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79話

 夜にはなんとか、コトニスの森に潜りこむ事ができた。

「ただいまー!」

「気が早いんじゃないのか、それは」

「いやあ、この森は俺の部屋二号店みたいなところだから!」

 そう。なんといっても、この森は俺の小さいころからの遊び場。

 魔草はいっぱい、魔樹もいっぱい、魔石も時々落っこちてるし、何より妖精が気まぐれに遊んでくれる。

 妖精って結構現金な奴ら多いからね。美しくて魔力の豊富な人間の子供なんかが居たら結構わんさか寄ってくるんだよね。

 今は……寄って来るかな、どうだろ。明らかに大人に分類されるヴェルクトとディアーネも一緒だし、俺も一応大きくなっちゃったし、それに何より、魔力が0になっちゃってるからね。会えればいいけど。

「シエルはよくここで遊んでいたものね」

「うん。ここなら魔法薬作り放題!材料には本当に困んねえもん」

 あそこに生えてるのは忘却芥子でしょ?あっちには餅苔でしょ?そこに反転葛でしょ?

 ……これだけでもう、『記憶力増強剤』作れちゃう。最高!

「イネリアの森とは少し雰囲気が違うな」

 イネリアの森、ってのは、アイトリアから北にロドリー山脈抜けたところの森……つまり、ヴェルクトが良く狩りをしていた場所だ。

「ま、こっちにはあんまり獣が来ないからね」

 イネリアの森は動物がとっても豊富なんだけど、コトニスの森にはそんなにいっぱいは居ない。少なくとも、でかいやつはほんとに居ない。

 何故か、っつったら、やっぱり妖精のせいである。

 ……そう。このコトニスの森。卵が先か鶏が先かは分からんが、妖精が住み着くことで、魔草と魔樹で溢れかえり、獣はほとんど寄り付かず、そして人間も寄り付かない。そんな妖精の森になっているのであった。


 そんな妖精の巣窟の中で野営するなんて普通は狂気の沙汰なんだけど、まあ、俺に限っては大丈夫。

 俺のお友達だから、ディアーネとヴェルクトもまあ、多分大丈夫。

 野営の場所はちょっぴり開けた場所。俺1人だったらお気に入りの大木の洞とかで寝ちゃうんだけど、3人だとちょっと狭いし。

 という事でさっさと寝袋野営して、明日の朝になったら妖精探しに出よう。




 という事で、森で迎えた朝はとても爽やかで心地の良い物であった。

 ……ただし、なんだか予想以上に爽やかだぞ、と思いつつ起き上がったら、頭から何かが落ちた。

 落ちた物は、空色薄荷の花冠。成程、道理でやったら爽やかな訳だ。

 見てみたら、ヴェルクトは寝袋ごと薄雲蔦の蔓でぐりぐり巻きにされてるし、ディアーネは髪に黄金樹の枝を飾られている。

 思わず笑いがこみ上げてきちゃうね。どうも、寝てる間に妖精が来て悪戯してってくれたらしい。

 ちなみに、妖精に好かれないタイプの人間がこの森で寝ると、寝てる間に蔦でぐりぐり巻きにされた挙句木から吊るされるとか、服を全て盗まれるとか、荷物から食料だけ全て持ってかれるとか、そういう目に遭う。俺達は割と歓迎されてるみたいだからこういう可愛い悪戯してってくれるけども。

 ……直接会ってくれるかは分かんないけど、ま、嫌われては無いみたいだからちょっぴり安心した。


「目が覚めたらふわふわしたもので縛られていたんだが」

「妖精のせいだぞ、俺じゃないからな」

 一応、この驚きを取っておいてあげたかったので、ヴェルクトもディアーネも自力で起きるまでほっといてあげた所、ヴェルクトからは非常に不評だった。まあそうだろうね。少なくとも俺だったら嫌。

