活動拠点
廊下に出ると───
「遅ぇ」
同じくダイヤ生である狼獣人のシェナが不機嫌そうにしている。
どうやら彼もルデンやレドと共に来ていたらしく、彼は廊下で待っていたようだ。
シェナの鋭く光る金色の瞳が私の姿を一瞥したが、その視線はすぐにルデンへと向けられた。
「待たせて悪かったね。それじゃあ行こうか」
「…………チッ」
シェナは舌打ちだけすると、さっさと歩いて行ってしまう。
(王子に舌打ちできるなんて、彼の度胸は大したものね……)
どうやらシェナも、私より先にルデンたちに回収されてきたらしい。
残る2人のメンバーにはすでに話がいっていて、彼らももう向かっているそうだ。
講義室を出てからしばらくは学生の注目の的(主に私以外)になっていたが、講義の予鈴が鳴るとそれも落ち着き、職員棟に近付いてからは学生の姿もなくなっていった。
シェナ、ルデン、レドに次いで歩いていると、気づけば理事長室へ続く道からどんどんと逸れていく。
(あれ……今日は理事長室ではないのね)
そんな私の考えを見透かしたかのように、横を歩くレドがクスッと笑う。
「今日から時計塔上の部屋を活動拠点に使っていいそうですよ」
(時計塔って、あの大きな鐘がついている塔よね?)
ちなみに先程の予鈴も時計塔の鐘が鳴らしたものだ。
(時計塔に部屋なんてあったのね)
時計塔は学生の立ち入りを禁止している。
そのため、限られた者しか知らない部屋があったのかもしれない。
にしても、あんなに大きな鐘が真上で鳴ったら、その下の部屋はうるさいなんてものじゃない。
(あとでこっそり防音魔法を耳にかけておこう……)
職員棟を抜け、目的の時計塔へと到着する。
緩く螺旋状に作られた木の階段を上がると、魔法陣式の扉にたどり着く。
手をかざすと魔法陣が作動し扉が開くという仕組みのようだ。
扉を開くと、中にはすでに到着していた2人の姿があった。
そのうちの1人は、私の姿を確認するとパァっと顔を明るくした。
「待ってたよ〜! リルちゃん♪」
部屋に入って早々ふわりと手を引かれ、私を〝リルちゃん〟と呼ぶ男の腕の中にすっぽりと収まる。
このとても軽い感じの男はセシアン・モルガナイト。そう、桃色髪の彼だ。
見上げると、彼のエメラルドグリーンの瞳が柔らかく細くなる。
目元の泣きぼくろが印象的だった。
(確か、モルガナイト伯爵家の長男、だったわよね)
ところで…………、
「…………リルちゃん???」
リルとは私のことだろうか……。
私の記憶が正しければ、彼と会ったのは顔合わせの日以来なのだが。
「おい、つっこむのはそこじゃないだろう。セシアン、女を口説くのは結構だが他所でやれ。風紀が乱れる」
そう言うと、彼、ラルド・アメシスはその長い指で眼鏡をクイッと上げ直し、足を組む。
黒縁眼鏡の奥に見える彼の瞳は鋭く切れ長で、ラベンダー色をしている。
そんな彼の瞳が、セシアンに軽蔑の眼差しを向けた。
セシアンとは対照的に、ラルドにはとても知的な印象を持った。
……あ、いえ、決してセシアンの頭が弱く見えるという話ではなくてね、ええ。
「リルちゃん今すげー失礼なこと考えてない?」
「…………」
(…………私ってやっぱり顔に出やすいのかしら??)
セシアンの腕の中からそっと抜け出し、部屋の中をぐるりと見渡す。
「ずいぶん広いのね……」
(……でも待って? 時計塔の造りからして、中にこんな空間があるのはおかしいんじゃ……)
この部屋に6人もいるのに、全く狭さを感じないどころか、スペースが余っている。
(ちゃっかり2階まであるし……)
「これは……空間魔法が施されていますね。それもとても強力な」
辺りを軽く見回したレドがそう言葉にすると、それに補足する形でラルドが口を開いた。
「この床下に魔法陣の設置を確認した。恐らくそれだろう」
「へぇ〜見ただけで種類まで分かんのね。相変わらず詳し〜い!」
「……フン。少なくとも貴様よりは出来がいいんでね」
「うわっ、ひど!」
ラルドの棘のある言葉も、セシアンが気にしている様子は全くない。
ラルドとセシアンは互いに軽口を叩き合える仲のようだ。
(2人は前から面識があったのかしら?)
余計なことを考えて、ハッとする。
(……まぁ、どうでもいい話ね)
彼らは依頼をこなす時だけの、形だけの仲間。
長くても一年だけの付き合いなのだから、深く踏み込まない方がいいだろう。
ラルドの話によると、空間魔法の他に、この塔全体に防音魔法もかけられているらしい。
なのでこの塔の中で鼓膜が破裂する心配はなさそうだ。




