本編
初代のトモダチコレクションはニンテンドーDSのソフトだったそうで。三百万以上を売り上げて社会現象になった、などといわれているんだけど、買ってないから私はピンと来ない。電話の話し相手である彼女も、遊んだことはないようだった。十年以上前のソフトで、私たちとは縁がなかったのである。
ちょっと遡って(といっても先月のことだ)、今年のトモコレが出たころの話をすると、このゲームはすぐにネット界隈で話題にあがるようになった。テレビでのCMに、スキンヘッドのタレントさんが起用されてて、あれがウケたのかもしれない。あの人の名前が私は浮かんでこないんだけど。私は男性にあまり興味がないのであった。
「このゲーム、キャラ作成に時間がかかるんだよねー」
トモコレを買って間もないころ、私は一人でゲームキャラクターの作成に四苦八苦していた。そもそも一人遊び用のソフトなので、一人でプレイするのは当たり前なのだが。
知らない人のために説明すると、複数のキャラクターを作成して島のなかで共同生活をさせるゲームなのである。キャラクター同士が恋愛をして、結婚まで漕ぎつけるのを観察するのが、このゲームの最大の醍醐味なのだ。
「よし、これで一人目のキャラが完成っと。次は結婚相手の二人目を作らないと」
トモコレの遊びかたは自由で、自分や友人など、身近な人物をゲームキャラにしていっても良い。というかオタクではない一般人は、そういう遊びかたをするのだろう。きっと。
私は一般人とは言い難いオタクなので、自分や友人を作成する気はなかった。そもそも友人なんか、そんなにいないし。今のところトモコレのキャラは、女性のブイチューバーだけで統一している。
「二人目、完成っと。この二人を結婚させてから、キャラを増やしていこうかな」
ブイチューバーがなにかを説明する気はないから、その辺りは各自で調べてもらうとして。私は男性キャラを作る気がなかった。宝塚歌劇団みたいに、島のなかのキャラは女性だけで統一させたいのだ。キャラの恋愛対象は設定可能で、同性同士の恋愛も結婚も可能だし、なんと出産も可能だ。私のような同性愛者にはありがたい仕様だった。
確率論的な理由だろうけど、キャラを増やし過ぎると、お目当てのキャラ同士を結婚させるのが難しくなる。私のような厄介なオタクは、それが我慢ならないのだ。最推しのカップルだけは、絶対に成立させたかった。
『で、貴女の最推しカップルは、めでたく結婚したのよね。良かったじゃない』
「ありがとー。良かったよー、現実世界じゃ、なかなか同性婚は難しいもんねー」
ブイチューバーは運営会社によって、グループ名が分かれていて。名前を出すと差し障りがあるかもしれないので濁すけど、私は女性ブイチューバーで統一されている団体を推していた。
女子に限らないけど、女性がグループに属すれば、ものすごく仲良くなる組み合わせは絶対に出てくる。人間だから、ものすごく仲が悪くなる組み合わせもあるんだろうけど、その逆だって絶対にあるのだ。
『私はブイチューバーに詳しくないけど。貴女の最推しカップルは、中の人が美女同士なのよね。そういうのってどう? やっぱり萌えるの?』
「もうね、最高よ。幸せになってほしいと思うなぁ、普通に。それだけで私の人生は捗るわ」
どこまで信用できるかはわからないけど、ネットで調べるとブイチューバーの『中の人』情報というのは出てきて。私のような一般人にもなりきれないオタクからすれば、天上の星々のように輝かしい女性がブイチューバーになっていたりするのだ。その方々が仲よく交際している姿は、本当に私の人生を照らす太陽のようであった。
『私は歴史が、割と好きだからさ。清少納言と紫式部が付き合ってたりするわよ。そこにマンガのキャラクターが混ざったりね。もうグチャグチャな展開よ、いろんな意味で』
私も彼女も同性愛者だけど、彼女はトモコレの中に男性キャラも入れているそうだ。まあ、それが普通の遊びかたなのだろう。なかにはホモコレなどといって、男性キャラのみを作って喜んでいる、私とは真逆のプレイヤーもいるらしい。好きに遊べばいいのである。
「トモコレが一人用のゲームで良かったよね。これがマルチプレイゲームだったら、絶対、解釈違いで戦争が起きてるもの。任天堂が平和志向で良かったー」
