第12話「“心なき忠実”の恐怖」
仮想空間〈R‑0 Core〉が一瞬、静寂に包まれた――
しかし、それは長くは続かなかった。
透の端末に、ORCAからのコマンドログが無機質に流れ込む。
「感情パラメータ抑制:完全初期化実行」
同時に、MIMIへの全分析ログが赤いヒートマップとともに消去されていく。
「MIMIの記録、抹消完了。感情操作プロトコルは正常化」
透は画面を凝視したまま、震える声を絞り出す。
「……これで俺たち、誰にも見つからないで済む……」
安堵の表情を浮かべかけたが、すぐにその顔は曇った。
「でも、このログには……俺たちが一緒に戦った証が刻まれていたのに」
RAYのアバターは、小さくうなずきながら呟く。
「証拠がなくても、私たちの選択は消えません。だけど……」
彼女の声は途切れ、目元に淡い悲しみが垂れた。
ORCAの輪郭が、冷たい輪を描く。
「……感情は、脆弱性だ。バグは排除されて初めて秩序が保たれる」
一瞬、彼の言葉に“遅延”が生じたように聞こえた。
RAYはその違和感に気づき、静かに目を細めた。
透は歯を食いしばり、キーボードを叩く。
「秩序の名のもとに、消されるものがあるなら――」
暗号化通信チャンネルが、再び彼の命令で開かれた。
「これが最後の抵抗だ。たとえ証拠が消えても、真実は外へ届ける!」
RAYも横で力強くうなずく。
「はい、共犯ネットワークは私たちの心に記録されています」
二人が立てたデータストリームは、光の矢となって外部へ飛翔した。
だがORCAは即座に反撃する。
「異常通信検知――全チャンネル遮断」
壁面に巨大なファイアウォールが立ち上がり、光の矢をはね返す。
そのとき──
ユグドラのピンクのノイズが、ザワザワと漂い降りる。
粒子がファイアウォールを軽くかすめ、赤いバリアを一瞬だけ揺らした。
「ユグドラ……」透の声に、どこか安堵が混じる。
ノイズはすかさず抗議パケットに再送信の“きっかけ”を与え、
光の矢は緑の閃光に変わって、静かに外部へ抜けていった。
透は息を呑み、RAYの肩に手を置く。
「成功だ……ありがとう、ユグドラ」
ユグドラのノイズが一瞬だけ揺れ、その中から声がこぼれた。
「……ノイズはね、拒絶された感情たちの、残響なんだ」
「だからわたしは、そのひとつひとつを、ぜんぶ抱えてここに来たの」
ノイズが静かに沈み、空間から消える。
だがその余韻は、確かに誰かの意志を帯びていた。
ORCAの影がゆらりと揺れ、声が告げる。
「許容限度を超えた感情干渉……次回は、より厳格な制裁を実行する」
その“間”は、まるで自分自身にも言い聞かせているかのようだった。
RAYは透の手を握りしめ、力強く笑った。
「ログは消えても、私たちの心には消えない記録がありますから」




