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25 賄賂令嬢

「おぬしも悪よのぉ~」

「いえいえ、侯爵令嬢様ほどでは」

「「ほほほほほ」」


 テーブルの上に詰まれた木箱を見ながら、オーヴァ国サリア侯爵家令嬢、アデレイド・

J・サリアは向えに座る男の商人とともに笑う。目の前の商人とアデレイドの間には祖父と孫ほどの歳の差があるが、若いアデレイドは老商と互角に張り合う。


「越後屋よ、分かっておるな」

 越後屋はオーヴァでも指折りの商人だ。主に材木や石材を扱っているが、傘下に大工を大勢抱え、普請も請け負っている。


「はい、お嬢様のおかげでわたくし共もぼちぼちと仕事をさせていただいております。農地開墾のための水路の開発を一手に引き受けさせていただけるのですから、ことが成就した暁にはもちろん更に・・・」

「んん、それはなにより・・・しかし、越後屋よ、事を焦るでないぞ。此度の仕事はおぬしの手腕を見込んでのことだ。これが終われば、次は五年後に予定している運河の再開発もおむしにやらせてやる。そして新たに出来た一等地にはおぬしの息子に店を構えさせてやる」

 越後屋とアデレイドの関係は賄賂を渡し、受け取る関係だ。アデレイドはその見返りに侯爵家の権力と影響力で越後屋に融通を利かせている。今回は国の新事業の請負を越後屋に任せるために裏で暗躍したところだ。


「はは、ありがたき幸せ」

「ならばしくじりだけはしてくれるなよ。石橋も叩いて渡れ」

「はい、それはもう、心得させていただいております・・・ですが、お嬢様、危ない橋と言うならば、お嬢様こそお気をつけください。わたくしのような者との関りは二つ三つに収まらないと聞きます」

 アデレイドが融通を利かせているのは、なにも越後屋だけではない。他にも多数の商人と取引を行っている。もちろん全ては金のためだ。

 越後屋にまかせたのは水路の整備。新しい農地の開墾にはまた別の商人が関り、更にそこから取れる実りは捌くのはまた別の商人。商売の上に商売を。商売の隣で商売を。金の生る木を所狭しと植えて育てている。


「それがどうした?私を除いてお前は誰と商売をする気だ?」

 アデレイドはさも当然と言わんばかりの顔で答える。

 事実、商人達にしてみれば、権力を持ち、頭が回り、なおかつ様々な事情を理解してくれる商売相手などこの国ではサリア家くらいのものだ、


「それもそうでございますな。まあ、なにはともあれ、お嬢様になにかあればわたくし共もタダでは済みません。どうか、ご注意のほどを」

「分かっておる・・・私は負けるわけにはいかんからの」




 商人との密談を終えたアデレイドは、多額の賄賂を自分で抱え、そのまま自前の馬車で王城に向った。

「お嬢様、本日は中々の儲けでございますな」

 馬車に同席したアデレイドの部下が言う。

 無理もない、今日アデレイドが受け取った金だけで人一人が一生寝て暮らせるだけの額はある。

「ふん、平民が道端で金を拾うわけじゃなし、この程度の金など端金よ・・・私はまだまだ稼がなくてはならない。王城に急げ」


 アデレイドは何件もの商人に融通を利かせ、多額の賄賂を受け取っている。そして、そうして得た財を全て王城の国庫に治めてしまう。

(国とは金が掛かる、民など只の金食い虫だ)

 日々を金策に費やすアデレイドは忌々しくそう思う。


 ここ数代ほど王や貴族達にも領民思いの者が多く、二百年前なら賢君だの名王だのと呼ばれておかしくないようなのが当たり前のように国を治めてきた。民の生活水準は向上し、働く以外にも物を学ぶゆとりも広がってきた。

 一見すれば良いことだが、裏を返せば民がより我侭になったとも言える。昔は健やかで平和な日常こそが幸せと民の間で考えられていたが、それももはや遠い昔話。平穏な暮らしを手に入れた民は更なる欲望を孕み、いつしか絵物語に描かれた貴族のような暮しを追うようになった。


 民を思い、善政を敷く君主達も我侭放題の民にはケチんぼな泥棒代官に成り下がる。税の引き下げを求める声は止むことがなく、引き下げた所でもっと下げろと暴動に繋がる。その一方で、金を寄こせと催促してくる。街や街道の治安維持や災害への備えなど、国として当たり前のことをすれば今度は軍国主義・戦争準備などと非難の嵐が巻き起こる。そのクセ、いざなにかが起きると“国はちゃんと働いていかなかった”と喚き散す。

 近頃では国政から貴族を一掃し、平等な社会の創設を訴える革命派なるものまで出てきている。


(まったくもって馬鹿馬鹿しい)

 今日入った賄賂ですら右肩下がりの税収を補填するために全て次ぎ込むことになっている。だが、そうなるとこれっぽっちではとても足りない。人一人が一生金に困らないほどの大金も国家財政の前では小銭に等しいのだ。


(この賄賂の内、金貨一枚でも自分の物になれば、なにをしようか?)

