54話
翌朝、光の塔を発つ。
ここからひたすら東へ東へ向かっていくのだ。
目標は東大陸最北東、風の国『アマツカゼ』である。
延々と魔獣を走らせたおかげで、昼前にはリューエンを通り過ぎ、昼過ぎにはエーヴィリト最東の町ランツに到着。
ここで一回、昼食を兼ねて休憩したら、またしても東へ東へ走り出す。
……いや、走ってんのは俺じゃなくて、ルシフ君なんだけどね。でも、まあ、乗馬だって技術が必要なものなんだし、全くの疲れ無し、って訳にもいかない。車の運転と一緒。
ただ、やっぱりというか、その分速度は申し分ないね。
エーヴィリト横断なんて、徒歩だったら3日から5日の行程だ。それがたった1日でできちゃうんだから、やっぱり乗り物ってのは偉大だよね。
うーん、こう考えると、やっぱり俺はアイトリアで馬を盗んでくるべきだったか……。
太陽が昇る頃出発して、太陽が沈む頃、ついにアマツカゼ国に入った。
今晩の宿は野宿……では無く、アマツカゼの西の端っこ、テンバラ村である。
「……随分と変わった建物ね」
ここテンバラ村では、ヴェルクトやディアーネにとっては物珍しい、俺にとってはどこか郷愁を感じさせるような、そんな風景が広がっている。
茅葺(じゃなくてこの世界の植物なんだろうけど)の屋根。漆喰で覆われていない素朴な土壁。
畑に植わっているのはレタスだのトマトだのじゃなくて、ほうれん草だの大根だの。
そして、広がっているのは麦畑(も幾らかはあるんだろうけど)ではなく、水田。
宿屋の軒先に下がっているのは、提灯。
……俺、ちょっと前世を思い出してセンチメンタルな気分。
センチメンタルは止まらない。
宿に入ったら、畳敷きの大部屋に通された。
「……広いわね」
「うん!枕投げしようぜ!」
多分、部屋が無かったんだと思う。
田舎の方じゃ、うっかり宿の部屋が足りないと宴会用の二十四畳間とかに泊められてしまうことだってあるのだ。
「……これで寝るのか」
「うん!枕投げしようぜ!」
そして、ベッドではなく布団だ。
それも、ふっかふかの羽毛布団では無く、ぺったぺたの綿せんべい布団である。
ちなみに、枕は蕎麦殻っぽい。ざくざく音がする。試しに投げて柱にぶち当ててみたらいい音がした。
「……シエル、何故枕を投げているんだ?」
「ん?この国の子供が誰もが一度はやる遊びなんだよ。こう、友達と一緒に旅先で泊まる事があったら、枕を投げてぶつけ合って、で、疲れたら布団に潜って猥談をしつつ、眠くなったら寝る、ってのがセオリーだ」
ヴェルクトがディアーネに『本当か?』と確認しているが、ディアーネもこの国に詳しい訳でも無い。2人は顔を見合わせて首を傾げているばかりである。
……いや、俺も正直、本当に今世のこのアマツカゼ国でも前世と同じよーな民俗習慣があるかは知らないけど。
「……投げてみるか」
郷に入っては郷に従え、の精神か、ヴェルクトは枕を俺に向かって投球した。
「ストラーイクっ!」
うおっ、重いっ!受け止めたらめっちゃ重い!なんかバスッ、っていう、枕にあるまじき音がした!
「ディアーネ、パス」
「私はやらないわ。はしたなくてよ、シエル」
言いつつも、放物線を描いた枕をキャッチしたディアーネは、それをそのまま積まれた布団の上に置いて、投げられた枕を労わる様に、上からぽふぽふ、と軽く叩いた。
「ちぇー、これだからお嬢様はよお」
「王族が言う事か」
ヴェルクトから的確なツッコミも頂いた所で、俺達は一旦部屋を後にし、食堂へ向かう事にしたのだった。
「……変わっているな」
「……不思議な食べ物ね」
「ね。超美味い」
食べ物も、2人はしげしげと不思議がって食べていた。
ちなみに、今日のメニューは麦飯と出汁巻き卵と揚げ出し豆腐と菜っ葉の味噌汁。
味噌汁、とか、もう、もう、涙が出そう!なにこれ、すごく美味い。俺の体はこれを求めていた!ああ、今世に生まれて15年、やっと会えたね!味噌汁!
「シエルはよっぽどこの村の料理が気に入ったんだな」
「珍しいわね。シエルがこんなにはしゃぐなんて」
ヴェルクトが笑いながら俺を眺め、ディアーネが微笑みながら俺を見つめ。
……ソウルフードを前に、幾分はしゃぎすぎたかなあ、と、反省しないでも無かった。
さて、散々はしゃいだ後は、風呂である。風呂。
……なんだけど。
「し、シエルっ!この国では、お風呂に複数人で入るのかしら!?」
「あ、うん。そーみたいよ」
「見ず知らずの人とっ!?」
「うん」
「なんだと……!?」
……そうね。ちょっと君らには刺激が強すぎるかもね。
ディアーネは本人が入る事だけでなく、俺が公衆浴場に入る事にも猛烈に反対した。
ヴェルクトも、乗り気では無かった。
そのため、公衆浴場はお流れとなった。ううう、俺の銭湯……。
という事で、誰も入っていない深夜に風呂に入る事になった。
光栄にも俺は、『入り口を見張っていて頂戴な、シエル』というディアーネお嬢様のナイト役を務めさせていただく事になったのであった。眠い。
その後はディアーネが入り口を見張っていてくれて、俺が入って、それからヴェルクトが入った。
……なんだかんだ言って、やっぱりこういうお風呂っていいね。
それからせんべい布団で寝ることでまた開廷しかけたが、それは『この国の者ならではの修行方法の1つなのだ』という俺の言葉によって閉廷した。
……確かに、あんまり寝心地は良くないけどさ。いいよね、こういうあともすふぃあ……。
朝陽が障子から差し込むすがすがしい朝を迎え、少々異文化に慣れず疲れている様子の2人を引きずっていって食事を摂り、荷物をまとめて、最後にもう一度だけ枕をぼすぼす投げて、俺達は宿を出た。
この村じゃなくても農村の類って大体そうだけど、人々の朝が早い。
既にあちこちに人が出ていて、これなら聞き込み調査もできるね、ってなもんである。
俺達が仕入れたい情報は3つ。
1つ目は花扇鳥の居場所。2つ目はフウリ旋風鋼の採掘できる場所。そして3つ目は妖怪の居場所だ。
ちなみに、昨夜の内に宿の女将さんには全部聞いて、『さあねぇ……』という実の無いお答えを頂いている!
