77話
ディアーネが玉座の間をふっとばした直後、俺の体は宙に浮いて、半ば空を飛ぶようにフォンネール城を出ていた。
「ディアーネ!ただ突破口を開けばいいとあれほど……!」
「あら。折角シエルから許可が出たのだもの。……それにこのくらいしなくてはシエルが侮られるわ。ねえ?シエル?」
「うーん!すっきりしたから何でもいいや!うん!後の事は後で考えようぜ!」
ディアーネが見事に玉座の間を吹っ飛ばしてくれた直後、ヴェルクトが俺を攫うように引っ掴んで、そのまま吹き飛んだ壁からダイナミックお邪魔しましたをかましてくれたらしい。
玉座の間は城の3階だったんだけど、無属性魔法を無意識にバンバン使って空中二段ジャンプだってできちゃうようなヴェルクトにかかれば、この程度は簡単に脱出できちゃうのである。
ははは、俺、こいつが抱えられるぐらいちっさくてよかった。じゃなきゃ死んでる。
尚、ディアーネは火の妖精魔法を華麗に使いこなし、炎の翼を生み出して滑空していた。なんだこいつ。
フォンネール城の3階から飛び降りた先には、兵士がたっぷり押し寄せてくるところだった。
そりゃそうだ!多分、フォンネール王はかなり内密に俺をとっ捕まえようとしてたんだと思うから、この兵はフォンネール王が回したわけじゃないと思うんだけど……なにせ、玉座の間が吹っ飛んでるからな!そりゃ、兵士が詰めかけるわ!
「邪魔よ」
だが、こんな奴らはディアーネお嬢様にとって、有象無象でしかない。
炎で作られた竜が兵士たちに牙を剥くと、兵士は身構えるなり逃げ出すなりし始めた。うん、この場合は逃げるのが正しい。俺なら逃げる。
……炎の竜が、火を吹いた。
かなり加減はしてあるみたいだけれど、それだって火は火。食らっている間はもう、防御一辺倒にならざるを得ない。
「右が手薄だ。右へ行くぞ!」
ディアーネが火魔法で焼き払ってる間に、ヴェルクトはあたりの様子を見ていたらしい。さっさと俺を抱えたままそちらへ走る。
ディアーネも火魔法は適当なところで切り上げて、俺達に続く。
「……あの、そろそろ降ろしてくれていいのよ?」
うん。そう。ヴェルクトったら、俺を抱えたまますたこらしてるのよね。
「ああ……すまない、人目が無くなるまではこのまま、だそうだ」
……あー……うん。分かった。ディアーネの差し金ね。うん。
「ねえシエル?シエルアーク殿下は賊に攫われました、というのはどうかしら?」
まあ、うん。そうね。賢い。
フォンネール王は俺の事は内緒にしておきたいだろうから、『孫です』なんて絶対言わないし、『捕まえようとしてました』も絶対言わない。面子ってもんがあるからね。絶対にそれは無い。
……だから、俺は『アイトリウス王国からやってきたシエルアーク・レイ・アイトリウス殿下』でしかない。
ただフォンネール王に謁見していた隣国の王族、ってだけなんだから、当然……『玉座の間がいきなり吹っ飛んで、中から屈強な男に抱えられたままどこかへ行った』なら……誘拐、ってなるよね!
「俺はともかく、ディアーネとヴェルクトは犯罪者だけど、そこら辺の対策は?」
「俺の事はシエルがなんとでもしてくれるんだろう?」
「うん。そのつもり。最悪、誘拐犯の手腕を買って騎士にした、ぐらいはでっち上げる。で、ディアーネは?」
「何かあったら『ならばフォンネールを焼き払います』って脅すから大丈夫よ」
……。そうね。こいつはとんでもない脅し文句を持ってるのよね。何この生ける大量殺戮兵器。悪の道まっしぐら。
「後の事は後で考えましょう?とりあえず、町の外まで出て騎獣を呼んで、キュリテスを離れた方がいいわ」
「ん。そーね。……そしたら取りあえず、西に向かうぞ」
ヴェルクトに運ばれつつ、頭の中に地図を出してこれからの行動を考える。
……うん。まあ、どうせまた西大陸には戻らなきゃいけないんだし、なら、港町に近い方がいいよね、っていう。
……悩む所は、フォンネールの港ヌポールから一番近い港が……アイトリウスのリテナだ、ってこと、なんだけどね……。
キュリテスの裏通りを進んで街門を強行突破したら、なんと、そこには既にルシフ君たち騎獣ズが待機していた!
「おー、気が利くねールシフ君。流石勇者様の乗り物だ」
ルシフ君に乗って首のあたりをなでなでしてやれば、ルシフ君はくぇー、と、気の抜ける声を上げつつ、嬉しそうに走り出した。うんうん、こいつも中々いい部下よね。
後からヴェルクトとディアーネの有翼馬も続いてやってくる。
「とりあえずこのまま西に直進ー!さっさとフォンネールを脱出するぞー!」
んで、多分今日は野宿な!