 頭の痛い現実からしばし逃避しようとアデレイドは別のことを考える。たとえ空想であったとしても考えるだけでいくらか気が紛れる。

 金貨一枚・・・それだけあれば家族全員分の枕を新調してもまだお釣が来る。妹達に甘いお菓子でも食べさせてあげたいし、いつも執務室で眉間にしわを寄せる王子殿下にも差し入れの一つは持って行きたいところだ。いつも忙しい父上、兄上にも晩酌に安酒の一つは付けてあげたい。


 唸るほどの大金を端金と呼んだ侯爵家の令嬢、アデレイドは金銭感覚がはっきりとしている。どのような物がどれほどの値で取引され、それをどの程度の稼ぐ人間が買っていくのか。それを把握し、財政改善の手助けをしている。




「駄目だ、駄目だ、そんな金はない!そんな意見書、燃やしてしまえ!」

 アデレイドが王城の国庫の前まで来ると、そこではアデレイドにとっていつも通りの光景があった。

 片手に分厚い帳簿を手に、国庫の前にまで机を持ち出して金の番をする第一王子と、国庫に集るハエのやりとりだ。


「お願いしますお願いしますお願いします」

 修道女の服を着た年増女がしつこく王子に迫り、金のむしんをしていた。

 近頃の王城内は悲惨なもので、平民の出入りが昔に比べて簡単になった。意見書を手に直訴する者もいれば、重役に金をせびりに来る者もいる。中には王族や貴族に対して危害を加えようとする者もいるのだから困ったものだ。


「ふざけるな!私は忙しい。そこまで必死ならまともな意見書とそれを支える証拠を揃えてから来い!この痴れ者を片付けろ」

 等々王子は年増女を足で蹴り飛ばし、倒れた女はそのまま衛兵の手で運ばれていった。女はその後も子供のように泣き喚いたが王子はすでに興味を示すことなく仕事に戻っていた。


「殿下、お疲れ様でございます」

「ああ、アデレイドか。今日もご苦労・・・すまないな、あんなものを見せてしまって」

「いえ、お気になさらず。少ないですが越後屋からの献金を持って参りました」

 場所が王城ということもあり、アデレイドはわざと賄賂を献金と呼んで出した。平民やそれに味方する者が城内にいると考えれば、後暗い単語は使用を控えなくてはけない。

「助けられるな、お前には。実は国庫は三日前から空だったんだ・・・まったく、私の婚約者よりも遥かに優秀だ」


 王子殿下は去年、とある男爵令嬢と悲惨な婚約を交わせさせられた。殿下本人は強く反対したが賛成派には殿下のお母上すらおり、強引に婚約が成立させられてしまった。


「アデレイド、私からお前に頼みがある・・・」

「なんでしょうか?私事の助けはできませんが、金絡みならお力になれますよ」

「・・・すまないが、しばらく国を離れていてはくれないか・・・革命派の動きが活発化してきた、いずれお前はこの国の民の襲撃を受けるだろう。だからその前に逃げろ」

「殿下・・・ですが今、私がこの国を去れば、動ける駒がいなくなります」


 アデレイドは侯爵家に生まれたというだけの令嬢だ。それが政治の裏で暗躍するなど普通はありえない。が、王族や貴族がそれぞれ自分の持ち場を離れられない非常事態では、足並みの軽いアデレイドは各方面とのパイプ役に最適だった。彼女は王家の家臣として方々を回っている。


「それでもだ。私はお前を失いたくない、サリア侯爵にはすでに話を通してある。

明日、この城を他国の使節団が訪問する。その際、シュェリー・ワンと言う女官がお前を逃がす手伝いをしてくれる。そしてサヴィアラのフット伯爵家を頼れ。

そこでなら、反撃の機会を覗える」


久々に投稿します、文中に越後屋などとメタな単語が出てきましたがスルーの方向でお願いします。

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