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12話 『バトル』


「いくよ!」


 短剣を構え、ケンの方から攻撃を仕掛ける。

 近づいて短剣を振るくらいのことしか考えていないが、相手はスライムなのでそれで十分だろう。それに、ほかの攻め方を知らない。


「チーッ!」


「うわっ」


 しかし、近距離のケンの攻撃を、スライムは後ろに飛び跳ねて回避する。俊敏な動きに、攻撃が空ぶったケンは体勢を崩す。


「チーチ!」


 この好機を逃すまいと、今度はスライムの方から距離を詰めてきた。

 スライムは柔軟な体の一部を、柔軟すぎるくらいに伸ばして青色の触手を作り出す。そして、それをケン目掛けて思いっきり振るってきた。


「痛でっ!」


 スライムの下からの攻撃が、ケンの短剣握る拳に命中。短剣が宙を舞い、くるくる回転しながら地面に突き刺さる。


「いったー」


 ジンジンとする痛みに、ケンは呻き声をあげる。

 たった一回の鞭打ちが、ここまで痛いとは思ってもみなかった。ケンは手を押さえて痛みに耐える。


「おーい。スライム相手に何やってんだー」


「頑張って~」


 後ろからヤジが飛ぶ。ケンはそれを無視して短剣を拾い、刃に付いた土を取り払う。

 スライムは変わらず飛び跳ねながら近づいてくる。魔物の煽り方なのかもしれない。


「な、なめられてる」


 完全に甘く見ていた。

 スライムと言えば、RPGでも最弱モンスターのイメージがあったのだが、今の一撃と煽りでそれが撤回される。

 もう油断はしない。正直、今まではスライム相手に本気になるのはどうかと思っていたのだ。いや本当に。


「喰らえ!」


 飛び跳ねるスライムに、切りかかる。しかし、横に回避され、またもや空ぶる。


「おりゃ」


 再度、短剣を振るう。しかし、空中で身を翻されて空ぶる。


「当たれ!」


 渾身の力で挑む。しかし、スライムの作り出した触手に弾かれた。


(ちょこまかと!全然当たらねー!)


 息を切らして、膝に手をつく。

 もともと的が小さいというのもあるが、それにしても当たらない。動きが速すぎるのだ。それに、ちゃんと狙いを定めていても、全部読まれてしまっている。これでは攻撃どころではない。


(だったら)


「ケン、魔法使えー」


 そう、魔法だ。戦いと聞いて、前世だったら拳と拳であるがここは異世界。拳がだめなら魔法を使えばよい。

 ケンは右手を開いて前に出す。


「ファイヤーボール」


 今日手に入れた新技だ。と言ってもあまりにも簡単に習得した技なので、そこに至るまでの物語性も感動もないのだが、手札は多いに越したことはない。


 手のひらに炎の塊を作り出す。そしてプルプルと震えているスライムへ向け、照準を合わせる。


「いっ、け!」


 未だ慣れぬ灼熱に手を焦がしつつ、宿した炎を放つ。反動が風を起こし、スライムへと直撃の一途を辿る。


(よし、当たる!)


 ケンにとっては手のひらサイズでも、相手にとっては大ダメージとなるだろう。ケンの魔法がスライムの顔を焦がさんと襲い掛かる。


「チー!」


 だが、相手も呆けていたわけではない。スライムは再び触手を作り出し、その触手を手前に構える。

火の玉をガードし、対抗するつもりだ。ケンはそう予想していた。


 しかし、スライムはガードすることはなく、鞭のようにしならせ、


 カッキーン


 という効果音でも出しそうなほど豪快に、ケンのファイアーボールをかっ飛ばしたのだ。ここが甲子園なら、泣く泣く土を持って帰るだろう見事なホームランだった。飛んで行った火の玉は、もう跡形もなく消え去っている。


「嘘だろ……」


 拳はダメ。魔法も通じないどころか弾き返された。万策尽きたケンの思考回路は止まり、次の手が繰り出せなくなる。


(どうする?考えろ)


