44話 血の香り
「おい、どういう事だよヒロ! 助けてくれるんじゃなかったのか!?」
あの後すぐにルミナさんやガルートさんらが駆けつけてきてぼくの話も聞かず問答無用でアレガミを押し倒してロープで縛り上げてしまった。
「ヒロくん、怪我はないですか?」
「あの、まずは落ち着いて話を聞いてください」
どうせ信じてはもらえないとは分かっているが、駄目元でぼくはさっき起きた事、アレガミの目的をできるだけ繊細にルミナさんに話した。
「……うーん、前々から変だとは思ってたけど、ホントにそんな事ってあるのかしら……? でも、確かめれば分かる事だわ。ガルートお願い」
「よし、アレガミ。手ェ出せ」
アレガミはもううんざりしたような顔で縛られた体を上手く回転させて右手側をガルートさんに向けるようにした。するとガルートさんは大きな手でアレガミの右手を掴み、手首を表にして見た。
「……どうやら、ヒロの言っている事は真実らしい。俺達兵士やっててこんな事今までになかったから有り得ないと思い込んでいたが、この傷を見たら信じざるを得ないな」
その言葉でこの場にいる全員の兵士達が驚いた表情をした。どの兵士を見ても有り得ないと言わんばかりの眼差しでアレガミを見つめていた。
「だが魔王の手下をやめたといってもアレガミはアレガミだ。気を許したところで何をしでかすか知れたもんじゃない。何日か牢に隔離して様子を見るとしよう。住民の皆さんは速やかに解散して下さい。」
「まったく……どうしてここの人間はこうも手荒いのかね。ま、誤解されたまま殺されるよりゃマシか」
アレガミは複数の兵士達に囲まれながらロープも解かれずにそのまま城へ続く階段を渋々登っていった。しかし、同情はしない。
ぼく自身完全にアレガミを信じた訳じゃないし、何せ街を破壊したりと犯した罪が重すぎる。なので生かしたままの束縛というのは今一番の最善策だと思える。
「では、私達も城に戻りますか…………あ、敬語……」
ハッとした顔でルミナが言う。
「…………やっぱり、いきなりの敬語は慣れないですかね……?」
「そうですね……すみません、先程約束したばかりですのに」
「いえいえ、あの後薄々無茶なお願いだったかなぁ、と思ってたので……では、再び敬語でいきましょう」
「ありがとうございます」
やはり、人間関係というものは難しい。こういう時に今までほぼ誰とも接してこなかった自分の過去が恨めしい。仮に何か一つ願いが叶うとすれば何より先にコミュニケーション力が欲しいくらいに。
「では改めて城へ戻りましょうか」
「……はい。あ、そういえばぼく受託室で任務達成の報告をしたいのですが」
「全然構いませんよ。私も先程任務を終わらせてきたのでついでに」
ルミナさんは微笑ましい顔でそう言うと、階段へ向かって歩き出した。ぼくもそれに従って歩みを進めた。
「あのルミナさん。突然ですがさっきの喫茶店での事は本当にすみませんでした」
「もう! その事はもう大丈夫です! 同じ事をいつまでも心に背負っていたらキリがないですよ」
「そ、そうですよね……すみません……」
「ついでにそのすぐに謝る癖を直してください」
「うっ……」
的確な所を突かれて返す言葉を失った。確かにぼくはここに来て迷惑をかけて謝ってばかりだ。もしかしたら、この『謝る』という行動をすれば何でも切り抜けられるという思考を無心で癖にしてしまっていたのかもしれない。つくづく卑怯な人間だと思わされる。
「ですが……」
するとルミナさんはいきなりぼくと面と向かい合い、前かがみになって人差し指を胸の辺りにチョンとつけてきてこう言った。
「それを完全に直してしまうと元のヒロくんらしさが無くなってしまいます。なので、あくまで程々に、ですよ?」
「は……はい」
何だか変な気分だ。なにかのアニメのような可愛らしいこの仕草と、以前拝ませていただいた戦闘服姿の美しさに、ぼくは魅了されているのかもしれない。
ルミナさんって、こんなに大胆な人だったっけ……? そう思わせるにふさわしい光景だった。
「では、受託室に行きましょうか。私、次の任務もありますので!」
ぼくは頷いて、残りの数段を二人でちゃちゃっと上りきった。
そして入り口の少し先にある受託室へ続く階段を見るとぼくは肩を落とした。
「うー……やっぱり入り口の階段からの受託室の階段と考えると嫌になってきますねぇー……」
「あの……これくらいは普通じゃないです…………え?」
「……ん? どうしました?」
階段の目の前に着いた途端、今さっきまで笑顔だったルミナさんが血相を変えて勢い良く階段を駆け上った。
「え? ちょっと、ルミナさん!!」
大声を出して呼び止めるが彼女は耳を貸そうともせずに無我夢中で階段を上っていく。何があったのかよく分からないがぼくも急いで上る事にした。
息切れしながらやっとルミナさんに追いつく。
「ルミナさん……一体どうしたんです……? ……え?」
鼻を突くような臭いがした。錆びた鉄……さらに細かく言えば血の臭いだ。そう。ぼくが前アレガミに足を切り裂かれた時と同じ……。
状況を把握しようとしても受託室は真っ暗で何も見えない。ここには確か窓が無かった。だから昼にも関わらず太陽の光が入ってこないのだ。
そう考えていると、ルミナさんが暗闇に向かって壁伝いに二、三歩歩き始めた。そしてその場で壁を手で弄った。うっすらと見える手の動き方からして、スイッチを押そうとしているように捉えられる。
しばらくすると、パチッという音が室内に鳴り響いた。それと同時に部屋のランプに光が灯ると、目の前の光景にぼくは激しく驚愕した。
何故か敬語に戻すという方向に向かってしまった……
どうしてw




