの陰から魔族が出てきたのが見えた。
目があって、スピードを上げて飛んでくる。
「初めまして、魔王ヴィル様。お待ちしておりました」
アイリスがぱっと後ろに隠れた。
「・・・お前は?」
「私はザキと申します。カマエル様から、魔王ヴィル様をダンジョンへご案内するようにと言われています」
翼を畳んで、金色の髪を直していた。
血の匂いがする。吸血鬼族か。
「あぁ、助かるよ」
アイリスに目配せをして、ザキの後を付いていく。
「カマエルの管轄内の魔族か。よく俺が来ることを聞いていたな」
「はい。カマエル様から先ほど聞きまして、見つけ次第、スムーズにご案内するようにと」
「・・・・・・」
打ち合わせの後、すぐにここに来てたのか。
抜かりないな。
「ここも魔族のダンジョンにすれば、人間に襲撃されるかもしれない。気を引き締めておけ」
「はい。私たちも人間が好物なため、行き過ぎないように気を付けておきます。あぁ、ご安心ください。魔王ヴィル様の奴隷には絶対手を出すなと、きつくきつく言われておりますので」
アイリスのほうを睨んでから、牙を見せた。
「!?」
アイリスがびくっとして、マントを掴む。
「こちらがダンジョンになります」
ザキが立ち止まった場所に、大きめの白い岩があった。
草に囲まれてて、言われなければ気づかなかったな。
「攻略されたのはここ数年で、中には私たちと同じ魔族であるセラが封印されています」
怒りで瞳孔が縦長になっていた。
「人間の奴ら、忌まわしき吸血鬼を封印したと意気揚々と出てきました。今、思い出しても腹が立ちます・・・何もできなかった自分たち自身にも・・・・」
「安心しろ。攻略すれば解放される」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ドン
床に触れると、引っ張る前から勝手に開いた。
ダンジョンの精霊が呼んでいるのか。
「ここのダンジョンの精霊も俺たちのことを知っていそうだな」
「うん」
「・・・・」
アイリスがザキに警戒しているのが伝わってきた。
「案内ありがとう。行ってくる。匂いを嗅ぎつけて人間が来る可能性もあるから、いつでも戦闘態勢を取れるようにしておけ。人間を決して甘く見るな」
「・・・・・はい、重々承知しております。いってらっしゃいませ」
ザキが翼を畳んで、深々と頭を下げた。
指先に光を灯して階段を下っていく。
「このダンジョンは入り口も大きいのね。それに、花のような甘い香りがする」
扉が閉まった途端にアイリスがはしゃぎだした。
階段を1段飛ばして、きょろきょろしながら降りていく。
「また、そんなことやってると転ぶぞ」
「大丈夫、ねぇ、見て。入り口が近いのに、大きな部屋がある」
楽しそうにしながら見て回っていた。
どこのダンジョンも暇だからか、戦闘の痕跡がほとんど無いんだよな。
柱に傷跡が残っているくらいだ。
ダンジョンの精霊が修復している姿が目に浮かぶ。
「今回は俺もクエストに行くんだから、あまり寄り道するな」
「わかった。今度は魔王ヴィル様も一緒なんだもんね。あ、こっちにも部屋があるよ」
アイリスがふっと曲がって、丸い部屋に入った。
「寄り道するなって聞いてたか?」
「ねぇねぇ、見て。魔王ヴィル様。ここにも階段があるの。こうゆうのは、誰も行かないような道に宝があったりする。そうゆうテンプレがある」
「俺は別に宝さがしに来てるわけじゃないって」
マントを引っ張る。
隠し階段のようなものを見つけていた。
「でも、近道かもしれないよ」
「そんな都合がいい話・・・・」
微かに花のような匂いがした。
確かに、近道の可能性もあるな。
「じゃあ・・・こっちから行ってみるか。アイリスの方がダンジョン慣れしてるしな」
「ん? なんか変なボタンとレバーがあるよ。押したらどうなるのかな?」
「ちょっ・・・・・」
アイリスが飛び出た岩を手のひらで押していた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
突然、地面が動き出す。
「うわっ・・・・」
「ま、魔王ヴィル様」
床が回転して、壁に押された。アイリスのいる場所から離れていく。
反動で、尻もちをついた。
「いっ・・・・・・」
どこかの狭い部屋に入ってしまったようだ。
「アイリス、そこにいるのか?」
声が響くだけだ。
返事が聞こえなかった。
アイリスの好奇心を侮っていたな。
普通、ダンジョンのボタンなんて何かあるかもしれないんだから、押さないだろうが。
「誰・・・・・・?」
「!?」
後ろから小さな声がして、咄嗟に指先に明かりを灯した。
赤い目の、女魔族が岩の上に座っていた。
見た目はアイリスよりも少しだけ年下だ。
服はボロボロで、肌が露出している。
「吸血鬼族の魔族か。俺は魔王ヴィルだ」
「魔王ヴィル様・・・・・・・」
目をウルウルさせながらこちらを見ていた。
こいつが、ザキの言っていた人間に封印された魔族のようだな。
「わ・・・・私はセラです。数年前の戦闘で人間に封印されてから、このダンジョンから出ることができず・・・」
手で顔を覆った。
「まさか・・・・魔王様が来てくださるなんて・・・嬉しくて」
「心配するな。俺たちがここを魔族のダ・・・って、えっ・・・・」
ガタン ガタン
「!」
壁と床が動き出す。
アイリスが何かをいじってるな。
「きゃっ・・・・」
「大丈夫か? って。んん・・・・」
「あっ・・・・・・」
セラが上に乗ってきて、胸の谷間に挟まれた。
柔らかいけど・・・息が苦しい。
「ご・・・ごめんなさい。こんな・・・・」
「・・・・いや、大丈夫」
「あっ・・・」
すぐに体を起こしていた。
「へ、変な反応してすみません」
胸を押さえながら恥ずかしそうに俯く。
魔族にも羞恥心はあるよな。マキアが特殊だっただけで・・・。
ゴゴゴゴゴゴゴ
「っ・・・」
もうちょっと考えてから動かせよ。
壁が広くなったり狭くなったり、地面が回転したりしていた。
「あれれれ・・・・」
「うわっ・・・・・」
壁に背中を押されて、セラに覆いかぶさったところで止まった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「やっぱり、この動作で開くのね。想定通り。この実績は記録しておいて、次のダンジョンに生かせるかな。トライアンドエラーは大事・・・ねぇ、魔王ヴィル様・・・て・・・」
アイリスが扉の前で、固まっていた。
「魔王ヴィル様?」
「・・・これは・・・・・・」
「こっちは真っ暗な中、動作確認してたのに・・・・魔王ヴィル様は魔族といちゃいちゃ・・・」
アイリスが俺とセラを交互に見る。
「仕掛けが次々出てきたんだよ」
「この状況だと、89パーセントの確率で、可愛い女魔族様を襲っているようにしか見えない。ラッキースケベイベントが発動したとしか・・・」
「だから、そのラッキースケベイベントって・・・」
「待ってください! ち、違います。魔王ヴィル様は、えと、その・・・」
セラが顔を真っ赤にして、座りなおしていた。
「魔王ヴィル様ってば。イベント発生率99パーセントに到達・・・」
アイリスがじとーっとした目でこちらを見てくる。
「だから、勘違いだって」
「本当です。すみません、誤解を・・・」
セラがあたふたしていた。
どう考えてもアイリスのせいなのに、なんで俺が・・・。
 




