53話
とりあえず、リストを見れば、もう持っている物、それがある場所に行けば簡単に手に入る物、それがある場所に行っても簡単には手に入らなさそうな物、どこにあるか分からない物、の4つに分けられることが分かった。
まず、陽虹光水晶と死神草とグリフォンの鬣はもう持ってる。死神草はまだまだ鞄に詰まってるし、グリフォンの鬣はルシフ君から少々引っこ抜かせてもらえばオッケー。陽虹光水晶は、つい昨日光の精霊に貰った奴。あれの事だろう。さっすが精霊。分かってるぅ。
次に、場所に行きさえすれば簡単に手に入る物は、多分、簡単な順に……月虹草の花、炎舞草の花、俺の魔力、無属性ドラゴンの鱗、人魚の涙、天空石、って所か。
月虹草はアイトリウスの森によく生えてる。群生地も知ってるから、これはアイトリウスに帰りさえすれば余裕だな。
炎舞草はヴェルメルサの森に生えてるはず。そんなに詳しくヴェルメルサの森を知ってる訳じゃないけど、まあ、何とかなるはずだ。
で、俺の魔力については……ディアーネを見ると、にっこり微笑んで頷いてくれた。
「シエルの魔力入りの魔石なら、クレスタルデの屋敷の私の部屋に隠してあるわ」
場所が分かってるもんだから、非常に楽だね。ただ、ディアーネのお姉さん達とのあれやこれやが面倒そうではあるな。
「……おい、シエル、無属性ドラゴンの鱗、というのは」
「あー、それね。ええと、ネビルムの村の南に、ロドリー山脈があるだろ。そこの抜け道に無属性の……つまり、空のドラゴンが居てさ。ヴェルクトに会う前、そいつを伸したんだよね。義理堅い奴っぽかったし、頼めば鱗の1枚ぐらいくれそうな気がする」
そういや、あのドラゴンと戦った時にはまだヴェルクトも居なかったんだもんなあ、なんて思いつつ説明すれば、そうか、と呟いてヴェルクトが何とも言えない顔をした。
……ま、俺の人徳は人との出会いに留まらず、ドラゴンやその他人外にまで及ぶ、って事だ。うん。
「人魚の真珠は人魚の島に行くのよね?」
「うん。あそこのお姫様達俺の事気に入ってくれてたみたいだし、頼めば何とかなりそうじゃない?」
「天空石、とやらにも心当たりがあるんだな?」
「……ま、ちょっと侵入しないといけないけどね……」
……『天空石』という名前と、俺の台詞で、ディアーネとヴェルクトは天空石がどこにあるのか分かったらしい。
「……城か」
「うん」
実家に帰るのに『侵入』しないといけないっておかしいんだよなぁ……うん、やっぱり、アンブレイル、許すまじ。俺から魔力と時間だけでなく平穏な里帰りまでもを奪った罪は重い!