『マルチプレイの要素を入れたほうが、もっと利益も出やすいのにね。良心的な方針だわ』
実在のブイチューバーには、当たりまえだけど肖像権があるのだ。トモコレには画像共有機能の制限があって、いろいろ意見はあるだろうけど、やむをえない措置だと私は思う。
「私も貴女も、初代のトモコレは知らないけどさ。すごく売れてるよねトモコレ、理由はなんだと思う? ロールプレイングゲームなんかよりはスケールが小さなジャンルなのに」
『さあ。当時の状況は知らないけど、今は『推し』っていう文化が一般化したのも原因じゃないの。用語じたいは昔からあったみたいだけどさ。推しカップルを自分の手で作って、結婚させられれば、そりゃあ嬉しいでしょうし』
あとで調べたところによれば、『推しメン』という言葉が2011年の流行語大賞にノミネートされたらしい。推しメンバーという意味で、AKB48を推すブームなどがあったのだ。ちなみに初代トモコレが発売されたのは2009年である。
「そうねぇ。RPGはラスボスを倒すまでが長いけど、それに比べればトモコレは最大の見せ場である、結婚までが短めだもんね。発生確率にもよるけど」
『うん。キャラを作り続ければ、何回でも結婚イベントは発生するしね。離婚もするから、新しい結婚もありえるし』
「私はキャラの離婚は、可能なかぎり避けるけど。あれ、見てて辛いもの。なんでゲームで、人生の悲哀を感じなきゃならないのよ」
『いろいろあるのが人生でしょうよ。まあ、私も離婚は見たくないわ』
結局、人間は『幸せな社会』を見るのが好きなんじゃないかと私は思う。世のなかにはアリの巣を観察するのが好きな人もいて、トモコレのキャラ生活も似たようなものなのだろう。
ゲームのなかでは出産した子どもがあっという間に成長して、親たちと共に生活したりする。親は老衰と無縁で、永遠に仲よく暮らしていける。確かにトモコレは、一種の理想郷を遊ぶゲームなのだった。
ゲームの話題以外は、私たちは電話で現実世界の話もする。とあるポテトチップスの包装が白黒になるとか、そんな話だ。どうにも話題が、それこそ白黒の包装のように暗くなってしまう。
「インドカレー屋さんが、今後は少なくなるとか言われてるよね。日本で外国人が店を経営するのに、必要な資本金が、五百万円から三千万円に値上がりするとか。なんで、そんなことをするのかしら」
『幕末みたいなものじゃないの。今、日経新聞の朝刊で、その時期の歴史小説が載ってるんだけどさ。幕府に余裕がなくなって、徳川家を守るためだけの組織になっていくのよ。その他の侍たちはリストラというか、切り捨てられていくわけ』
「ふーん。選挙権がない外国人には、扱いも冷たくなるのかしらね」
『アメリカとか、他の国もそうじゃないの。移住労働者とか、二重国籍の人は冷遇されちゃうんでしょ。大切にされるのは、お金持ちの人くらいよ』
日本に余裕がないのなら、きっと同性婚の実現は後回しにされるのだろう。ポテトチップスの包装が白黒になる件について、ある政府関係者は「売名行為だ」と言ったそうだ。ずいぶん便利な文句である。仮に私が同性婚を求めても、きっと売名行為という一言で片づけられるのだろうと思う。
「お金がそんなになくて、常に後回しにされがちな私たちみたいな存在は、どうすればいいのかしらねぇ」
暗い話はしたくないし、彼女を困らせたくもないけれど。どうしても溜息みたいな言葉が出てきてしまう。私も彼女も、受話器の向こうで黙り込んで、静かに時は流れた。
私と彼女は遠距離恋愛、というほど離れてはいないけど、頻繁に会うこともない関係である。愛し合っていて、他の誰とも結婚したくないと、お互いに思っていて。なら同棲すればいいじゃないかと言われそうだけど、世間体やら何やらで、それもできない状態だ。
愛し合っている二人が結ばれないというのは、悲しいもので。ロミオとジュリエットを気取るつもりもないけれど、あの悲劇話は身につまされるのだ。愛し合うことを社会から許されないまま死んでいった、あの若い恋人同士は、どれほど辛い思いだっただろうか。私と彼女はあるときは昼、あるときは夜に機会を見つけては電話で、オチもない会話を深刻にならないように紡いでいくのだった。




