第89話 優しさって何?
トラシオンの透明化は、本当の能力ではない。
それは――
自分を苦しみから解放するための、仮初の力。
透明でいたい。
誰にも見られず、誰も傷つけず、
そして誰にも傷つけられない存在でいたい。
その願いが、生み出した能力だった。
本当の能力。
――ビカクシダ。
ビカクシダ属。
ウラボシ科に属するシダ植物の一群。
熱帯域に生育する着生植物で、二種類の葉を持つ。
盾のように広がる葉。
そして、細長く垂れ下がる葉。
――二人で、ひとつの能力。
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「アレン。世界を壊す夢は、もうやめだ」
トラシオンは静かに言った。
「俺の夢は決まってる。
エリスが、
こいつが、
お前が笑える世界だ。
魔王を倒す夢は変わらない。
だから――協力させてもらう」
アレンは少し笑った。
「丸くなったな。
でも歓迎するよ、トラシオン」
その様子を見て、エスラは冷笑した。
「二人でひとつ? だからなんだ」
「所詮お前は落ちこぼれだ。
同じ幹部であることすら恥ずかしい」
「俺に殺される程度の存在なんだよ」
トラシオンは、一歩踏み出す。
「ちっぽけな存在の何が悪い?」
静かな声だった。
だが、強かった。
「ちっぽけなら勝てないと言いたいか?」
「だが残念だ」
トラシオンは拳を握る。
「世の中には、這い上がる奴がいる」
そして叫んだ。
「――それが、俺たちだ!!!」
【ウラボシ】
巨大な盾状の葉が、目の前に展開される。
「こんなもの――!!」
エスラの攻撃が叩きつけられる。
だが。
盾は――びくともしない。
「アレン!」
「分かってる!」
【無重力の炎】
アレンは炎を一点に集中させ、盾に穴を開ける。
その瞬間。
アレンは飛び込んだ。
「小癪な!!!!」
拳がエスラを殴り飛ばす。
「俺を……怒らせたな……!!!!」
空気が変わる。
凄まじい殺気が、エスラを包み込んだ。
《それ以上すれば――殺す》
エスラの表情が変わる。
「お前は……何故そこまで……?」
何かを感じ取った。
いや――恐れた。
そして舌打ちする。
「……いいでしょう。ここは引きます」
「だが必ず、お前たちは始末する」
「その時まで――待っているがいい」
そう言い残し、エスラは姿を消した。
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「……急になんなんだ」
アレンが呟く。
トラシオンは、そっとアレンの肩に手を置いた。
「アレン。大丈夫だ」
そして、ふと視線を向ける。
「それより……」
「ザヴィレ!!!!!」
確かに再生の炎を使ったはずだった。
なのに。
――再生しない。
「なんで……だよ……」
アレンの声が震える。
ザヴィレは、静かにトラシオンを見た。
「なぁ……トラシオン」
「会った時のこと……覚えてるか」
「ザヴィレ……頼む……死ぬな……」
トラシオンの目に、涙が浮かぶ。
ザヴィレは、少し笑った。
「お前の泣き顔は……
出会った時以来だな……」
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《お前は……なんで泣いてんだ……?》
声が聞こえた。
『好きな人を守れなかった……』
『大好きな母を……この手で殺してしまった……』
《そうか……》
《俺にはその辛さは分からない》
少し間があった。
《でもさ》
《話……聞かせてくれよ》
《そして俺の話も聞いてくれ》
《俺も傷心中なんだ……》
何故かその言葉は、
どんな慰めよりも温かく感じた。
これが――
ザヴィレとの出会いだった。
《そうか……》
《お前も辛かったんだな》
『お前も……』
『なんで裏切られて、誰も信用したくないってなったのに……』
『私を気にかけてくれたんだ……』
ザヴィレは少し空を見上げた。
《俺はな……》
《結局、人が好きだった》
《裏切られても……それでも》
《誰かの笑ってる姿を見ると……》
《本当に嬉しくなるんだ》
トラシオンは首を振る。
『分からない』
『私には……』
ザヴィレは笑った。
《そうだよな》
《俺は変なのかもしれない》
トラシオンは、ゆっくり言った。
『いや……』
『お前は優しいんだ』
ザヴィレは少し驚く。
《優しい……か》
《優しいって……何なんだろうな》
『え?』
ザヴィレは少し俯いた。
《俺は……》
《優しいが分からなくなった》
《自分の優しさが、偽物みたいに思えてしまう》
《誰かに理解されるための優しさ》
《優しくされるための偽善なんじゃないかって……》
《これだって……》
《だから……》
その言葉を遮るように。
トラシオンが言った。
『そんなことはない』
ザヴィレは顔を上げる。
《?》
トラシオンははっきり言った。
『それを考えられる奴の優しさが』
『偽物なわけがない』
沈黙。
そして――
ザヴィレは微笑んだ。
《ありがとう》
全てを失い、どうでもよくなっていた俺は――
この出会いで、心が軽くなった。
救われた気がした。
いや――
救われたんだ。