「そう、妖精が来たのね。……直接見て見たかったけれど」

「ま、向こうがその気になってくれれば会えると思うよ。少なくとも嫌われては無いみたいだし」

「待て、俺は縛られていたんだがそれでも嫌われていない範疇に入るのか」

「入る入る。薄雲蔦でしょ?ふわふわじゃん。引きちぎるのも余裕じゃん。それに吊るされても無けりゃ荷物取られてもないし顔に落書きもされてないし……」

「……妖精というのはそういう事をしてくる連中なのか……」

 という事で、ざっと『ハウトゥー妖精』を説明しつつ、朝食を摂る。

 ここしばらく食事は野営続きだけども、割とヴェルクトが料理できるんで食事には困ってない。

 ちなみに、俺は前世のおかげで割とできるんだけど、ディアーネはほとんどできない。

 まあ、ディアーネは、食事は使用人が作ってくれるもの、っていう生活してたし、これからもそういう生活するんだからそれで問題ないだろ。あ、けど一応、焼き物に関してはディアーネが一番上手い。単純に火の精霊の恩恵だけど。




 朝食が終わったら、早速コトニスの森を進む。

 あんまり森の様子は変わってない。正直、リテナよりも変わってないぐらい。

 だから、月虹草の群生地にもさっくり辿りつく事ができた。

「これが月虹草か」

「いい香りね」

「うん。よく摘んで持って帰って砂糖漬けにしてもらったなー」

 俺のお気に入りのおやつの原料でもある月虹草は、ほんのりと虹色に滲んだような光沢を持つ、白っぽい花。

 群生地はほんわりと淡い虹色の光が満ちて、中々に綺麗なのである。

 そしてこれを花が開ききらない内に摘んで砂糖漬けにすると、俺のおやつになるわけだ。

 小さいながらもとってもいい香りがして、すっきり爽やかな風味もある。ちょっとつまむには中々いいお味なんだよね。

 ちなみに、月虹草は花よりも実が付いてる姿が多い草である。この森においては花の姿で居ることの方が多いんだけどね。

 月虹草の実が『月虹苺』。リテナで食べたタルトに乗ってた奴。

 こっちも中々美味しいものだ。さっぱりした甘酸っぱさと強めの爽やかな香り。ただし、『苺』の割には水分が少ない。乾燥させて煮戻してジャムみたいにして食べるのが一般的。

 薬草でもあるから葉や茎や根なんかも薬だのなんだのに使えるんだけど、俺はもっぱら食ってたな。

「とりあえず根っこごと採って鉢植えにして鞄に入れとくか」

 どのぐらい鮮度が必要なのか分からないので、とりあえず土から採取して、適当な瓶に植えておいた。これでしばらくはもつだろ。


 ……さて。そして、月虹草の花を手に入れたはいいんだけど、妖精さんと会えてない。

 多分、嫌われてる訳じゃない。遠慮されてるとかでも無いな。この雰囲気だと。

 あいつら中々に気まぐれだし、いぢわるだし……俺が困るの見越して、あえて出てきてないかんじする。

 妖精のくせに生意気である。

 当然、これを許すわけにはいかない。このまま妖精の掌の上で妖精を探し回ってやるほど、俺のプライドは安くないのだ!


 ということで、朝食からそんなに時間が経ってる訳でも無いけど、おやつにする。

 ディアーネがフィロマリリアで買ったお茶用の魔石もそろそろ無くなっちゃうけど、ここは惜しまず使う。どうせアイトリアに着いたらいくらでも買えるし。

 ……という事で、森の柔らかな草の上に敷物を敷き、魔石フレーバーのお茶を淹れる。

 お茶請けは月虹草の花の砂糖漬けとビスケット。

 ビスケットは砂糖をかけて焼いてある奴。溶けた砂糖が飴になってキラキラしてる。妖精はこういうのが大好きなのだ。

 できればもうちょっとお茶請けがいっぱいあった方が釣れるんだけど、しょうがない。今は旅の身空だしね。嫌われてる訳じゃないんだから、この程度でも食い意地張ってる奴は釣れるだろ。多分。


 優雅にティータイムしてたら、ふわふわ、と、妖精がやってきて近くの木にとまった。

 じっとこちらを見てくるが、俺は気づかないふりでティータイムを続ける。

 さくさく、とビスケットを齧ると、妖精の気配が増えた。うずうずしてる。間違いない。あいつらはキラキラしてて甘そうなビスケットを見て、間違いなくうずうずしている!