「そこまでが比較的簡単に手に入る物、ね。……残りは……私も知らない物ばかりだわ……」
だろうね。
「まず、永久の火の欠片と永久の氷の欠片については、多分、対になってるもんだと思う。となれば、火の精霊にディアーネが『永久の火の欠片ってどこにあるの?』って聞いてくれれば氷の方も見当がつくと思う」
ディアーネが心得た、とばかりに虚空に向かって火の精霊と会話して……すぐ、情報を仕入れてくれた。
「『永久の火の欠片は冥府に近き場所に、永久の氷の欠片は天上に近き場所に』ですって」
「ほーん。じゃ、火の方はまた火竜の巣に潜る事になるだろうな。氷の方はリスタキアの山のてっぺんに登ってみりゃ分かるか」
この2つはかなり先が見えてきたね。ラッキィ。
「それから、妖精の涙は妖精から、妖怪の鏡は妖怪から貰う事になるだろうな。妖精は気まぐれだけど、アイトリウスの森に行けば会えるかもしれない。妖怪はアマツカゼに居るらしいから、まあ、なんとかなるんじゃないの……」
……ディアーネとヴェルクトが顔を見合わせた。
残りの素材が相当やばい、って事に気付き始めたらしい。
「えーと、花扇鳥の羽、は……やっぱりアマツカゼだな。どっか、きれいな山とかに居るって聞いたことある。見た事無いけど。それからやっぱりアマツカゼでフウリ旋風鋼も採れるはず。こっちも見た事無いから、現地で情報収集が必須だな」
「シエル、その、アマツカゼ、というのは、どこにあるんだ?」
ヴェルクトの素朴な疑問にお答えすべく、俺は地図を広げる。
「えっとね、エーヴィリトが東大陸の最北西。で、そこから真っ直ぐ東に向かっていけば、アマツカゼ国。つまり、エーヴィリトのお隣さんだな。風の精霊を祀る国。文化がだいぶ違うから、行って楽しい場所だと思うよ」
……なんというか、前世風に言ってしまえば、和風、なのだ。あの国。
なんでこんな地続きの狭い世界であんなに異文化異文化してるんだろうね。不思議。
「それから古代銀はリスタキアの湖に潜れば手に入ると思う。多分。あそこの湖、古代魔法の遺跡が丸ごと沈んでるはずだから」
リスタキア、ってのは、水の精霊を祀ってる国。アマツカゼから南下していったところにある。東大陸の真ん中だな。
「闇の帳、ってのは、闇を織り上げた最上級の魔力布。昔はフォンネールで結構作ってたんだけど、今も作れる職人が残ってるかな。古いものならアイトリアの城の宝物庫とか漁ればあるかもしれないけど……あー……それから、一応、星屑樹の実も、うー、多分、フォンネール、なんだけど……うん、それから、新月闇水晶も多分、ここ……」
星屑樹は珍しい木ではあるが……多分、1つだけ……心当たりがある。
……かなり、気が進まないけれど。樹だけに。なんちゃって。
それから、陽虹光水晶が光の国エーヴィリトで手に入ったんだから、新月闇水晶はフォンネールの闇の精霊から貰う事になるだろうな。
「……世界一周する事になるのか」
「うん」
馳せ回って食材を集めて振る舞うから、『ご馳走』というらしい。
……そんな気分だよ!
「あら、シエル。『生命の樹の実』『永久の眠りの骨』についてがまだよ?」
そして、ただでさえ『魔王から魔力ぶんどる装置』の材料のご馳走っぷりにげんなりしてるのに、ディアーネが追い打ちをかけてきた。
「あー……うん。そこ2つが、正直、俺がどーしよーか困ってる奴。……生命の樹の実、に関しては、ロドールさんに聞けばちょっと分かるかもしれないけど……生命の樹自体が半分伝説みたいなもんだし……そもそも、樹、っつっても、一定の場所に生えてる訳じゃないとか、生命の樹が生えてる空間は気まぐれにしかこの世界と繋がらない、とか、色々言われてるし……」
なので、これに関してはもう、行く先々で情報収集、って事だな。
「『永久の眠りの骨』は?」
「多分、ドーマイラ。……つまり、魔王が寝てる本拠地だな」
アイトリウスからそんなに遠くは無い(少なくとも、エーヴィリトよりはよっぽど近い)のに、一度も行ったことが無い場所だ。
あの眠りの地に何があるのか、知っている者は数少ない。
「勿論、全然見当違いかもしれないし、そこらへんは行き当たりばったりに行こうと思ってる」
というか、行き当たりばったりするしか、もう手段が無い。