さあ、聞き込み調査の明日はどっちだ!
「聞き込み調査の明日は後ろ向きでした」
「シエル、どこに向かって話しているんだ」
……この国、アマツカゼ。
とっても前世っぽくて素敵な国だ。
……だが、前世っぽくあってほしくなかった部分まで、前世っぽかった。
ずばり、人の気質である。
人の気質。そう。この村の人、とっても排他的な面がある。親切なんだけど、大事なところに余所者が踏み込むのを良しとしない。
そう。どうも、『妖怪』の話がこの国ではタブーらしいのだ。
妖怪について聞いたら、嫌な顔をして逃げていくか、そんなものは居ない、と言われるか、みたいな。
なので専ら聞き込みは花扇鳥とフウリ旋風鋼についてだけに絞ることになった。
……が。
この村、というか多分、この国……人見知りがすごく多い!聞き込み調査どころじゃなかった!
それでも、村のお年寄りの1人が『花扇鳥なら一昔前はフウライ山に居たのを時々見かけた』という証言をしてくれたので、俺達はフウライ山に向かう事にした。
……正直、テンバラ村で粘るより、他の町に向かった方がいい気がするもん。
「妖怪、というものはこの国では忌むべきものなのか」
「そうかも。或いは、親しみを感じているけれど、隠しておくべきもの、かな」
俺の前世の記憶的には、後者のような気がする。
……妖怪ってのは、人間が生み出すものだと……なんとなく、そんな感覚があるのだ。
恐れながら、どこか親しみを感じるような。そんなかんじの。
「ま、妖怪の鏡については後回し。今は花扇鳥だな」
「……本当にこんなところに鳥が居るのか」
「分かんねーから探すんだろ」
フウライ山は、でっかいお山であった。鬱蒼と茂る樹によって、視界がいいとは言えない。なのに、所々に切り立った場所がある。油断したら滑落ぐらい平気でしちまいそうだ。怖い怖い。
「シエル、魔力の少ない所はどこかしら?」
「ディアーネ、アレをやっていいのは岩肌が見えてるお山だけ。ここでやったら山火事まっしぐらだろうが」
たしなめると、ディアーネは拗ねたような表情を作ってみせてくれた。うん、まあ、冗談だって分かってるよ。うん。
「とりあえずてっぺんまで登ってみるか」
道中で珍しいものが見つかったりしないとも限らないし、全くの実入り無し、って事にはならなそうなのが救いかな。
……あ、あっちにゼンマイみたいなくるくるした植物生えてる。
山菜を少しずつ頂いたりしつつ、俺達は登山を続けた。
そして遂に、山頂に到着。
山頂付近ともなれば、流石に木の数は減り、代わりに岩肌や切り立った崖が目立つようになる。
……その岩肌の所々に、なんとなーく、魔石とか魔鋼っぽいものが見えたり見えなかったりするので、期待せずに、ちょっと見るだけ、って事で……魔力を見る目を凝らして、辺りを見回してみた。
……あらら。これは……ビンゴ。
「花扇鳥より先にフウリ旋風鋼が見つかっちまったよ」
「あら」
「……そんなこともあるんだな」
崖の下をのぞき込むと、崖の中途に小さな洞穴みたいなものが慎ましく口を開けており、その中に強い風の魔力を持った魔鋼がある。
うーん、やっぱり俺の人徳は素晴らしいって事だな。
「しかし……あんなところにあるもの、どうやって取るんだ」
問題はそこだった。
ディアーネは論外。
ヴェルクトは崖を下りるのは得意だろうけど、フウリ旋風鋼がある洞穴に潜りこめるか心配だ。こいつ、図体はでかいから。
……となると、まあ、答えは1つしか無い。
「ちょっと行って取ってくるよ」
「気を付けてね、シエル」
身軽で小柄な俺が頑張るっきゃないのであった。
慎重に崖を下りていって、洞穴の前まで来た。
俺の体でもギリギリ、ってかんじかも。この洞穴、狭い。
一回、洞穴の入り口を広げるために短剣か何かで石を突き崩したりするべきか、と迷う程度には、狭い。
……とりあえず、手だけ突っ込んでみるか、という事で、洞穴の奥のフウリ旋風鋼らしき鉱物に向かって、手を伸ばす。
すると。
……突如、俺の体に正面から、突風が吹きつけた。
「えっ」
「シエルっ!」
当然、俺の正面って、崖であり……後ろに吹っ飛んだ俺は、やっぱり当然、崖の下に向かって放り出されちゃったわけである。




