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朝の読書時間のチャイムから少しすると橘は戻り、朝礼で挨拶をしてもらうこと、およそ1ヶ月後に学年末試験があること、その他行事について説明を受けるとまたチャイムが鳴った。
「あ、今のが読書時間終了のチャイムですね。では朝礼がありますから行きましょうか。お姉さんはいかがなさいますか?」
「あ、それじゃあ心配なので教室の外で見学していていいですか?」
「分かりました。では行きましょう、あまり緊張しなくていいですからね」
「はい」
桃香は手にランドセルを持って立ち上がり、先導する橘に付いて応接室を出た。
顔は穏やかなままで廊下を行くが、内心ではドキドキしていた。
(自己紹介は練習した。振る舞いも想定出来ている。でもこのドキドキか・・・子供達とはいえ30人の前で話すのは流石に緊張するな)
社会人経験があったとしても30人の前で話した経験はほとんど無い。それ以前の学生生活でも最初の自己紹介以外では無く、それも30人の前ではなかった。
しかしここで失敗をすれば南條の言っていた高嶺の花作戦は続行不能になる。
出来るだけ大きな波を立てる事が無いよう立ち振舞たい桃香は、一世一代(に近いレベル)の覚悟を決めた。
4年3組の札が吊り下げられたクラスの前に着き、前に立つ橘の後ろから生徒達の姿が見える。
ほとんどの生徒は近くの友達と話していたが、一部の目敏い生徒は見慣れない人物がクラスの前にいることから何があるのか推測を始めていた。
そこに橘は入り、朝礼を始める。
「これから朝礼を始めます。日直!」
「きりーつ!気をつけ、れー」
「「「おはようございます!」」」
久々に見る風景に桃香と南條が和む。だが桃香はすぐに気を引き締められる。
「今日からこのクラスに、新しいお友達が加わります」
その一言でクラスが一気にざわめき立ち、皆の視線が橘の入ってきたドアとその近くの窓に向いた。
一気に視線を向けられたことできゅっと手を握るが、いつもの買い物でも似たような物だろうと緊張を振り払う。
「では入ってきて下さい!」
「頑張ってください」
いざ戦場へ、という気持ちで一歩踏み出そうとした所で南條から応援を貰い、つい振り返る。
彼女の顔は本当の妹を応援するかのような慈愛に満ちたもので、そこに真心を感じた桃香は一言返した。
「ありがとう」
そして中に入る。
先程まで騒いでいたクラスメイト達は皆無言になり、ただ桃香に見惚れていた。
音を立てずに橘の隣に立った桃香は、ランドセルを足元に置いて挨拶をする。
「初めまして。本日から皆さんと一緒に学ばさせて頂きます、桃園桃香です。どうかよろしくお願いします」
締めにCAがするような丁寧なお辞儀をして微笑んだ。(努力100%笑み)
明らかに自分達とは世界が違う彼女の光に圧倒され、担任教諭が名前を書く以外の音が生じない。
クラスの外では南條が親指を立てていた。
「はい、桃園桃香さんです。ぜひ皆さん仲良くしましょう!では少し時間がありますから質問がある人はいますか?」
先生の言葉にフリーズから再起動した生徒達は周りの友達と目で通じ合い、そのうち一人が手を上げた。
「あの、も、桃園さんの好きな物はなんですか?」
「そうですね、好きな食べ物は桃ですね。名前と被ってしまいますが・・・」
少し恥ずかしそうに答える桃香。
実際に好きなのはフルーツ全般であるが、ユーモアとして名前に合わせた桃を挙げた。
ちなみに食べ物と解釈したのは、それ以外だと世代の合わない漫画やアニメになってしまうからである。
この時の恥ずかしがる姿に、男子16名のうち半分が恋をした。
朝礼での質問はそれで途切れてしまい、一番後ろの列に追加されていた机に案内されて座った。
「えっと、誰かに桃園さんの補助をしてもらいたいんだけど、」
「「「「「はいっ!!」」」」」
全ての女子と一部の男子が食い気味に手を挙げる。
女子は仲良くなって詳しく知りたいため、男子は仲良くなって仲良くなりたいからである。
それまでの無音、不動っぷりからの変化に戸惑う橘だが、ちょうど桃香の斜め前の女子が手を挙げていたので指名した。
「それじゃあ、桜庭さんお願い出来る?」
「やった!よ、よろしくね、桃園さん!」
「はい、よろしくお願いします」
選ばれた喜びで立ち上がった彼女は桃香のお辞儀に慌ててお辞儀し返した。
桜庭の席を後ろにずらして隣同士にさせた後に連絡事項を伝え、ほとんどのクラスメイトがその内容を聞き流した所で朝礼は終了した。
朝礼が終了したことで編入生にクラスメイト達が群がる、前に橘からそのまま授業に入る事を告げられてその熱意が燻ることになる。
ただ一人を除いて。
授業に入る前に一度廊下に出た橘は南條と軽く話をして、南條は桃香の方に手を振ってから去っていった。
桃香もそれに振り返しながら、(そういえば遅刻すること連絡してあったんだよな?)と思う。
実際は金曜日の有給を取る際に月曜日も午前休を取っており、桃香が選んだ高級土産を手にしている南條に怖いものは無かった。
南條を見送った後に桃香は桜庭に尋ねる。
「桜庭さん、最初の授業は何でしょうか?」
「えっと、算数だよ!桃園さんは算数得意?私はちょっと嫌いなんだけど」
「そうですね。得意ではありませんが、嫌いとまでは思っていませんね」
桃香は高校数学の終盤を投げたので得意ではないが、別に嫌いでは無かった。
「そっか。あ、教科書は私の見せてあげるね」
「ありがとうございます」
桜庭から教科書を見せてもらう事になった所で、先生から情報が入った。
「桃園さん、教科書なんだけど、今日の午後に届く予定だから、帰る時に渡そうと思うんだけど、それでいい?」
「はい」
「ちなみに全部の教科分あるから結構重いんだけど、分けて持って帰る?」
「いえ、今日一日で持って帰ります」
「分かった。でも無理はしないでね?何なら1週間掛けて少しずつでもいいんだからね?」
(全教科分って言っても中学高校よりは少ないだろう)
かつての自分の記憶からそう判断した桃香だったが、後に14年の時の重みを実感することになる。
そして算数の授業が始まった。
図形に関する範囲で、非常に楽だった。