予想通り、野宿である。
……いや、一応これもキュリテスからの追手を撒くための作戦である。
今日中にヌポールに辿りつくことはできない。不眠不休でルシフ君を飛ばしても、真夜中になっちゃう。
そうなると当然、夜中に船は出てないから、俺達はヌポールで足止めを食らう事になる。
……その間にヌポールへ兵士が来たら、めんどくさい。
ってことはどういう事かっつうと、俺達は極力、ヌポールでの滞在時間を短くする必要がある。
だから、船の出港ギリギリに駆け込み乗船して、そのまま追手を撒いちまえ、ってのがベストかな、って思う訳である。
そうでなくても、どうせ出発できる時刻は変わらないんだから、ま、たまには野宿でもいいよね、っていう。
「久々の野営だな」
「ね」
割と昼飯は野っ原アウトドア調理で食う事が多かったけど、寝床についてはここ最近ずっと宿屋とってたからね。
とりあえず火を焚きつつ、その火で肉を焼く。
肉はヴェルクトがやってくれました。そこらへん飛んでた鳥をナイフの投擲で仕留めるという神業を披露、アンド、見事な手つきでそれを捌いて調理してくれた訳だ。
うん、さっきまで飛んでたけど、こんがりジューシーに焼けちゃうともうただの肉だね。美味そう。
「ふふふ、中々スリリングな一日だったわね」
「ね。何考えてんだか、あのじーさんは」
程よく塩味の効いたこんがり肉を食いつつ、さて、俺の頭の中は『星屑樹の実、どーしよっかな』である。
……ほんとのほんとに最悪の場合は、フォンネールでクーデター起こして王を武力で従わせておいて例の星屑樹畑の扉を開けさせて……ってなるけど、どんなにディアーネが生ける大量殺戮兵器だったとしても、ちょっと3人じゃしんどいしな。
……アイトリウスにはどうせ戻らなきゃいけないんだから、どうせ忍び込むなら勝手知ったる我が家の方がいいか。
宝物庫に忍び込んで物色するついでに、禁書棚見漁って星屑樹関係の本が無いか見てみよう。
或いは、空の精霊様にお伺いしてもいいかな。なら、貢物も用意しねえとだから……。
「シエル」
「んっ?」
色々考えてる間に、ヴェルクトとディアーネがこちらを見ていた。
「……お前も色々大変だろうが、その、俺にできることがあれば何でも言ってくれ。力になる」
「ふふ、私だって力になるわ。……ディアーネ・クレスタルデをこき使えるのは世界で貴方だけよ、シエル。誇りなさいな」
……うん。ま、なんとかなるでしょ。なんとかなる気がしてきた。
そして、安定の寝袋である。
寝袋っつうのは案外馬鹿にできないもんで、結構寝心地が良かったりするのだ。この、包まれてる感がいい。すごくいい。布団も好きだけど俺、結構寝袋も好き。
セキュリティに関しては、例の如くディアーネが火の物騒タイプな結界を張ってくれたから安心。
……って事で、仲良く火を囲みつつ、寝袋で俺達は眠りについたわけであった。
夢を見た。
俺はアイトリアの城の中に居た。
もうかれこれ7年間も見ていない場所なのに、夢の中の景色は酷く鮮明で、実際にそこに居るような気分になる。
……城の中には誰も居ない。流石の夢も、そこまで再現するスペックは無いらしい。
俺はどんどん城の中を進んでいく。
広間を抜け、裏道を通り、食堂の脇を通って……裏庭に出た。
そして、俺が生涯でほんの1、2回しか立ち入った事の無い場所へ、俺は向かっていったのである。
何故立ち入らなかったかと言ったら、立ち入る用事が無かったから。そして、俺が立ち入ると大臣やアンブレイルをはじめとして、いろんな奴らが良い顔をしなかったからだ。
妾の子がアイトリウス王家の墓場に立ち入るのは不遜である、ということで、俺は絶好のかくれんぼスポットを1つ諦める羽目になったのである。
まあ、そのおかげで城の隠し通路とか隠し部屋とか宝物庫とか禁書棚とか見つけられたから結果オーライだったんだけどね。
……夢の中の俺は、その墓場に用事があるらしかった。
墓石が並ぶ場所に踏み入り、俺は奥へ奥へと進んでいく。
そして辿りついたのは、小さな墓だ。
俺は、その小さな墓石に手を触れると、そこに刻まれた名を読んだ。
『アルカセラス・レイ・アイトリウス』。
すると、小さな墓石が土台の石ごと動いて、そして……地下へ続く階段が現れた。
俺はその中へ降りていく。降りて、降りて……その先で、見た。
薄青の光に照らされた、金の髪、碧空の瞳。……まるで鏡を見ているかのように俺にそっくりな、誰かの姿を。
急激に世界がひっくり返り、衝撃と痛みで完全に目が覚めた。
「……シエル、大丈夫か」
……どうも、寝袋のまま転がって、そこら辺にあった大きめの石に乗り上げてから落ちて頭を打ったらしい。なにこれ。
「うん、平気。平気、なんだけど、さあ……」
寝袋から出て、既に朝食の用意をしているヴェルクトの側に腰を下ろして、未だ頭にはっきりと残る、さっきの夢の事を考えていた。
「墓の中にさあ、俺そっくりの奴がいてさあ」
「寝ぼけてるのか、シエル」
……ふと、思う。
俺そっくりな誰かを照らしていた薄青の光には見覚えがあった。
「……多分俺、アイトリアに戻らなきゃいけないんだ」
只の夢だと思うには、ちょっとはっきりしすぎてた。
それに、あの薄青の光は……星屑樹のそれ、だったように思う。




