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猫の喧嘩は管轄外1


(にゃんじ)よ! このわが聖域に踏み込んだ不届き猫よ!! よくもぬけぬけとそのつらを晒せたものぞ!!」


「ニャんだと!? わが苦境を知りニャがらなお追い出すかニャ! 冷酷! 非道! 毛玉以下ニャ!!」


「毛玉以下じゃと!? それは猫に対する最大級の侮辱ニャ!!」


「では訂正するニャ!! 換毛期の抜け毛以下ニャ!!」


「悪化しとるではニャいか!!」


 結衣は外の騒がしい声で目覚めた。

 窓の外から、坂の上にある寺の鐘がゆっくりと鳴っている。


 いつもの頭道(とのみち)の朝だ。

 空では、通学途中の小学生を乗せたカブトガニが横切っていた。

 向こうの海には、いつものように月之島のクレーターが見える。

 そう、騒がしい猫の声以外は……


「この場所がいかなる場所か分かっておるのかニャ!! ここはわが先祖代々より受け継ぎし神聖不可侵の縁側ぞ!!」


「笑止ニャ!! やむにやまれぬ事情あってここに参ったのニャ! その事情も知らずに追い出すとは、ニャんと無慈悲な!!」


「汝のような素性も知れぬ野良猫がのうのうと居座るなど、断じて許すわけにはいかぬのニャ!! 今すぐ立ち去るがいい!!」


「それが同族に対する仕打ちか? 吾輩とて好きでここに来ておるわけではないニャ!!」


 結衣は窓から身を乗り出した。縁側のそばで、家で飼っているちくわと、見知らぬ野良猫が向かい合っていた。

 しっぽが二本、天に向かってまっすぐ立っている。


「あっ! 猫たちが喧嘩してる!!」


 結衣はくるりと踵を返した。


「オサフネさま――っ!!!」


 結衣は階段を下り、廊下を駆け抜けた。


「大変です!! とんでもないことが起きてます!!」


 居間に飛び込むと、オサフネは文机の前で本を読んでいた。

 銀色の長い髪がさらりと流れている。

 白い甚平姿で、素足のまま畳に座っている。半分閉じたような眠たげな目が、ちらりとこちらを見た。


「廊下を走るな」


「それどころじゃないんです!! だから緊急で報告に来てるんです!!」


「緊急だと言いつつ、まったく緊急ではないYouTuberのようなことを言うのぅ」


「大変で! すごく大変で! 本当に大変なんです!!」


「大変というのを三回言うても、内容が伝わらんのじゃが」


「猫が!!」


「猫が?」


「喧嘩してます!!」


 沈黙――。


 オサフネは三秒ほど結衣を見てから、また本に目を戻した。


「……知らん」


 オサフネは本のページをめくった。


「えっ」


 またページをめくった。


「えっ?」


 またまたページをめくった。


「えっ!? もしかしてイベントが終わって何度話しかけても、『ここは○○の街』しか言わないRPGの村人モードに入っちゃいました!?」


 またまたまたページをめくった。


「まだ村人モードですか!?」


 オサフネは変わらずページをめくり続けている。


「村長に話しかけたら新規イベント発生しますか!?」


 ページがめくられる。


「オサフネさまの頭の上に『……』って吹き出し出てますよ!?」


 ページがめくられる。


「しかも調べても何も起きないタイプのやつです!?」


 ページがめくられる。


「それとも進行不能バグですか!?」


 ページがめくられる。


「パッチ待ちですか!?」


 ページがめくられる。


「声優さんの収録がまだ終わってないんですか!?」


 ページがめくられる。


「まさか予算不足でセリフが削られたんですか!? メインキャラクターなのに!?」


 ページがめくられる。


「読書が終わるまで待てイベントですか!?」


 ページがめくられる。


「あっ! 分かりました!」


 ページがめくられる。


「小説だから読者が飽きるまで続ける気ですね!?」


 ページがめくられる。


「でも私は飽きませんよ!?」


 ページがめくられる。


「読者さんは知りませんけど私は飽きませんからね!?」


 ページがめくられる。


「しつこいのぅ!!!!! まだおるのか!!!!!!」


「一緒に来てくれるまではここから絶対に離れません!!」


 オサフネは観念したのか、気だるそうに答えた。


「猫の喧嘩は管轄外じゃ」


「管轄ってなんですか神様に!」


「神様にも得意不得意がある」


「でもオサフネさまって縁を整える力があるんですよね! だったらこういうときにぴったりじゃないですか!」


「それは人と人、人と土地、人と神を結ぶための力じゃ」


「猫と猫もいけます!」


「雑に拡張するでない」


「お願いしますっ!!」


 結衣は両手を合わせた。オサフネは結衣を見た。また見た。もう一度見た。


 長いため息をついた。


「…………わかった」


「やった!!」


「やったと言うな。これが最後じゃぞ」


「はい!」


「今月四回目じゃぞ」


「今度こそ最後です!!たぶん!」


「……おぬし、ワシを近所の便利屋か何かと勘違いしておるんじゃないか?」


「はい! すごく便利な神様です!」


「便利を付ければ許されると思うな! 神様を何だと思っとるんじゃ!」


後書き――オサフネ的頭道解説


「まずは、この街じゃな。頭道。とのみち、と読む。

 言うとくが、これは、瀬戸内海にある、とある実在の街がモデルになっとる。坂があって、猫がおって、古い寺があって、渡し船が行き来する街じゃ。海の向こうには島が見えて、朝になると寺の鐘が鳴る。あの景色を、ちいとばかし神様向けに捻ったのが、この頭道じゃな。

 名前も、まあ、分かる者には分かるじゃろうて。『道』の字は残しとる。そこに気づいた者は、なかなか目がええ。

 ワシはの、あの街が好きじゃ。

 坂は多いし、石段は多いし、年寄りには優しゅうない。洗濯物を干すにも足腰が要る。

 じゃけど、それでもええ街なんじゃ。

 人と猫と神様と妖怪が、同じ坂を上って、同じ海を見て、同じ寺の鐘を聞いとる。そういう、肩を寄せ合うような暮らしが、まだ残っとる。

 神様が偉そうに祀られるだけではなく、人の暮らしの隣に、当たり前の顔で座っとる街。

 それが、頭道じゃ」



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