喪失感
ジンは帝国兵がすぐには動かないことを少し遠くから確認すると自分もミシェルの目印を探して走り出す。
しばらく走ったジンは目印を見つけられなかったが、ある人物が木の根元で座っているのを見つける。
「おい」
ジンが声をかけると男はビクっと反応するがジンの姿を見て安心する。
「あんたか」
それは先程ジンと共に殿を務めた一人の男だった。
「どうした」
ジンがゆっくり近づいて片膝をつく。
腰を落としてすぐに男が脇腹を押さえていることに気づく。
その怪我が致命的であることは誰が見ても明らかであったためジンは何も言わずに隣に腰を落とす。
「なー隊長さんよ.......」
先程はジンの横で戦っていた彼とはジンは一言も喋ったことはなかった、そんな彼がジンに喋りかける。
「あんたすげーなあんな敵をバッタバッタ倒すような歩兵初めて見たぜ」
そう言って薄く笑う男にジンはあることを聞く。
「なんで殿に残ってくれたんだ?」
ジンはその傷では助からないと理解はしているが彼の最期の時を一人で過ごさせるのはあまりにも悲しいと思い帝国の追っ手がすでに動き出している可能性はあったが男の隣を動かない。
「そうさなぁ、お前さんが幼かったからかもな」
「俺?」
「なんでかぁ、息子を思い出したのさ、先月生まれたばかりなんだけどな」
そう言って薄く笑う。
血が流れすぎたのか少しボウッとしながら男は答える。
「そうか、すまない名をまだ聞いてなかったなできれば教えてくれないか?」
「ダダンだ」
「ダダンか出身はどこだ?」
「ケーズ領の、南にあるカザーキって村さ、そこに息子もいるし嫁もいる」
「そうか、どうだ?嫁さんは美人か?」
「ああ、俺にはもったいねーくらいさ」
「なら帰らねーといけねーだろ」
そう言うとジンは隣に座るダダンの肩甲冑にコンと拳を送る。
「そーなんだがなー」
そう言うと男は抑えていた脇腹から手を離して血でベタベタの手で腰の短剣を鞘ごと引き抜く。
「すまんな、隊長さん、一つ頼めるか?」
どうやらジンのその場しのぎの励ましなど通じなかったのだろう。男は自分が最期であるとしっかりと理解していた。
「ガフっ!すまねーが渡してくれねーか?」
吐血しながら男はなんとか首に掛かったネックレスをジンに渡そうとする。
「今日知り合ったばっかの俺にそんな大事なもん託していいのかよ?」
ジンは頭ではダダンはもう限界であることはわかってはいたがどうしても納得が出来ずにそう言う。
「いいんだよ、見ず知らずの俺ら徴収兵なんか拾ってしかも殿を買って出るお人好しだ。好都合さ」
「そうか」
血でドロドロになったネックレスを受け取るとジンはダダンの顔を見る。
最早そこに生気はなくもう数秒もすればその命は消えてしまうとジンも理解する。
「一緒に伝えておくことはあるか?どうせこのネックレスを届けに行くんだ。ついでに一言伝えるぞ?」
「そうさなぁ......」
ジンの問いに数瞬思考して男はこれまでの薄い笑みではなく満面の笑みで言う。
「愛してるって伝えてくれ」
そう言うとダダンの体から力が全て抜けて横に倒れそうになるのをジンが甲冑を掴んで止める。
「わかった、伝えとく」
ジンはこの時、知ったのも今さっきである男、ダダンの死に喪失感を大きく感じた。名前も先程聞いたくらいに面識のない兵士だが、確実に彼は覚悟のために戦ったのだ。
「ちくしょうが」
ジンはそう吐き捨てると冷たくなったダダンを横たわらせ腕を組ませるとその場を後にする。
ジンはジャスとの戦術の授業で兵を数を見て戦うことを学び、現に今回の撤退戦少しでも的が多くなるように味方の兵士を拾う戦法を取った。これは絶望的状況でなんとか逃れられる術としては正解だったと言えるが、ジンはあまりにも自分の浅はかさに吐き捨てるのだ。
ジンは剣を持つ覚悟とは何かとジゲンに言われてずっと考えてきたが、それは守る覚悟だと結論を出した。だが自分の覚悟は未熟であると言わざる終えなかった。
「そうか、親父殿が言っていた個人ではってのはこういうことか」
ジンは昔ジゲンに言われた戦争で個人とはどれだけちっぽけかと言うことを語られた記憶を思い出す。
正直ジンは一人で全然やれるではないかと思っていた。
だが、ジゲンが言っていたのはそう言うことではなかった。
「覚悟か」
ジンはまた最初に立ち戻って来てしまった『覚悟』と言う難題にダダンのネックレスを握り締めながら考えるのだった。




