終焉の覇者
第一章
世界平衡会議
空に、都市が浮かんでいた。
《アーカディア》。
直径四十二キロ。
人口三千万。
海抜九千メートル。
五大国のどこにも属さない、中立浮遊都市。
超高層塔群が雲海を突き抜け、空中庭園と無数の飛行航路が都市全域を覆っている。
世界最大の交易都市。
世界最大の金融都市。
そして。
世界で最も“壊してはならない都市”だった。
もしアーカディアが落ちれば。
世界経済は崩壊する。
五大国均衡も崩れる。
つまり。
世界大戦が始まる。
⸻
その都市へ、今日。
五大国の代表達が集められていた。
理由は一つ。
終焉の覇者、ゼロ。
⸻
中央塔。
高度一万メートル。
最上層。
《円環議場》。
通常、この場へ入れるのは世界でも数十人しか存在しない。
だが今日。
議場外には護衛すらほとんど配置されていなかった。
意味がないからだ。
この場に集まる者達は、
国家戦力そのもの。
もし彼らが戦えば、
軍隊など誤差にしかならない。
⸻
最初に現れたのは、
ヴァルグラン帝国代表。
《炎帝グラウス》。
二メートル半を超える巨体。
赤黒い長髪。
全身に刻まれた火傷跡。
呼吸のたび、
口元から炎が漏れる。
帝国七英雄第一席。
人類史上最悪の災害魔導士。
⸻
二年前。
北方反乱国家群を単独制圧。
消滅都市十三。
死者推定、一千二百万。
最も有名なのは、
《灰陽戦役》。
敵国首都へ放たれた超広域殲滅術式《神滅焦熱》は、
三日三晩燃え続けた。
現在もその跡地は、
ガラス化した灼熱地帯として残っている。
⸻
彼が議場へ入った瞬間。
空調術式が焼けた。
護衛兵の一人が、
熱量だけで気絶する。
グラウスはそれを気にも留めず、
席へ座った。
椅子の金属が赤熱する。
⸻
「脆い都市だ」
低い声。
その一言だけで、
議場温度が数度上昇した。
⸻
次に。
エルシア魔導王国代表。
《星読みのアステリア》。
銀髪。
裸足。
夜空のような瞳。
世界最高峰の未来視保持者。
⸻
十七年前。
大陸落下災害《白夜落下》。
空から降下した超巨大隕石群を、
彼女は七日前に観測した。
結果。
三億人規模避難成功。
歴史上最大の救命記録。
⸻
だが。
アステリアが本当に恐れられている理由は別にある。
彼女が“敗北”を見た戦争は、
存在しない。
未来視によって、
彼女は常に最適解へ到達する。
つまり。
戦う前から、
勝敗が決まっている。
⸻
アステリアは席へ着くなり、
静かに言った。
「予定より十三秒遅れています」
グラウスが眉をひそめる。
「何の話だ」
「この会議です」
彼女は感情のない声で続ける。
「本来なら、
十二分四十三秒前に開始していました」
グラウスは舌打ちした。
未来視持ち特有の会話だった。
⸻
三人目。
ネレイア海洋連邦代表。
《深海王レヴィア=ノクト》。
だが現れたのは、
水で構成された分身体だった。
透明な人体内部を、
魚影が泳いでいる。
議場床へ水滴が落ちるたび、
周囲の魔力流が乱れる。
⸻
十年前。
南方大海嘯災害。
高さ四千メートルの超巨大津波。
沿岸六国家壊滅寸前。
死者予測、九億。
⸻
それを。
レヴィアは、
単独で押し返した。
⸻
その際。
海圧操作によって、
海流そのものが変化。
世界地図が書き換わった。
以後。
アルディア南方航路は、
永遠に変わった。
⸻
レヴィアは席へ座る。
水の瞳が議場を見渡した。
「空は嫌いだ」
低く響く声。
