第87話 あの日のほんと
メルがそう呟いた瞬間、
その身体に変化が起こる。
輪郭が整い、背は高く伸び、白い髪と赤い瞳が現れる。
スラリとした体躯、執事のような服装、そして背中にはコウモリのような翼。
その姿は、トラシオンと酷似していた。
その瞬間、二人のエリスの顔が一斉に赤く染まる。
「えぇっ!? なんで!?」
「前の姿は、偽りの姿だった」
メル――いや、トラシオンは静かに言った。
「自分の過去が、僕の姿を作った。
大人でも止められない、暴力の化身として……僕は形作られた」
「えぇ……」
「だが違う。俺はトラシオンだ。
――メル・トラシオン」
「そんなこと、あるの……?」
「ロペオールは、魔王に記憶を植え付けられた。偽りの記憶を。
だが、俺が悪かった。聞いてほしい。
その上で、ついてきてほしい。もう一度、ロペオールの心を掴んでほしい。エリス」
「ロペオール……? もしかして、それがトラシオン様の本当の名前?」
メルは微笑みながら頷いた。
「任せて。聞いてあげる。だから、ちゃんとやりなさいよ」
「ありがとう」
そう言って、メルは語り始める。
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「俺は途中から生まれた存在じゃない。
元から、俺たちは二重人格として生まれた。
母は困惑しながらも、俺たち二人を同じように愛してくれた。
だが父は、それを気味悪がり、母と俺たちを置いて出て行った」
「……」
「泣き叫ぶ俺たちの声が聞こえていたから、母は夜にだけ、こっそり話していた。
でも……聞こえてしまったんだ。俺にだけ」
「……」
「母を傷つけたくなかった。
その日から、俺は自分を表に出さなくなった」
「そんな……悪くないじゃん。なんで、そんな風に傷つくの……」
「だが、事件は起きた」
メルの声が低くなる。
「母を侮辱された。それだけじゃない。
母が作った弁当を、地面に落とされた」
「……!」
「それでもロペオールは笑って、地面に落ちた弁当を食べた」
「なんで……笑って……」
「優しすぎたんだ。傷つけたくなかった。
でも、心は限界だった。今にも泣き出しそうで……」
「……」
「俺は我慢できなかった。
ロペオールに語りかけた。『変われ』と。
だが、あいつは大丈夫だと笑った」
「……」
「結局、学校で問題になり、先生と親が呼ばれた。
その場で、相手は母を侮辱し続けた。
相手の親も止めなかった」
「最低……」
「俺は出てしまった。
そこからは止まらなかった。
先生が、母が止めても、止まらなかった」
エリスは口元を押さえる。
「後ろで、母の“やめて”という声が聞こえていたのに……」
「……」
「気づけば、俺が止める側になっていた。
だが、もう遅かった」
「……」
「警察が来て、家に帰された後、母は俺に言った。
『メル。ロペオールを守ってあげてね』って」
「……」
「そして、母はロペオールに人格を交代させた。
暴走していたロペオールによって……母は殺された」
「そんな……」
「だが、その瞬間、ロペオールの意識は戻った。
今なら分かる。母の能力だって。
抱きしめ、涙を流しながら、強く願ってくれたんだ」
「……」
「ロペオールは、自分のせいだと思い込んだ。
そうしなければ、心が壊れてしまうから」
「……」
「俺たちは、一人なのに、分かれて生きることになった」
一拍置き、メルはエリスを見る。
「だが、それを変えたのが――君だ、エリス」
「私……?」
「君は何度も話しかけてくれた。
突き放されても、それでも寄り添ってくれた。
その心が、彼を変えた」
「……」
「だが、君は殺された。
彼は、また壊れた」
「……」
「繰り返すわけにはいかない。
だから、俺がそいつを殺した。
俺の罪だ」
メルは深く頭を下げる。
「ロペオールを戻せるのは、君だけだ。
助けてくれ」
涙が頬を伝う。
エリスは、そっと微笑んだ。
「バカじゃないの。悪いわけないでしょ」
「……」
「全部、母さんへの愛だったんでしょ。
誰が責めるのよ。救うに決まってるじゃない」
「……」
「もちろんだよ、メルくん。
透明になってた理由、なんとなく分かった。
優しさ。母さんにそっくりだよ」
その笑顔は、母と同じだった。
メルは覚悟を決める。
倒すためじゃない。
説教するためだ。
――戻すために。
三人は引き返す。
もう一度、変えるために