 そして俺は妖精たちのうずうずが最高潮に達したところを見計らって、ビスケットを一枚掲げた。

「食べる?」


 その瞬間、あふれ出るように木々から飛んでくる妖精たち!俺の気分は空港に降り立ったハリウッドスター!押さないでください!押さないでください!サインはご遠慮願います!




「へー。じゃあ、皆協力してくれてたんだ」

 妖精たちがビスケットなり月虹草の花の砂糖漬けなりにありついて幸せそーな顔してる中、俺はひたすら妖精たちとお話していた。

 ……魔力が無くなっちゃってるからどうなるかと思ったけど、妖精たちは俺の魔力が無くなったことを知っていたらしい。

 なんでも、急に森に来なくなったから心配になってアイトリアまで見に来てくれたんだと。そんで、俺に起きた事件を知って……それ以来、アンブレイル意地悪(ニュアンス的にはいぢわるじゃなくて意地悪)するよう、あちこちの妖精と色々やってるらしい。

 だから多分、アンブレイルは俺の魔力を丸ごと奪ったにもかかわらず、妖精魔法の類は一切使えていないだろう、という事。

 妖精魔法ってのは妖精に助けてもらわなきゃ使えないからね。妖精が駄目っつったら駄目なのである。

 妖精が気に入る豊富で個性的な魔力の持ち主にしか使えない、高度な魔法なのである。

 ……たしかアンブレイルは俺の魔力を奪う前、妖精魔法の端くれの端くれ、みたいな魔法は使えてたと思うんだけどさ。それが使えなくなった、ってのは、衝撃だったかもね。ははは、いい気味である。


「……ディアーネ、俺には妖精の言葉が分からないんだが、彼らは何と言っているんだ」

「私にも良く分からないけれど……世間話?それとも漫談なのかしら?」

「ディアーネも分からないのか」

「妖精の言葉が細部まで全部分かるのなんてシエルぐらいなものよ」

 そうして妖精たちと世間話に思い出話を積もらせまくっていた所、ヴェルクトとディアーネがなんとなく暇そうにしていることに気付いた。

 ……妖精の言葉はとっても分かりづらい。

 魔力を失う前は古代魔法の翻訳魔法を復刻して使ってお話してた。今はそういう訳にもいかないので、魔力を見る目を通して妖精の言葉の魔力を解析してお話している。

 やっぱり俺ってば天才。

「ごめんごめん、世間話と思い出話してた。今、『こんなアンブレイルは嫌だ』で盛り上がってたところ」

「まるで意味が分からん」

 お前ら置いてけぼりで盛り上がっちゃってごめんね。反省はしてない。

「シエル、妖精にお願いしなくてはいけない事があるんじゃなくって?」

 うん。用事もあるのはあるんだけどね。忘れちゃいないんだけどね……こいつら気まぐれだから、本題をうまく切り出すタイミングを窺ってた、ってのはある。

 案の定、ディアーネの言葉に妖精たちは『なんぞ?』『お願いってなんぞ?』みたいな事をもっと可愛くてプリティな妖精語で俺に聞いてきた。

「うん。あのねー……」

 ……ここで、素直に『泣いて下さい』っていう訳にはいかない。そんなことを言ったら、こいつらは『じゃあ大笑いしてやろー』ってなるか、『じゃあお菓子を献上したまへ!』ってなるか、そのどっちかである。或いは両方。

 せめて、涙を出させるところまでは目的を悟られずにいきたい。

 だから、ここで俺は考える。

 クールでスマートに、妖精を泣かせる方法を。

 ……そして、俺は結論を出した。

「それではお聞きください、『ごんぎつね』」


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[一言] ごんぎつねはオーバーキルでは無かろうか
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