「落ち着かん」
⸻
四人目。
天空神聖国ルクス・アーク代表。
《聖皇ミカエル=ルシオン》。
白金の髪。
純白法衣。
背には翼のような光。
彼が議場へ入った瞬間。
護衛兵の古傷が消えた。
誰も術式を見ていない。
だが、
傷だけが治っている。
⸻
七年前。
超質量天体落下災害。
《第二の太陽》。
空から落下した巨大天体を、
ミカエルは単独結界で停止。
その光景は世界全土から観測され、
神話として語られている。
⸻
以後。
ルクス・アーク信徒数は倍増。
現在、
世界人口の半数近くが彼を救世主と信じていた。
⸻
ミカエルは静かに席へ座る。
「皆様」
穏やかな声。
「本日は争いに来たわけではありません」
グラウスが鼻を鳴らす。
「貴様が言うと嫌味だな」
⸻
最後。
東方封魔国シオン代表。
《黒狐のヤクモ》。
⸻
扉が開く。
酒瓶片手。
黒衣。
腰に狐面。
まるで場違いな男だった。
⸻
レンカは後ろで青ざめている。
「筆頭!! 遅刻です!!」
「いやぁ、
塔高いねぇ」
ヤクモは笑いながら席へ向かう。
誰も喋らない。
空気が変わる。
だが。
それは他の代表達とは少し違った。
⸻
グラウスは灼熱。
レヴィアは深海圧。
ミカエルは神聖威圧。
アステリアは未来視。
⸻
だがヤクモだけ。
“何もない”
⸻
なのに。
アステリアだけが、
僅かに眉をひそめていた。
未来視が、
妙にヤクモを嫌う。
見えすぎるのに、
核心だけ見えない。
そんな違和感。
⸻
ヤクモは席へ座る。
酒を飲む。
そして。
「すごい顔ぶれだねぇ」
笑った。
「ここ落ちたら、
世界終わるんじゃない?」
誰も笑わない。
レンカだけが胃を痛めていた。
⸻
ミカエルが会議を始める。
「議題は一つです」
静かな声。
だが議場全体へ響く。
⸻
「終焉の覇者ゼロを、
世界脅威認定するか否か」
⸻
沈黙。
その名前だけで、
空気が変わる。
⸻
最初に口を開いたのは、
グラウスだった。
「北方第七戦線」
低い声。
「兵力三百万が消えた」
⸻
ミカエル:
「消えた?」
⸻
「死体がない」
⸻
アステリア:
「未来視にも映っていません」
⸻
レヴィア:
「海も沈黙した」
⸻
グラウスは拳を握る。
「戦場そのものが消えた」
⸻
誰も反論しない。
それが事実だから。
⸻
アステリアが静かに言う。
「ゼロ出現地点だけ、
未来が欠損します」
⸻
「欠損?」
レンカが思わず呟く。
⸻
アステリアは頷く。
「見えないのではありません」
「存在しないのです」
⸻
議場が静まる。
未来視保持者が、
そんなことを言う。
それ自体が異常だった。
⸻
レヴィアが低く笑う。
「神聖国の神でも、
観測できないらしいな」
⸻
ミカエルは否定しない。
「神託にも現れません」
⸻
ヤクモが酒を飲みながら言う。
「まぁ、
嫌われてるんじゃない?」
⸻
グラウスが睨む。
「ふざけているのか」
⸻
「真面目な話嫌いなんだよねぇ」
⸻
「貴様……」
⸻
その時だった。
⸻
アステリアの顔色が変わる。
⸻
未来視が止まった。
⸻
彼女が立ち上がる。
初めて。
明確な恐怖を浮かべて。
⸻
「来る」
⸻
次の瞬間。
議場の灯りが消えた。
⸻
魔力停止。
⸻
都市全域の浮遊術式が沈黙する。
⸻
レヴィアの分身体が崩れる。
グラウスの炎が揺らぐ。
ミカエルの結界が消える。
⸻
そして。
⸻
アーカディアが、
落下を始めた。




