第3話 5
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その時、沼の岸のほうから大声がしました。リーダーの鰐鮫の声です。
「お前か!阿倍比羅夫!こんなところまで来たのか!しかたがない、姫は帰してやる!お前も朝廷の人間だからエミシと呼ばれて蔑まれる人間の気持ちはわかるまい!
未開と言われて侵略される側の気持ちなんて!
しかし俺たちはお前たちに征服されるままではないぞ!
たとえお前たちが侵略に来てもただではやられないぞ!
お前たち侵略者に牙を剥いて、少しでも抵抗してやるからな!待ってろ!
歴史に隠された被征服者の怨念を忘れないことだ!
それに、お前は朝廷にいいようにこき使われて使い捨てにされるのだぞ!
お前はいいのか、朝廷の犬で?よく考えろ!」
「比羅夫、気にしちゃだめだよ、あんな奴の言うこと・・・」
「ああ、俺はただの武士だ。お上の言うことには絶対服従だ。
たとえそれが間違っていようとも・・・」
そして、小舟は完全に沈没してしまいました。
泳げない玉代姫は『あの沼』で溺れてしまい、比羅夫に担がれてシババの邑へ連れてきてもらいました。
玉代姫が助けられて、早苗姫以下、橘家の家族や邑の衆はほっとして大喜びです。
四人の家臣たちは玉代姫と結婚できなくなってがっかりしていました。
ただ玉代姫は浮かない顔のままでした。
「お姉さまびしょびしょですわよ?沼にでも落ちたのですか?「あの沼」に」
「うん。小舟が沈没しておぼれちゃった。・・・・へ、へ、へくちょん!」
「比羅夫、そんなに辛いんだったら、ここに残って暮らそうよ。
戦なんてやめてさ、わたしと一緒に暮らそうよ」
「玉ちゃん、俺はもうすぐ北方のエミシを平定するために出発しなければならない。最終的には蝦夷地の北の大地の粛慎まで行くことになる。さっきの男が言うように戦いは厳しいものになるだろう。奴らが簡単に降伏するとは思えないからな。下手をすると俺は帰って来られないかもしれない。俺にもしものことがあったら、俺のことは忘れて幸せになってほしい。それが俺の残していける唯一の言葉だ」
「比羅夫、ダメだよ!絶対に帰ってきてよ!わたし待ってるからね!ずっと待ってるからね!信じてるからね!帰ってきたら祝言あげるからね!約束だからね!」