ま、俺の人徳がもたらす幸運に期待、ってことで。
「まさか、世界中を旅する事になるとは思ってもみなかったな……」
「アンブレイルが魔王を倒すまでに間に合うのかしら?」
ね。一番の問題はそこなんだよね。
「それについては、考えがある。……とりあえず、次の目的地をエーヴィリト東のアマツカゼにしようと思う」
「アマツカゼ?……折角なら、今までに行った場所から回った方が効率的なんじゃないかしら?」
ディアーネの言う事は尤もだ。
例えばだけど、闇の国フォンネールで手に入れる予定の『闇の帳』。もしかしたら、アイトリウスの城の宝物庫とかに古い奴が入ってるかもしれない。どうせアイトリウスには戻らなきゃならないんだから、そこらへんを確認してからの方が効率的なんじゃないか、って事だ。
「いいか?目的は、最短で材料を集めることじゃない。『アンブレイルより先に魔王に辿りつくこと』だ」
「……つまり」
「世界各国を回るついでにアンブレイルに先回りして、それぞれの精霊様方に『これから来る勇者は悪い奴です。どうかとんでもない試練を与えてやってください』ってお願いする」
ディアーネがにっこり微笑み、ヴェルクトが慄いた表情を浮かべた。
「……それは、どうなんだ。仮にも王族として……いや、人として、どうなんだ」
「うるせー恋と戦争においてはあらゆる手段が許容されるんだよ!大体、先に手ェ出してきたのは向こうなんだ、いいだろ、こんぐらい」
「いいんじゃないかしら?折角だもの、シエル。この際、今までの7年分、アンブレイルの邪魔をしておやりなさいな」
「うんうん。流石ディアーネ、話が分かるね。俺もそのつもり。えへへ」
考えれば考える程ワクワクしてくる。
邪魔をするなら、何も精霊に頼むだけに限った話でも無い。その手段はいくらでもあるのだから。
「……楽しそうだな」
「うん。俺、嫌な奴に嫌な思いをさせるためならとっても頑張れちゃうタイプ」
複雑そうな表情のヴェルクトに満面の笑みで返してやれば、ヴェルクトは諦めたような苦笑いを浮かべた。
「……お前がそうしたいなら、俺は従うさ」
「おーおー、いいねいいねヴェルクト。その調子だ。……って事で、ええと、じゃ、早速発つかぁ」
何事も、善は急げ、と言うし。ね。
「もう行くのか」
俺達が『どうやって材料集めよう会議』をしていた間、ウルカは設計図を眺めていたらしい。
「ん。早い方がいいし。……ところで、ウルカ。言う順序が逆になったけど、それ、頼むわ」
ウルカが難しい顔をして設計図を眺めていたのは見ている。でも、『できるか』とは聞かない。
「ああ。最高の職人技を見せてやろうじゃないか!」
設計図を睨みながら、ウルカの口元は笑みの形をしていた。……こいつ、俺の前世の世界にいたら、きっと、アクションゲームとかを縛りに縛って縛りプレイするようなタイプだったんだろうなぁ。相手が強ければ、壁が高ければ、より燃える、ってタイプだ。
「そ。じゃ、頼むよ。……報酬に関しては、ツケでいい?」
「構わない。……材料として持ってきてもらったものが余ったら、そのまま頂く」
「ん。いいよ。それで足りなかったら、俺がアイトリウス王になった後で払うから」
ウルカと商談成立の握手をしたら、店を出る。
さて、今日中に東大陸には戻っていたいぞ。
フェイバランドを出たら、そのまま東へ一直線。港町ガフベイ近辺からぐるり、と湾を回って、古代魔法の祠へ。
東大陸に瞬間移動したら、またしても東へ。
そして光の塔に着いたら陽が沈むころだったので、今日はここまで。
シャーテに『魔王ぶちころ計画』をざっと話して、俺がどのぐらいで魔王を倒す事になるか、俺がいかにアンブレイルを邪魔しなくてはいけないか、等々を説明して聞かせた。
俺が魔王を倒すタイミングは、シャーテがエーヴィリトを転覆させるタイミングでもあるからな。そこらへんはしっかりタイミング合わせて行かないとね。
……って事で、今日は光の塔でお泊りして、明日中にアマツカゼ入りを目指す。
アマツカゼで手に入れるべき素材……妖怪の鏡、花扇鳥の羽、そしてフウリ旋風鋼。
明日はこの3つを手に入れる……よりも先に、するべきことがあるな。
……当然、風の精霊様へのお願いもとい、アンブレイルの邪魔である。