 スライムは相変わらず、ぴょんぴょん跳ねて、煽っている。一向に自分からは攻撃しないあたり、スライムに遊ばれているような気がした。


(これしかない)


 何をしても命中しない。最後の一手だ。これが駄目なら、もうギブアップするしかない。

 ケンは静かに息を吸い、短剣を投げる姿勢を取る。


(この短剣を投げたら、相手は宙を浮くはず。宙に浮いたところにファイヤーボールを打ち込んでやる)


 当然、敵は触手でガードするかもしれないし、ファイヤーボールを上手く撃てないかもしれない。しかし、その時はその時だ。今はこれに賭けるしかない。


「喰らえ」


「ちょっと待て。ケン」


 投げようとした手を、掛け声とともに止めたのはレックだった。腕を掴まれたケンは振り返って怪訝な顔をする。


「そのスライム、なんか変だ」


「そうだね。動きが速すぎる」


 続けてメルも、レックの意見に同意する。二人とも、ケンと似たような表情を浮かべ、スライムをまじまじと観察し始める。


「うーん。見たところ、普通のスライムって感じだけどな。おかしな技を持ってやがるな」


「あの、レックさん。つまりどういう……」


 レックの言い分をいまいち掴めないケンは、歯切れ悪そうにそう尋ねる。しかし、その質問に対し、レックではなくメルが口を開いた。


「要するに、強すぎってこと。あのスライム、素早いっていうのもそうなんだけど、スライムが魔法を打ち返すなんて聞いたことない。びっくりしちゃった」


 そういうものなのか、とケンは首を捻りつつも納得した素振りを見せる。言われてみれば、スライムは最弱モンスターの代表格だ。いくら初心者のケンでも、攻撃が一度も当たらないというのは不自然である。

 どこが最弱スライムなのだろうか。もはやこいつは最強スライムである。


「確かに、触手を生やすのもおかしいですもんね」


「触手を生やすのはスライムでもできるよ?」


「あ、さいですか」


 触手は生やせるんだ。

 スライムは体当たりを主流に戦うものだと思い込んでいたため、赤っ恥をかいてしまった。やはり、知ったかぶりはよくない。


「まぁ、とにかくそういうこった。さすがにこれ以上はお前にやらせるわけにはいかねえから、後ろに下がってろ」


 鞘から長剣を抜き、レックが前に出る。

 相手の強さが分かるのか、スライムの体が大きく震える。


「スキル・雷剣」


 レックは長剣に雷を宿す。バチバチと鳴る光が強すぎて、あたり一帯が暗く見える。まるで周りの光を吸収しているかのようだ。


「チ、チ」


 これにはさすがに怖気づいたのか。スライムの鳴き声が小さくなる。

 レックは長剣を構え、攻撃態勢に入る。そして足に力を入れた。


(やっぱり、すごいな)


 そう思う暇もなく、レックはスライムとの距離を一気に縮め、その強靭な雷の刃で縦真っ二つに切り裂かんとする。

 ここにいる人間の誰も目で追えない一閃。


「チィーチ!」


「なっ!」


しかし、あろうことか必中と思われたレックの一撃は、スライムにとっては違っていたようだ。

 いや、厳密にいえば当たってはいる。最強スライムとてレックの攻撃を回避するだけの能力を備えているわけではなかった。実際、真っ二つに切れている。

 では、何が違ったのか。

 体を分裂させたのだ。敢えて避けないことで体を分裂させ、レックの直撃を避けたのだ。


「メル!そっち行ったぞ!」


 再び合体して一つの体に戻ったスライムが、触手を生やして猛スピードで接近してくる。

こうなってしまえば、レックでは止められない。残る頼りはメルだけだが、虚を突かれて攻撃準備が整っていない。


(やばい、来る!)


 狙いはケンだ。触手をぶんぶん振り回して、ケンを殴ろうとしている。


「ケン君!」


 メルは間に合わない。

 せめて、ガードしようと腕で顔を隠そうとしたが、それをすることも叶わず、目の前を大きな触手が覆う。


(あ、終わった)


 普通ならば、人生で感じるはずのない人生の終わりを二度も感じ、ケンは反射的に目を閉じた。



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